第19話 祭りの前、最後の帰り道

「鬼王の髪って本当に真っ黒だよね」

夕焼けの道をヤマトと鬼王と一緒に帰路につきながら、私はふと、そう言った。

「どうだろ?ヤマトもお貴族様も、このヒノモトの奴らはみんな黒いだろ」

「そうだけど、見てると鬼王の髪は夕陽も反射しないくらい、すごく黒いんだよね」

ヤマトは横目で鬼王をちらりと見てから興味なさそうに言う。

「そうですね。鬼王殿は御器噛ごきかぶりくらい真っ黒く見えますね」

「おい!!よりにもよって、ひでぇ言い方をしやがるな!?もっとマシな例えもあるだろう!!」

「ヤマト!言い方!!それ以上悪い例えないってくらい悪い例えだよ、それ!」

御器噛とは、言葉にしたくもない、あの黒いGのことです。

私の非難の目を受けて、ヤマトはしぶしぶという感じで言い方を変える。

「はぁ……そうですねぇ。だいぶ真っ黒の髪色なんじゃないですか?……なんせ、かつては太陽をも取り込み、ヒノモトさえ飲み込んでしまうとまで謳われ、恐れられていましたから」

「あぁ、懐かしい話だ。戦をしてた頃はそんな揶揄もされてたっけな?」

私は、先日の観劇の一幕を思い出しながら、その時の台詞セリフの一説を口にした。

「しかし平和になった今、その闇さえもヒノモトの影に溶け込み、空から太陽みかどが、地からおにのおうがヒノモトを守っている……ってこの間の舞台の台詞で聞いたよ」

私の言葉に、驚いたように鬼王が声をあげた。

「もう、あの戦が舞台になってんのか?」

「うん!盛況だったよ?」

「どんな奴が俺を演じてるんだ?ちゃんと、かっこよかったか?」

気になるところ、そこなの?っと思いつつ舞台のことを思い返してみる。

「うぅん……私の位置からだと役者さんの顔まではよく見えなかったけど……たぶん鬼王の方がかっこいいよ?」

「そりゃぁ、仕方ないな!どうだ?ちゃんと事実通りの話だったか?」

私の言葉に気をよくした鬼王は、ご機嫌で私に舞台について聞いてきた。

「ヤタカさんに連れて行ってもらったんだけど、ヤタカさんにはイマイチだったみたい。脚色きゃくしょくがヒドイって。私は結構楽しかったけど」

「そうでしたか。まぁ、内容によっては、すぐに取り締まられるでしょうけど」

特に御上や御神姫の害悪になりそうなもの、風評被害を起こしそうなものなら……と付け加えたヤマトに私は覚えてる限りの舞台の内容を話した。

私の話を真剣に聞きながら、2人は苦笑したり、頭を抱えたりして、私たちは話に花を咲かせた。


「でも、さっきの話に戻ると、鬼の一門のみんなも黒髪だけどさ。キラって時々、明るい髪色に見える時あるよね?」

帰り道も、もう終盤というところで私がそう言うとヤマトは首を傾げた。

「そうでしょうか?あんまりまじまじと見たことないからかもしれませんけど、そう思ったことはないですね。ただ興味ないだけかもしれませんけど」

「え?そう見える時ない?そう思うの私だけ?」

「…………」

そう言ってヤマトと一緒に鬼王を見たが、彼は訝しげな顔のまま私をみつめていた。

「そ、そんな目で見なくても……なんか悪いこと言った?ごめんね?」

私がいたたまれず、おずおずと鬼王に謝るとヤマトが制止する。

「御神姫が謝ることはありません。この男が不躾な目を向けているのが悪いのですから」

ドンっと少し強めに鬼王の肩を小突いて、ヤマトは言い放つ。

その衝撃で鬼王は、いつもの彼に戻ったようだけどまだ少しぼんやりして見えた。

「え、あ……悪ぃ……。全然聞いてなかった……。何で御神姫が謝ってんだ?」

「おまえが不躾な目で御神姫を見ていたからだ。陳謝しろ」

おまえって……ヤマト、彼は鬼の一門の大将だよ?ヤマトって、私以外のイケメン(特に鬼の一門)には当たりが強いんだよね。

そんなところにもキュンとするけどね!

ヤマトにそう言われて、鬼王は気まずそうに頭を掻いて、私に申し訳無さそうにたずねた。

「えっと、どんな目で見てた?怖かったか?」

そんな鬼王を見て、私は少し心配してる。

あの時の鬼王の表情が少し、珍しいなって思った。

でも、怒ってるとか、訝しんでるとか、たぶんそういうんじゃなかったんだろうなってのはわかった。

言うなれば、心此処にあらずって感じだったんだと思う。

どうしてそうなったのかは気にはなったけど、今の鬼王の表情を見たら聞ける様子じゃないと思った。

恐る恐るたずねてくる鬼王に、私はこともなげに微笑んで首を横に振る。

「いや全然!……でもなんか、嫌なこと言っちゃったかな?って」

「ほら、こんなに御神姫に気を遣わせて。鬼の一門の長だっていうのにそんな愚鈍な……もごもご」

止まらない暴言を繰り出すヤマトの口を私の両手が慌てて塞ぐ。

鬼王はいつものヘラっとした顔で首を横に振った。

「いや、別に大したことじゃないんだ。お前が気になるなら俺は答えるけど。お前に隠し事はナシだからな」

その雰囲気を見て、もしかして本当に大したことじゃないのかな?って思った。

思ったけど、私は首を横に振った。

「ううん、別に気にしてないよ?鬼王が言いたいなら聞くけど……私は」

「私も興味ないです」

私が言い終える前にヤマトがピシャリと言い切る。

「お前ぇには言ってねぇ!御神姫に言ってるんだ」

ヤマトの声に鬼王は声をひっくり返しながらそう言った。

そして私に向かって苦笑した。

「……なぁ御神姫?お前、こいつといて苦労しないか?」

「失礼な男ですね!私がいつ、御神姫に御苦労をおかけしたと言うのですか!」

呆れたように言う鬼王に、今度はヤマトが声をひっくり返しながら反論した。

私は意味ありげに曖昧な返しをする。

「……いやぁ〜、それはねぇ」

「御神姫!?」

「うそうそ!苦労かけられたなんて思ったことないよ?ヤマトにはいっつも助けてもらってる!頼りにしてるよ!」

「御神姫、そのお言葉に恥じぬようこれからも精進致します。私はあなたのもの。あなたのためなら私は如何なる困難にも立ち向かっていけます。いくらでも強くなれるし、どんな事でも成し遂げられる」

ヤマトが真っ直ぐな瞳でそう言ってから、恭しく頭を下げた。

そしてまた、曇りなき真っ直ぐな瞳で言う。

「そこにってる鬼の一門など焼き払うことぐらい朝飯前ですよ!」

おい〜、そういうところだぞ、ヤマト!

あのね、ヤマトに苦労をかけられた!と思ったことはないけど、こいつのこと、どうしようか……と思うことはしばしばあるよ?

笑顔でこちらを見るヤマトを見て私の口から溜息が漏れる。

あのねっ!パチンっと可愛くウィンクしてもダメだから!!

かろうじて口には出してないけどヤマトの考えてることが手に取るようにわかるのよ!

っちゃいましょうぜ!……じゃねぇのよ!

殺らせねぇからな!!

ちょっと……だいぶ癖のある私のイケメンに心でツッコミを入れつつ、私たちは夕陽を背に帰り道を歩いていく。


もう、私が暮らしている屋敷の前に着き、鬼王をヤマトと見送る。

帰り際、ふと、おもむろに鬼王が振り返り言った。

「さっきの事だけど、心配かけて悪かった!でも、本当に気にしないでくれ。お前が俺に聞いて俺が嫌な気持ちになることは一つもねぇから!お前に隠し事はしないって言った俺を、嘘つきにしないでくれよ?……ただ、さっきは驚いただけなんだ!」

そして鬼王は微笑って言った。

「やっぱり御神姫おまえにはおれの妖力が効かないんだなって!」

それだけ言い残して、鬼王は帰っていった。

……どういうこと?そんな話してたっけ?

私には鬼王が何を言ってるのかわからなかったけどとりあえずその場を後にして屋敷に入った。

ヤマトが「風邪ひくから早く屋敷にお入りになってください!」と口うるさく言うから。

ヤマトのこういう心配性なところ……好きぃ!

もう!口うるさく言わないでよぉ!って言いながら言う事聞いちゃう自分が嫌いじゃない。

部屋に戻った私に、ヤマトはすぐに温かいお茶を淹れてくれた。

お茶の熱さをゆっくりと伝える湯呑みのあたたかさにどこかホッとする。

けど、頭の中では先程の鬼王の言葉が少し引っかかっていた。

……妖力の話なんてしてたっけ?

っていうか何の話で鬼王が固まったんだっけ……。

……そうだ、鬼のみんなって黒髪だよねぇ、キラはちょっと明るく見える時ない?みたいなことだった気がする。

……そこからなんで妖力の話が出てきたんだ?

私はまだ少し、熱いお茶を火傷しないようにゆっくりと啜る。

今度、鬼王に聞いてみよう!……覚えてたら。

私は明日に控えた宴のために今日は早々そうそうに休むことにした。






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