第20話 祭りが始まり、動き出す
町中、皆がお祭り騒ぎ。
この宴の意味に思い馳せる者も、純粋に祭りを楽しむ者も、思惑ある者も、画策する者も、互い知らずに相混じり合いながら。
櫓の下では見物人が、やんややんやと賑やかにしている。
その舞に合わせて声を上げる者、ともに拍子に合わせて体を動かす者たちがその場を更に盛り上げる。
その見物人に混じって一人の男性が、体を大きく跳ね上げて櫓に飛び込む。
「お迎えにあがりました……ハナヨメ」
背を向ける舞手に向かって恭しく声をかけると、ばっと勢いよく舞手との距離を詰める。
舞手は、美しく微笑んだ。
「あらぁ……花嫁なんてドキドキしちゃうわ!でも残念……」
美しい装飾をつけた舞手がくるりと翻して、軽やかに振り返る。
「あたしには好きな女がいるから、お断りよ!!」
美しく妖艶な動きでしなやかに、猛々しくヤタカさんが男性を弾き飛ばして微笑った。
弾き飛ばされた男性は空中で体勢を整え、軽やかな身のこなしで着地する。
「おのれ、ハナヨメを渡さぬ腹づもりかっ!!」
腰元の鞘から剣を引き抜き、ヤタカさんに向ける。
ヤタカさんもくるりと舞いながら、どこからともなく刀を出して両手で支えるように天に翳す。
その後ひらりひらりと刀を巧みに動かしてみせる。
しなやかな女舞は一転して、雄々しい剣舞に切り替わる。
見物人の誰もが男性とヤタカさんの攻防、これらの全てが演目の一つと思っている。
見物人に紛れて見ている私の位置からでは、こちらに背を向けた男性の表情はもちろん、顔の造作も見えない。
私は真剣な眼差しをそちらに送る。
ヤタカさんと男性の動きに合わせて身を捩り、少しでも櫓の上の事が見えるようにつま先立ちになる。
どうか、見せてほしい。
まず、何よりも先に確認させてほしい!
――イケメンかどうかを!
もし、イケメンじゃなかったら、やっつけちゃってください、ヤタカさん!!
「もし、イケメンだったら……ちょっとは話を聞いてあげてもいいかなぁ……なぁんて」
「なんて?」
やべぇ……欲が声に出てた。
私の横についている鬼王が、どこか咎めるような視線を送ってきた。
鬼王にはもう、ヒロインモードはしていない。
私は開き直ろうかとも思ったが、すぐそばにヤマトがいることを思い出し、口笛を吹く真似で誤魔化した。
私の口からは、隙間風みたいな掠れた音が漏れ出るだけだった。
ヤマトは私に優しく微笑み、袂から小袋を取り出すと中に入っていた飴を私の口に放ってくれた。
ねぇ、私が飴をねだったと思ったの?
それとも黙ってろってことだったの?
ヤマトに限って後者はないよね?
でも私口笛吹いて飴をねだったことないんだけど。
口の中でころりと転がる飴は、醤油のような少しの塩味と優しい甘さを感じる甘露飴だった。
変に喋ると口から飴が飛び出しかねない。
私は黙って櫓の上の攻防の決着を見守った。
男性が攻撃の手を止めない。
ヤタカさんはそれらを軽やかな動きで躱していく。
男性の周りから、何かRPGで強い技使う時に出るエフェクトみたいなのが出た。
彼が天に掲げた手を振り下ろすと、ヤタカさんのひらりと翻した着物の
「……!!」
見物人とともに私も
けれど、当の本人であるヤタカさんは驚く素振りもなく、美しく舞い続ける。
そんなヤタカさんの背後から突然、陰陽術で作られた虎が男性に向かって飛びかかる。
――インベさんの虎だ……!
それに驚いた男性の一瞬の隙も見逃さず、ヤタカさんが素早い動きで男性を突くように、刀を向け、攻撃の一手を繰り出す。
突き出されていく一本の刀が素早い動きで、いくつもあるように見える。
男性も巧みにその攻撃を躱していく。
しかし、狭く高い櫓の上。
追い込んだヤタカさんが微笑んだ。
「つっかまえたぁ♡」
喉元に刀の切っ先を当てられた男性は、手を上に掲げたまま動きを止めた。
勝負はついた。
見物人の歓声がヒノモト中に轟き、響き渡る。
ヒノモトの平和と繁栄を願う宴は、成功のまま幕を閉じた。
場所を移して、捕縛されても余裕をみせる男性は、やれやれと呆れたように肩をすくめた。
「小国にしては、ずいぶん乱暴な……大きく暴れてくれたものだな……」
シンジさんとクサナギさんがホオリと私を庇うように前に立ち塞がり、私からは彼の顔は見えない。
シンジさんたちは、眉を顰めて彼を見やる。
「どちらが乱暴でしょうね……フィオーレ王国からは何の文も頂いていませんから、あなたは不法にこの地に踏み込んだことになるんですが?」
厳しい目を男性に向けて、シンジさんが言う。
「そちらの作法はどうにもわからなくてね」
悪びれる様子もなく彼は答えた。
「作法とかの問題じゃねぇだろっ!!」
彼の答えに、クサナギさんは怒りに声を荒げたけれど、シンジさんは静かに眉の皺を深くした。
「作法がわからないから、勝手に押し入ったと?馬鹿にするのも大概にしてほしいものです」
「ははは、馬鹿になんてしていないよ?だから、わざわざ王子の私自ら足を運んだんだ。もう少し歓迎してくれてもいいと思うけどね」
ずいぶん丁重なおもてなしだ……と彼は鼻で笑って縛られた両手を掲げてみせる。
シンジさんは、嫌味たっぷりに彼を見下す。
「王子が罪人なんて、フィオーレ王国とはずいぶん高尚なお国のようですね?」
「私の国に喧嘩を売るつもりか?こんな小国が」
「文も宣戦布告もなく、勝手に戦を仕掛けようとする国になんて喧嘩を売る価値もないですよ」
男性が言い切る前にピシャリとシンジさんは侮蔑の目を送りながら言い放つ。
シンジさんのあからさまの侮蔑に男性の瞳は、怒りの色に満ちて、燃え盛る炎のように揺れていた。
顔を、顔の造作を見せてくれぇ!
イケメンなのか?
イケメンじゃないのか?
シンジさんが横にズレた時、少し顔が見えそうだったのに、すぐにシンジさんより大きな影に阻まれ、男性の姿は一切合切見えなくなってしまった。
「現に、あなたの国の人間は私たちに負けてますしね。正当な戦でなくてよかったですね。……そのまま尻尾巻いて逃げてくれたらもっと良かったんですけど」
シンジさんの後ろにいたルインが、彼の前に立ち、淡々と現実を男性に突きつけるように言った。
「あとは、よろしくお願いします。私は、御上と御神姫様の警備に戻ります」
シンジさんは、忌々しそうに彼を見下ろし、ルインにそう一言だけ言い残して、私たちのところに戻ってきた。
もう、男性と私の間にルインが立っちゃったら絶対イケメンかどうか見れないよ。
私は、とりあえず、今見るのは諦めてシンジさんたちの帰りを笑顔で迎えた。
ここまで焦らしといて、イケメンじゃなかったら暴れるぞ、と思いながらシンジさんたちに駆け寄る。
ヤマトと鬼王が駆け寄った私の横につく。
シンジさんは先程までとは打って変わって柔らかい微笑みを浮かべた。
そしてたおやかな振る舞いで、私に向かって深々と頭を下げる。
え?なんで頭、下げられてる?
それに倣うようにクサナギさんまで頭を下げるものだから動揺した私は、何度も顔を上げてくれるように繰り返した。
人に頭を下げられるのって……すごく居心地が悪いし、私のほうが申し訳なくなる。
だって、下げられてる理由がわからないんだもん!
振り返れば、御簾の向こうでホオリの影も揺れる。
え?ホオリまで?嘘でしょ……。
「ちょっと、待って!こんなこと」
私が慌てて止めようとするのを遮って、シンジさんが言う。
「このヒノモトに、このような賊が入り込む隙を与えてしまったのは我ら宮の落ち度です。御神姫様にも恐ろしい思いをさせてしまって……どうか陳謝を受けていただきたい……」
えぇ、全然怖いと思ってなかったし、むしろイケメンに守られるご褒美イベントじゃん♪って喜んじゃってたから!
本当に申し訳ないから頭を上げてくれぇ!
私があれやこれや言ってシンジさんたちに頭を上げてくれと訴える。
ヤマトと鬼王をはじめ鬼の一門は静かにその光景をみつめていた。
私はどうしたらいいんだろうと戸惑っていると、後ろからぎゅっと抱き寄せられて声が降り注ぐ。
「まったく、おやめなさいよ!あたしの可愛い愛弟子が動揺しちゃってるじゃない。ねぇ?」
この緊迫とした空気を和ませる明るい声に私は顔だけ声の主に向けた。
「ヤタカさん!おかえりなさい!!」
「ただいまぁ〜!んもう、疲れちゃったわよ!あんなに攻撃してくるとは思わなかったもの!」
ふふふ、と私に笑いかけてから、未だ頭を下げ続ける人たちに向かって強い口調で言い放った。
「ほら、いつまで俯いているつもり?頑張ったあたしが戻ってきたのよ?一番の功労者のあたしが!だってのに、労いの言葉一つもないわけ?」
インベさんが、くすくすと小さく微笑って私に声をかけた。
「すみません、私も宮の者として頭を下げなければいけないのでしょうけど……今、戻ってきたものでして。御神姫の君、お許しくださいね」
「もちろんです!私はみんなに助けてもらったんですよ?……だから皆さんも顔を上げてください!」
私はこれ幸いとシンジさんたちにも呼びかける。
私のその言葉に鬼王が続く。
「おい、御上……まずはあんたが、ちゃんと顔を見て御神姫たちに労いの言葉をかけてやるべきじゃないか?」
確かにホオリが顔を上げない限り、シンジさんたちは顔を上げられないかもしれない。
だけど鬼王は、ホオリが頭を下げているとは明言しなかった。
そういう気遣いはできるんだよねぇ、と私がニッコリと微笑んで鬼王を見た。
鬼王は、ん?と柔らかく微笑むだけだった。
はい、イケメンスマイルいただきましたぁ!!
鬼王の言葉に、御簾の影が揺れる。
「御神姫、まずはあなたに感謝の意を伝えさせてほしい」
私がホオリに向かって微笑んで頷く。
「並びに舞手の者よ……大儀であった」
ヤタカさんが恭しく礼をして、ホオリの言葉を受け取る。
「そして……」
ホオリはしっかりとした声で言う。
「鬼王と鬼の一門の方々、よくぞ御神姫を、このヒノモトをお守りくださった……感謝しています」
鬼王とルインたちは驚き、少し目を瞬かせてから快活に笑った。
「当然だろう?あんたと俺達は平和になったヒノモトを守り続ける役目があるんだから」
――平和になった今、その闇さえもヒノモトの影に溶け込み、空から
いつかの舞台での台詞が思い起こされる。
気づけば、シンジさんたちもみんな顔を上げてこちらに柔らかい微笑みを浮かべていた。
ヤマトは私が危険な目に遭いそうだったことに、まだ少し不服そうだった。
けれど、彼の顔を私が覗き込むと、仕方ないなといった様子で困ったように微笑んだ。
ヒノモトに暮らすみんなが微笑ってる。
あの宴の成功が証明された気がした。
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