幕間 獲物の恐怖と高揚
こんな
そして、その儀式を取り仕切っていた
その影響でこの儀式は失敗した。
――もしかしたら、その国は我が国に宣戦布告してきているのでは?
そんな噂が広がり、城の人間も国民も疑心暗鬼になっている。
我が国と比べれば、針のごとく小さく狭い
だが
なんせ事実、重要な儀式は無駄に終わり、我が国の国民は不安と恐怖に怯えている。
儀式を再度行い、それを成功させ、我が国に安寧が訪れるならどんなことでもやってみせるさ。
それが未来の国王として我が国、フィオーレ王国を背負う私の責任であり、義務だからな。
「それにしてもこの国はいつ来ても
周囲の人間に怪しまれないように、自分自身に
海を越える転移魔術や見た目、言語さえも、その土地の人間になりきる適応魔術は高度過ぎる魔術。
当然、誰もがそう簡単にできることではない。
それが、王の側近や
膨大な魔力と精錬された技術が必要になる。
それ故に、此度の任は私単身での行動となった。
この私でも魔力切れを起こさぬとも限らないので、長居は禁物、何度も我が国に帰らなくてはならない。
誠に遺憾なことであるが、未来の王たるこの私が、我が国と小国を、行ったり来たりの生活を
しかし、そうする他なかった。
高度な転移魔術と適応魔術、そして王国と常に連絡できるように我が国に繋げた
その両方が使える技術と魔力を持ち合わせ、かつ
ただでさえ、我が国は今、常に脅威にさらされている。
――
そんな外敵に国民は怯え、その対応のせいで城の者たちは疲弊している。
そんな状態の国から、一握りの優秀な人材を無駄に引き離すことはできない。
このような
聞けばこの小国、ついひと月前までは、愚かにも小さな
先日来た時に観劇した演目で、そんな事をまるで本当に起きた出来事のように朗々と語っていた。
しかし、私から見ればどれも
たとえ少しばかり事実に基づいていたとしても、今やただの平和ボケしたこの小国。
そんな国が、我が国で最も重要とされている儀式を邪魔をすることも、暗澹の彼奴らと手を組んで我が国への攻撃を
なんせ、あの儀式の警備には、私も携わっていたのだから。
それに何度この国に足を運んでも、この国の人間からは、我が国ほどの強国を脅かす脅威に足る魔力も、立ち向かおうとする志も何一つ感じられない。
ただ、ぬるま湯に浸けられ、歯向かう牙をも失った
神官長も何を間違って、こんな小国に魔力を感じ取ったのだろうか。
――
私は昨日となんら代わり映えのしない、弱者が
もうこんな
そう思っていた。
――私が逃げるだけの獲物に変わった、あの瞬間まで。
その日も、私は相変わらず喧しいだけの街の中を歩いていた。
酒臭さを撒き散らしながら、完全に酔っ払っている男が不躾に話しかけてきた。
「おや、べっぴんなお兄さん!どうだい?あんたも酒飲み対決に参戦して、あっちのべっぴんの兄ちゃんを倒してくれよぉ。誰も勝てなくてよぉ……」
どうにも
どこまでも呑気な者たちなんだと、つくづく思う。
「酒飲み対決?私は遠慮するよ、忙しいもんでね。あんたと話をしてる時間もないんだ」
Sake battle? I don't do it. I'm busy.
I don't have time for you.
私が発した自国の言語は、この土地に適応した言葉とイントネーションで紡がれていく。
酔っ払いは残念そうな顔をして私から離れていく。
そして、よろよろと緩慢な動きで騒ぎの渦中の方に近づいて、異様な盛り上がりをみせる酒合戦を観戦し始める。
そんな男の姿を目にした私の口からは自然と、呆れよりも諦めに似たため息が漏れた。
本当に、この国にあの儀式が失敗した原因があるのか?と疑問に思う。
我が国は、暗澹の彼奴らからの脅威に襲われ、
その国の未来の王である私は、当然に忙しい。
こんな国の愚民に
とにかく、今はほんの少しでも手がかりがほしい。
もしデマカセや間違いでなく本当に、この国にいるというのなら、早く見つけ出して連れ帰らなければいけない。
――暗澹の彼奴らを
とはいえ、どうにもここは酒臭くてたまらない。
この街中はほとんど探し尽くした。
この小国の王が暮らしている城の方まで、避難がてら偵察しに行くか。
私がそちらに向かおうと、群衆から背を向けた時。
――その時こそが、私が追跡者から獲物に成りさがった瞬間だった。
閃光の如き
私の頭がソレを何物かと把握する前に、体は勝手にソレから逃れるように駆け出していた。
とっさに離れたことで、距離はまだ十分ある。
だがそれも、少しでも気を抜こうものなら一瞬で追いつかれ、ソレが私を捕まえるにも十分過ぎる程度の距離だとわかっている。
私は無我夢中で走った。
ソレから逃れることだけに思考を使った。
何度か来た事があるため、迷うことがないのはよかったが、地の利は完全にあちらにあるだろう。
もちろん私は自分に自信があった。
魔術にも武術にも。
並大抵の者には負けない自信と、確固たる実績もあった。
けれどそれは、対人間、もしくは対暗澹の彼奴らを想定し、相手取ったものだ。
後ろにジリジリと距離を縮めようと追ってくるソレの気配を、私の人生の中で一度も感じたことがない。
姿さえ捉える隙を与えてくれないソレを知らない。
あんな化物を、あんな怪物の気配を私は知らない。
私は人の波を振り切り、この土地に降り立った場所に向かう。
そこには、私がすぐ帰れるように、フィオーレ王国に繋げた転移魔術の魔法陣を壁に起動させてある。
目的地まで逃げ続け、壁の魔法陣にそのまま飛び込んだ。
私が飛び込んだことで、転移魔術の魔法陣は消えただろう。
ソレの気配と私の距離が離れていくのを感じる。
私の体がその国から完全に消えたのがわかった。
なんとか命からがら、自国まで舞い戻った私を家臣たちは心配して駆け寄ってくる。
その者たちにさえ反応できないほど、私の心臓は早鐘を打っていた。
それは恐怖と、獲物に成り下がったことへの落胆。
崩れ落ちたプライドと、未来への希望と、興奮冷めやらぬ高揚。
あの国は、ただのぬるま湯に浸けられ、歯向かう牙をも失った脆弱な小動物の集まりなんかじゃない。
あの国には魔力とも思えない強大な化け物がいる。
あの国は只者じゃない……なら。
あそこに、白き乙女がいる可能性は少なくない。
このか細い手がかりを、必ず私は未来の希望に変える。
――このフィオーレ王国の次代を担うこの私、フィデスが必ず、あなたをお迎えにあがります。
それまでしばしのご辛抱を願います、白き乙女よ。
翌日、私は狂気にも似た高揚と、狂おしいほどの口惜しさに心を支配されながら、自身の親指の腹を噛みちぎり、我が血にて魔術を発動させた。
時同じくして、フィオーレ王国屈指の幾万の魔道士たちと強靭な騎士たちが、かの地に踏み入るために海に出た。
合流でき次第、あの国に戦火を轟かすことになるだろう。
――私が
街中は依然と喧しい。
聞いたところによると、大きな祭りを間近に控えているらしい。
街の通りには背の高い建物が建てられている。
どうやらあそこで踊り子が舞うらしい。
その建物に人の気配を感じて見上げた。
その時、体が脈打つ。
一人の女性が立っていた。
彼女を見た瞬間、心臓を鷲掴まれたような心地がした。
まさに、彼女こそ私の探していたもの。
美しい装束に身を包み、花笑みを浮かべていた。
太陽を背に光を纏い、その頭には伝承が煌めいていた。
あの髪飾りは伝承そのもの。
神を宿した赤き心と白き人魚の涙……空と水底、どちらからも
――あぁ、やっぱり此処にいたのですね。
「みつけた……ハナヨメ」
此処に囚われていたのですね。
王国の運命、私の希望。
やっと、お迎えにあがれます。
長い事お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。
でも、もう大丈夫です。
王国の者たちも、もう間もなくこの地に辿り着くことでしょう。
それでは海まで船を確認してまいります。
私が必ずこの地から貴女をお救いいたします。
私はその建物を背にその場所をあとにした。
白き乙女よ……どうかフィオーレ王国を助けてください。
私のその願いが叶うならば、私はどんなことでもいたします。
私のたった一つの望みを叶えてくださるならば、私が持つ全てを貴女に捧げる。
そのためならば、未来の王となるこの身、この心すらも喜んでさしだしましょう。
ですから、どうか……どうか暗澹の彼奴らを退け、我が国に安寧と繁栄を
「白き乙女よ……どうか……させて」
あぁ、なんだろう。
今、私はとても満たされている。
貴女にお逢いできたことが、こんなにも私の心を震わせるとは思っておりませんでした。
この想いの名前を私は知りません。
貴女が私に教えてください。
どうか私にその優しき心を守らせてください。
どうか私にその美しき未来を創らせてください。
どうか私にその清らかな愛をお与えください。
どうか私のこの底知らぬ愛を受け止めてください。
「白き乙女よ……どうか私に全てを捧げさせて」
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