幕間 獲物は嗤い、鬼は嘲笑う

 いつものように転移魔術てんいまじゅつでヒノモトに降り立ったフィデスが聞かされたのは、おおよそ信じられない言葉だった。


「我が国の魔道士と騎士が軒並み壊滅状態だと!?一体何があったんだ!」


 フィオーレ王国と繋がっている対話魔術たいわまじゅつからの報告に、フィデスは思わず声を荒げた。

 今から合流する手筈だったフィオーレ王国おうこく屈指くっし幾万いくまんの魔道士たちと強靭きょうじんな騎士たちが、え無く敗北をきっし、被害は甚大じんだいだと聞かされたのだから、荒げた声も仕方がないだろう。


「……化物に襲われた……なるほどな」


 対話魔術から聞こえてくる報告に、フィデスは得心した。

 このヒノモトで化物に追いかけられたことのあるフィデスは唇を噛み締めながら、答える。


「……死者が出なかったことがせめてもの救いか」


 フィオーレ王国の者たちは、このような危険な化物がいる地に未来の国王を置いておけない、と帰還するように言った。

 だがフィデスは、その言葉に決して首を縦には振らなかった。


「ならぬ。白き乙女がここにいるんだぞ。我が国屈指の者たちを壊滅状態かいめつじょうたいに追い込むような危険な化物がまうこの土地に……!今すぐに、彼女を保護しなければっ……!!」


 絶え間なく対話魔術から聞こえてくる制止の言葉を無視して、フィデスは適応魔術てきおうまじゅつを自身に施しヒノモトの町並みに溶け込んでいく。


「予定は狂わせない。今日こそ、あなたをお救いしてみせます……ハナヨメ……」


 フィデスは、祭りのような宴にいまだかつてないほど湧く町の通りを、我が物顔で歩いていく。

 町では、貴族は宴のために美しい装束を身に纏い、しゃなりと立ち姿さえも優美に宴の準備を進め、町民はお祭り騒ぎ、いちが出ていて客引きの声があちこちから絶え間なく聞こえてくる。

 貴族も庶民も誰も彼もが皆、心ひとつに平和と繁栄を願い笑顔で溢れていた。

 そんな町の騒音など気にも留めず、フィデスは一切立ち止まることなく通り過ぎていく。

 そして、まっすぐやぐらまで来たところで彼は初めて足を止めた。

 櫓には一人の舞手が立っていた。

 美しい装束を身に纏い、頭には珍しい装飾の髪飾りがしゃらりしゃらり、と音を立てて揺れていた。


「このフィデスがお迎えにあがりました。もう、ご安心ください、ハナヨメ……」


 眼の前の高い櫓の先には届かぬほどの小さな呟きを落として、男は嗤った。



 時は少し遡り、ヒノモトの海辺。

 フィオーレ王国に仕える騎士や魔道士たちが倒れ伏している。

 それも、なすすべもなくほぼ一瞬の出来事だった。

 彼らは王国屈指の者たちだ。

 弱いはずがない。

 ただ彼らは不運すぎた。

 そして、傲慢にも無謀に動きすぎたのだ。

 彼らが向かってきたヒノモト。

 これがかつてのヒノモトであれば、結果は全く違っていただろう。

 こんな手も足も出せず、え無く蹂躙じゅうりんされただけの光景が戦と呼んでもよいのならば、あえて戦況という言葉を使おう。

 かつてのヒノモトのままであれば、この戦の戦況はだいぶ違っていたはずだろう。

 かつてのヒノモト。

 それは、彼らの国の未来の王が言う、愚かにも小さな内輪揉めをしていた頃、だったならばの話だ。

 しかし、誠に喜ばしいことに今、ヒノモトは平和になった。


――平和になった今のヒノモトでは、闇さえもヒノモトの影に溶け込み、空から太陽みかどが、地からおにのおうがヒノモトを守っている……。


 このヒノモト、そう簡単には火蓋さえも落とされず、地で起こったことなど何も知らぬままヒノモトを照らす太陽は、ただそこに鎮座する。

 このヒノモト、そう簡単には戦の幕さえ上げられず、日の当たらぬ場所で全てを見ているヒノモトの影は、ただそこで狩りをする。

 このヒノモトがまだ一つになっていない頃だったなら、フィオーレ王国の者たちも、もう少し勝負になる戦が出来ただろう。

 鬼王きおうが倒れ伏す者たちを見下ろし、わずらわしそうに自身の髪を掻き上げ、呟く。


「なにか言ってるけど、わからねぇなぁ……」


 鬼王の言葉も、倒れ伏す者たちには通じない。


「えぇ。ですが、この言語、聞き覚えがありますよ」


「この髪の色も見覚えあるぜ?この金色の髪」


「えぇ、目の色も似てるように見受けられます」


「ってぇと、なにか?こいつらがキラを過去に傷つけて捨てた奴らか?」


 鬼王が一瞬、冷酷な瞳で忌々しそうに見下ろす。


「それはどうでしょう?小奴らは人間でしょう?子孫かもしれませんが、本人ではないでしょう」


 ルインの冷静な分析のお陰で彼らの命はながらえた。

 鬼王はすぐに得心して、次に浮かび上がった疑問をルインに問いかける。


「なるほどなぁ……じゃぁ、何だって今頃、襲いかかってきたんだ?」


「さぁ?理由は問いたださないとわかりませんが。今のキラが、あの言語を話せるかわかりませんし」


 鬼王は同胞の言葉に眉を顰めて、拒否の意味を込めて首を横に振った。


「俺としちゃぁ、関わってほしくはねぇな」


「同感です……」


 そう短く言葉を返してからルインは、倒れ伏したままで何かをけたたましく喚き散らす人間を見下ろす。

 眉を顰めながら心の底から面倒くさそうに。


「どうします?ここにあっても邪魔なだけです。もう面倒くさいですし、二度と攻め込んでこないと約束していただけたら、丁重に帰っていただいて構わないんですけど。何をするにしても言葉が通じませんし。もう来ないなら、理由とかも興味ないです」


 ため息を吐く同胞の態度に、鬼王は苦笑する。


「とりあえず、どこに送り届けたらいいだろうな」


 苦笑しているだけの鬼王すら、言葉の通じない王国の者にとっては恐怖の対象でしかない。

 それもそうだろう。

 彼らにとって、鬼王たちはヒノモトの地をきちんと踏みしめる前に、姿さえ目で追えないほど圧倒的な力を持つ化物だ。

 一瞬で壊滅させられ、今、その化物が何か声を上げている。

 確かにそれは恐怖でしかないだろう。

 しかし、彼らにも意地があるようで、化物に向かって思いつく限りの言葉で罵倒する。

 しかし、そのどれもが徒労とろうに終わっている。

 言葉の壁とはそういうもの。

 何気ないことを言っていても恐怖にもなるし、どれだけ口汚く罵っても暖簾のれんうでし、ぬかくぎ

 キラの時のようには懸命に動く気のない2人と、倒れ伏し動けないまま喚くことしかできない侵略者。

 平行線のまま噛み合わない言葉の手助けをしたのは、この場の誰もが想像もしていなかった、意外な者だった。


「なになに……神の御名みなにおいて罰を与え、その光を持ってこの悪魔を打ち払わん……的なひどく攻撃的なことを言ってるね☆」


 鬼王が突然の声に振り返ると、そこには片手をひらひらと軽く振るラスが立っていた。


「ラス!お前、何でここにいるんだよ?」


 鬼王が目を見張って問うと、ラスはニッコリと笑って言った。


「いや、騒がしかったからさぁ。キラも寝ちゃって暇だったし、来ちゃった☆」


 鬼王は頭を抱えていたが、ルインは訝しそうに眉を顰めてラスに尋ねる。


「ラス。まさか、おまえ……大陸の言葉がわかるのですか?」


「うん!だって僕、フィオーレ王国……じゃわかんないか……えっと、大陸出身だし!御神姫みこひめサマには教えてたけど……あれ?あるじたちには言ってなかったっけ?」


「聞いたことねぇよ、そんなこと!へぇ、全然知らなかった!だってお前、髪も目も黒いじゃねぇか?妖術か何かで変えてんのか?」


 それにしては妖術の気配も感じないけど……と鬼王が驚きながら、ラスの髪に軽く触れる。

 くすぐったそうにラスが少し身をよじって、微笑む。


「ははは、違うよ!僕は、もとから黒髪黒目なんだ!フィオーレ王国の人間は、みんな髪の色がキラキラ光ってるけど……」


 そこまで言ってラスはニタリと妖しく笑った。


「僕は人間じゃないからねぇ……」


 その姿を王国の者は見た。

 そして、命が助からないことを悟ってしまった。

 恐怖で心臓まで凍りついてしまったのか。

 彼らは倒れ伏したまま固まり、地に縫い付けられたように動かない。

 化物が増えたことにも彼らは絶望したけれど、恐怖と絶望の理由はそこじゃない。

 倒れ伏したまま、男の一人が漏れ出るように呟いた。


「―――……」


 彼は呟いた。

 どうして、ここにいるのだ……と。

 その言葉は、このヒノモトでしか生きていない2人の耳には届かなかった。

 海鳴りに掻き消されたのかもしれない。

 けれど、鬼は答えた。

 微笑んだまま男に近づき、耳元で彼の呟きに囁くように答えた。


――キミたちが愛を捨てたのに、未だに繁殖することにしがみついているからだよ?


 最後に自身の唇を弾いて、口吻の音をさせてラスは男から離れた。

 男は顔面蒼白させて、恐怖に体を震わせることしかできなかった。

 その様子を見ていた2人の鬼は、ラスの行動を止めなかった。

 そもそも、彼らの立つ場所からは妖艶に囁くラスの言葉は聞き取ることができなかったし、言語も理解できない彼らはもとより、止めることはできなかっただろう。

 そして軽やかな足取りで鬼王たちのところに戻ってきたラスは、いつもの彼に見えた。

 囁かれた男は心臓は凍りついているのに、顔はカッと熱くなって体中がバラバラに壊れたようだった。

 倒れ伏している者の誰もが、血が凍りつき、体中が氷のように冷たくなって、瞼も重すぎて開けていられない。

 心の底まで恐怖に蝕まれた彼らは、薄れゆく意識の中で、あぁ……このまま死んでしまうのだ……と嘆いた。

 神に祈る隙さえも与えられぬまま。

 眼の前で微笑む化物が、彼らの国の敵だったから。


――そう、ラスこそが、彼らの宿敵である暗澹あんたん彼奴きゃつらの一人だと知る者は皆、ただ絶望の底に落ちていった。


「神の御名って、まさか御神姫が狙いってことじゃねぇだろうなぁ?」


 鬼王が一際ひときわ低くうなるように呟いて、絶望に沈んだ敗北者たちをめつける。

 そんな鬼王を横目に、ラスは思案げに自身の頬を人差し指の腹で押しつつ、鬼王の言葉を否定した。


「どうだろう?大陸とヒノモトでは信仰する神様も違うし、御神姫サマの存在を大陸の人間が知っているとも思えないから……違うんじゃないかなぁ」


 ラスの言葉を受けたルインは彼の意見に得心しつつ、その意見によって自身の頭の中に浮かび上がった懸念けねんを口にする。


「なるほど。……ですが、此度の宴はヒノモトの平和と繁栄を願うもの。……邪魔をしてくる可能性もなくはないですよね」


「そうだねぇ。でも、フィオーレ王国って大きいし、距離的にもすっごい遠いんだよねぇ……。このんで、こんな離れた位置にある小国のヒノモトに関わるなんて、無意味なことしないと思うんだけど。……本当に何で来たんだろう?」


ちいせぇ国で悪かったな……俺らにはそういう言い方してもいいけど、人間の前では言うなよ?特にお貴族様たちの中には、そういうこと気にするやつもいるからな」


 困ったようにラスを窘めた鬼王の言葉に、窘められた彼は小さく頷いてから、少しの沈黙の後、言葉をゆっくり紡ぐ。


「わかった、言わないよ……でも小国って言葉はさ、確かに、主たち、このヒノモトで生まれて暮らしている人たちには、悪口に聞こえちゃったかもしれないけど。でも、僕、小さいことが悪いとは思わないんだ。この小国のヒノモトには、大きさなんて関係ないほどの尊い価値……質っていうのかな、それがあるもん」


 ラスはそのまま言葉続ける。

 懸命に、自身の言葉の意図が正確に伝わるように、丁寧に、言葉を選びながら。


「僕の言った小国って言葉は、ただの違いを示したかっただけなんだ。その言葉に悪気はなかった。僕は、大きさや色や形なんて、ただの違いでしかないと思ってる……それは差別じゃなくて、ただの区別なんだ。でも、それで嫌な思いをさせちゃったり、傷つけてしまったなら、謝るよ。ごめんね」


 ラスの言葉をしっかりと聞き終えてから、鬼王は優しく強く頷いてから、ラスに言った。


「心配すんな、俺は気にしてねぇよ。たしかに小せぇ国って、はっきり言われた時は、ムッとしたけどな?でもすぐ、ラスの言った言葉が悪口じゃないって俺にはわかった。ラスがこの国を大好きなことも知ってるし、ラスがこのヒノモトの平和のために頑張ってくれてたことも知ってる。だから気にしない」


 鬼王の言わんとしていることを悟ったルインは、彼の言葉を引き継ぎ、淡々と言葉を紡ぐ。

 その声音は優しかった。


「主様や私たち鬼の一門、または御神姫様たちのようなラスと深く関わっていた人間は大丈夫でしょうけれど。そういう背景を何も知らない無関係なやからたちは、その言葉の真意などみ取ろうともせず、その言葉を言われた、という事実だけをひけらかす。そして、自身の都合の良いように解釈かいしゃくし、自身が甘い汁をすすれるように話を持っていこうとする。そんな事になって、お前が傷ついてほしくないから主様は注意したんですよ。お前に悪意があったとは思ってません、安心なさい」


「そっか。ありがとう、主!ルインも!……でもさ、僕はこの国を好きだし、大きさよりも質だと思ってるし、この国は大事だし重要だけどさ。フィオーレ王国の人間たちがそう思ってるとは思えないんだよね。本当、何しに来たんだろう?」


 うーん……と頭を押さえながら悩むラスを気遣って、ルインが声をかける。


「少々本来の使い方とは異なりますが、馬鹿の考え休むに似たり、という言葉があります。馬鹿な者の考えを知ろうとしても時間の無駄です。あまり無理して考えなくていいですよ。……それよりラス、言葉が通じるなら二度とこのヒノモトに足を踏み入れないように言ってもらえませんか?」


 ラスは元気よく頷いて、絶望の底にいる人間を叩き起こして命じる。

 ラスは本当は、このまま逃さずここで仕留めてしまった方が、安心で有益なんじゃないかと思った。

 けれど、ラスはルインの言う通りに彼らに命じた。

 彼らは自分の意志とは関係なく、まるで熱に浮かされているように、ただラスの言葉に従い動いた。

 ラスは倒れ伏した王国の者を帰してから、鬼王たちと一緒に海辺を背にして、鬼の一門の里への帰り道を歩く。

 その道中、遠くまで広がるヒノモトを見て、ラスは一人立ち止まり、思った。

 この国は呆れるほど、考えが甘くて、春の海のように生ぬるいやり方ばかりを好む。

 でもそれは、お菓子みたいに甘くて、お布団みたいにぬくくって、花の香のように優しい人たちだから。

 僕はそれをとても好ましく思っているんだ、とラスは笑った。

 そして道の少し先で、自身を待つためにこちらに顔を向けて立ち止まっている鬼王たちに駆け寄った。


「でも本当に、今のフィオーレ王国に何が起きてるんだろう?帰りたいとかもないから、べつに興味もないけど……理由がわからないままなのも、なんかもやもやする」


 答えに辿り着こうと唸るラスを鬼王はみつめて、何か話題を変えようと他愛ない話を始めた。

 そのうち、フィオーレ王国のことで話に花が咲く。

 言語のこと、大陸との文化の違い、フィオーレ王国のことにはルインも興味深そうに聞いていた。


「でも驚いたぜ?まさか、お前も大陸から来てたとはなぁ……」


 何気なく言った鬼王の言葉に、ラスはきょとんとした表情で聞き返す。


「お前もって?」


「楽しく話している時に、賊のことは置いておきましょう。……でも、大変だったんじゃないですか?言葉も文化も違うところで暮らすのは」


 鬼王が何か言って、そこから芋づる式にキラについて何かドツボにはまる発言が飛び出す前に、優秀な腹心は鬼王の言葉を先程の王国の者のことにして、さらりと話題をそらす。


「そうだねぇ。……でも僕の場合は、言葉はある程度は最初は魔術で補えたし、物覚えもいいからね☆文化の違いも楽しめたから苦ではなかったよ」


 ラスは勝ち誇った表情で自慢げに言う。


「僕の言葉おかしくないでしょ?もう魔術に頼らないで、いつもヒノモトの言葉を喋ってるんだよ」


「すごいじゃないですか!いつか私にも、大陸の言葉を教えてくださいよ」


 優しく微笑み素直に感心してくれるルインに、ラスは照れくさそうに、はにかんでから大きく頷いた。

 それからラスは思い出したように言う。


「そういえば、僕以外の鬼ってさ、妖力で妖術使うじゃない?僕の場合は魔力で魔術使うんだけど……似てる感じなのかなぁって思ってたけど、仕組みとかやり方とか全然違くて、最初びっくりしたよ!魔力も溜められないし……」


 妖力と御神姫の神力は別物のように、ラスたち大陸の者がもつ魔力もまた全くの別物だ。

 その上、このヒノモトには魔力や魔術というものが存在すらしないため補充もできない。


「やっぱり違うんですねぇ。それで不都合とかあるんですか?体調とか」


「いや、体調は大丈夫だけど……フィオーレ王国の人間以外には効果が薄いかもね!だから、戦の時には役立たずだったでしょ?」


「んなわけねぇだろ?お前のお陰で御神姫と関わることができて平和になったんだ」


「えへへぇ☆ありがとう、主」


「……だとすると、本当にあの賊たちは何しに来たんでしょう?わざわざ敗北をしに来たなんて物好きもそういないでしょうし」


 ラスの話を聞いてルインも頭を捻る。


「だよねぇ。例えば効果が薄いってことを知らなかったとしても、ここに宣戦布告する必要性がわからないんだよね……」


 首を小さく横に振りながらぽそりとラスは呟く。


「白き乙女がいるわけでもあるまいし……」


「「白き乙女……?」」


 鬼王とルインが声を揃えてラスに聞き返す。

 ラスは白き乙女の伝承について二人に話した。

 神を宿した赤き心と白き人魚の涙……空と水底、どちらからも寵愛ちょうあいを授かった白き乙女が王国を救う。

 その伝承には美しい髪飾りが登場すること。


「それはね……金の装飾と赤い紅玉でできた神の愛と、白い真珠が人魚の零れる涙のように流れているって」


 ラスが身振り手振りで色や形、装飾の詳細を丁寧に説明する。


「へぇ……それは美しそうですね」


 ルインは興味深そうに聞いていた。


「へ……へぇ……それは、すごい……ね」


 鬼王は不安そうな表情を浮かべ、一人頭を抱えていた。

 鬼王は思った。

 なんか似たようなの見たことあるぞ……と。

 あの日、御神姫のお師匠さんに部屋にぶち込まれて御神姫のお守りしてた時。

 御神姫が頭にぶら下げてたの、すっごい似てた気がする。


「そんな装飾が実在するなら見てみたいですよね」


「うん、綺麗だった」


 サラリと思わず返事をしてしまった鬼王に、優秀な腹心は訝しげに見やる。


「はい?どうしました主様?」


「へ!?いや、なんでもないけど!?俺なんか言った?」


 あからさまに動揺している鬼王を、ルインと同じようにラスも訝しげに眉を寄せてみつめた。


「主?大丈夫?」


 心配そうに声をかけるラスに、口角を必死に上げて鬼王は答える。


「ダイジョウブだぜ?」


 鬼王の必死の頑張りは、すでに怪しんでいた2人の疑念を確信に変えた。

 確信している2人から見れば、鬼王の言動は痛々しく思えた。

 ラスとルインのこんな悲しげな顔見たことない。


「主様、どこで見たんですか?」


 見ていられなくなったルインが引導を与える。

 誤魔化しきれないと悟った鬼王は潔く答えた。


「たぶん、御神姫がつけてる」


「え!?どういうこと?なんで御神姫サマが!?」


 驚きのあまり声を上げるラスとは裏腹に、ルインは静かに、じっと遠くに広がるヒノモトを見つめる。


「私……やられっぱなしって好きじゃないんですよね……」


 ポツリと呟いた。

 やられっぱなしという言葉は、この場において適切でないように思える。

 なぜなら勝者も、蹂躙していたのも、彼らだった。

 それでも、ルインにとっては適切な言葉だったらしい。

 なぜなら、その敗北者たちはルインにとって、同胞を傷つけた国の生き残りで、彼にとって何よりも大事な最愛の女性を狙って賊まがいに、この地を踏み荒らそうとしていたのだから。

 そして、伝承になってしまうほど重要な救国の聖女のことだ。

 そんなに簡単に引くとは到底思えない。

 ならば現在進行系で未だ彼女は狙われている。


「今度はきちんとヒノモトとして、お相手いたしましょう……」


 振り向きもしない海の向こうには届かぬ小さな呟きを落として、鬼は嘲笑った。


 夜は明けて、朝が来る。

 今日は快晴、太陽が輝き、影が伸びる。

 宴が開かれ祭りが始まる。


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