第18話 祭りの前に鬼が笑う
「そうだ、
「なになに?なにを聞きたいんだい?
二人きりの今だから問いたい、そんな鬼王の前置きが、乙女ゲームの恋愛イベントを
「俺に隠し事してるだろ?たとえば……年齢とか」
何気ない世間話をするみたいな表情で聞かれた問いに、はしゃいでいた私の心と体は一瞬で凍りついた。
うん?
今なんて言った?
隠し事してるだろ、ってところまでは、乙女ゲームの脳になっていた私にもまだわかるとして。
そのあと……なんて言った?
たとえば……年齢とかって言った?
おいおい、なにサラッと爆弾発言を投下してくれてんだ!
たとえば〜がピンポイント過ぎるだろ!?
ていうか、年齢のこととか、繊細でデリケートな話題を、そんな何気なく言うのは私だけじゃなく誰相手でもアウトじゃない?
イケメンじゃなかったらフルボッコにされてたぞ!
いや、そうじゃない、問題はそこじゃない。
――ちょっと待ってよ!!なんでバレたのっ!?
いつアラサー飛び出した!?
今の会話!?……いや、そんな覚えはねぇぞ?
ってか、ずっと聞きたかった、って言ってるってことは……結構前からバレてたんじゃない?
いつからよ?
いつから
「ぇえ?……なんのことぉ?わっかんないなぁ?」
「ほう?本当にわからないのか?御神姫様よぉ」
苦し紛れに、とぼけてみたけど鬼王は苦笑するだけで、見逃してはくれそうにない。
少しの間の後、深い溜息とともに鬼王に問う。
「……なんでそう思ったの?」
「え?雰囲気?かな。なんとなくだよ」
そんな曖昧な感覚で図星さすなよ!
野生動物並みの勘の良さをここで発揮するなよぉ!
私が絶望にくれて、
「まぁまぁ、そう、しょぼくれんなよ」
誰のせいで絶望して、誰のせいでしょぼくれていると思っているんだっ!!
その心の叫びを流石に口に出すことはなく、それから止まらない溜息の何度目かで腹をくくった。
「そうだよ……年齢はみんなが思っているより、だいぶ……上」
私の渾身の告白に鬼王は、驚く素振りさえない。
私がたまらず、おずおずとたずねる。
「嫌いに……なった?」
「別に?年齢なんて気にしやしないけど」
心の底からそう思っていると彼の表情でわかる。
その心意気はありがたいし、男気も感じる。
でも、ならば言わせてほしい!!
「なら聞かないでくれない!?年齢聞くって私の世界じゃ基本アウトなんだけど!」
「あうと、ってなんだ?」
「ダメってこと!禁止!!
「そうなの!?」
極刑はちょっと盛っちゃった気もするけど、まぁ、いいでしょう。
「ってかねぇ、女の子の秘密なんて暴くものじゃないんだよ!」
「俺は女の秘密なんざ興味ねぇ。お前の隠しごとが気になっただけだ」
「私も女だよ!!」
「わかってるさ。お前は俺の愛しい女だからな」
じゃぁ、何で私の秘密を暴くんだ!!と抗議すると鬼王は自信たっぷりに答えた。
「お前は俺のものだ、俺だってお前のものになってやる。俺は自分のものに隠しごとはしねぇし、俺のもののことは全部知っておきたい。お前のことで俺が知らないものがあるってのは、気が狂っちまうほど嫌なんだ。だから聞いた」
何言ってんの?このどストレートに歪んだワガママボーイは。
一風変わったガキ大将なのかな?
お前のものは俺のもの、じゃなくてお前のことで知らないことがあるだけで気が狂いそうだ、なんて。
歌詞にありそうな言葉をそんな真っ直ぐな瞳でかっこよく言えるなんて……イケメンかよぉ。
イケメンなんだよなぁ……。
しかも……おいおい、何なんだよ、この暴君俺様イケメン様の蕩けるみたいな優しい微笑みはよぉ。
こんな横暴イケメンだっていうのに、この横暴さにもキュンとしてしまう自分が憎い。
そんなに私のこと好きなんだぁ、愛されてるぅ!じゃねぇのよ。
鬼王はイケメンだけど強引だし、イケメンだけど横暴だし、イケメンだけどワガママだし……でもめっちゃイケメンなんだよねぇ。
しかもただのイケメンじゃない。
すべてが
絶対に優しくて、文句を言っていても最後には絶対私の意見を尊重してくれるイケメン。
絶対に強くて、どんな強敵が来たとしても絶対に私を守ってくれるイケメン。
絶対に私を愛してくれていて、浮気なんて絶対にしない最上級のイケメン。
キュンとするなって方が無理な話だ。
「で、実際何歳なんだ?」
「まだ言うか!!鬼か、あんたは!!」
「あぁ、鬼だ」
「……そうでしたね。しかも鬼の一門のトップでしたねぇ」
「とっぷって何だ?」
「……一番エライってことだよ」
なんか……文句言う元気もなくなってきた。
まぁ、いいかな。
知られたのが鬼王だし。
最初に彼が「俺とお前以外いないし」って言ってたし、彼が誰かに吹聴するなんてことは絶対にありえないし。
はなから、この
もう、何もかも諦めたら、いろんなことがどうでもよく思えて、ちょっと気持ち的に吹っ切れた。
「年齢、アラサー、around thirty years old、ok?」
「おい!わざと俺にわかんないように言ってるだろ!往生際が悪いぞ!!」
「うるせぇ、もう鬼王の前でヒロインモードするのやめるんだ!」
「ひろいんもーどって何!?」
「もう、鬼王の前で女の子らしく猫かぶって取り繕う、かわいこ子ちゃんをやめるってことだよ!」
「それは別にいいよ。俺はお前の全部が好きなんだから」
「はぁん?全部なんて知らないくせにさぁ!そんなことよく言えるねぇ!私、四捨五入したら
自分を嘲るように、飛び出してくる言葉をそのまま鬼王にぶつける。
溜まっていたものを吐き出すように、これでもかと自分を曝け出す。
鬼王は変わらない表情で言う。
「それでも好きになるよ。いくつか知らない言葉もあったけど。それが、お前の一部なら受け入れる。もし、その性格がこれからのお前自身を傷つけるものなら、俺が矯正するし」
「マジか!そんな自信満々に言われると、頼りになるし、キュンとしてしまうけども」
あまりに堂々とした鬼王の言葉に、思わず笑ってしまう。
その言葉に嘘はひとつもなくて、あぁ、鬼王のこと好きだなぁ……って思っちゃう。
ずっと隠していてもいいと思ってた。
でも、今は自分が思うよりずっとスッキリしていて肩の荷が下りたのがわかる。
いつも鬼王の強引さや横暴で俺様な性格に救われるんだよな、私。
前にヒノモトにいた時も、そうだった。
「三十路でもいいの?」
「30年なんて鬼じゃ、まだまだ若造だよ」
「……鬼って長生きなんだっけ?」
「人間よりはだいぶ長命だな……俺なんて千年は生きてる。途中から数えるのが飽きてやめたけど」
「まじか!?知らんかった。じゃぁ、私のほうが全然早く死ぬじゃん!!」
「あ、大丈夫。俺の妖力でお前も長命にするから」
「いや、するから、じゃねぇよ。寿命が変わるんだぞ?そのへんは私に選択する権利くれよ」
「選択する権利はやってもいいけど、お前が俺より先に死んだら、ヒノモト巻き込んで俺も死ぬぞ?」
「選択の余地ねぇよ。ってか、ヒノモト巻き込むなよ!私が平和にしたんだぞ!」
「うん、だからめちゃめちゃ心苦しい」
「じゃぁ、巻き込むなよ!」
「ごめんな?」
巻き込まないとは、てこでも言わないな。
しかも、謝罪の言葉が異様に軽いし。
私が死んだら、せっかく良好になったヒノモトと鬼の一門の関係も何もかもぶっ壊れる。
私の頑張ったこと全てが水の泡になる。
私は自分の命を大事にしようと心に強く誓った。
不意に鬼王がたずねてくる。
「ふじょしってなんだ?」
あ、さっき余計なこと言ったな、私。
「女子供の婦女子ならわかるけど、お前の言ってるふじょしとは違うだろ?」
そこ、突き詰めちゃう?
さすがに、腐女子を知らない一般人に説明するのは抵抗があるんだけど。
じっとこちらを見る鬼王を見て、逃げられないとわかっている。
「それはぁ……えっと」
どうにかオブラートに包んで、あまりショックを受けないように、美しい言葉でコーティングして鬼王を丸め込めないだろうか。
――……ダメだ、言葉が出てこない。
何か思いついても、その言葉が脳内で勝手に18禁ワードへ突き進んでいってしまうから口にするのが怖いな。
小首を傾げて私の言葉を待つ鬼王を見て更に頭を悩ませる。
「えっとですねぇ……」
耽美、背徳、受け、攻め、薔薇、やお……だめだ!まともな言葉が普段より全然出てこない。
こうなったらいっそあるがままに言うしかないか?
別に未成年のホオリに言うわけじゃないし、たとえ18禁ワードになったとしても鬼王は千年生きてるから年齢的にはセーフだし。
それに、彼は先程
「それでも好きになるよ。いくつか知らない言葉もあったけど。それが、お前の一部なら受け入れる」
ってキメ顔で言ってたしね!
ここは一つ彼の胸をお借りして、信じてありのままを伝えてみよう!
「えっとね、腐女子というのは……」
そして、私は腐女子という意味をあるがまま、包み隠すことなく、彼にお伝えした。
彼は興味深そうに真剣に聞いてくれた。
私の好みから、需要と供給によって作られていく薄い本の必要性まで、思いつく限り腐女子である私のありのままを教え込んだ。
説明し終えると彼は、事もなげに言った。
「なるほどなぁ、男同士なんてこの辺じゃ珍しくもねぇけど」
「え、なにそれ。そこをもっと詳しく!!」
「いや、別に規制もないし、悪じゃないだろ?好きになったのが同性ってだけで。お貴族様でも、鬼でも結構いるぞ?珍しくもないから言わないだけで」
マジか、まだまだ私の知らないヒノモトがあるな。
ってかお貴族様でもって私のイケメンたちはどうなってんの?
別にそれで嫌ったりしないけど、できれば知っておきたい。
ってか教えてほしい。
受けなのか、攻めなのか……。
でもなぁ、できればやっぱり私だけを愛してほしいし、そのへんはしっかりと……そう思ったところでふと頭に疑問が浮かぶ。
そして、じっと鬼王を見る。
え?鬼でも珍しくないって……鬼王はどうなの?
まさか、鬼王も既に?相手は誰?
鬼王が攻めだよね?……意外に受けだったらそれはそれで
「いひゃい」
ぐにりと鬼王に頬をつねられて、思考が現実に戻ってくる。
「今、ものすごく俺に対して失礼なこと考えてる気がして」
勘が鋭い野生動物め。
「あのなぁ、珍しくはないとは言ったが俺は違う。ってかお前の周りにはいねぇんじゃないか?」
「ほほぅ、何でそう思うの?」
「だって、腹立たしいことだが、お前の周りの野郎どもは、俺の仲間も含めて、みんなお前のこと好きだろ?」
鬼王は苦笑しながらそう言うと、そのまま言葉を続けた。
「同性だろうが異性だろうが、恋をするのは一人だよ。そうじゃないと、ただの
なるほど、と私は呟いて納得した。
つまり、やっぱり私のイケメンは最上級のイケメンってことね!
「でも、お前はふじょしってことを何で隠したがるんだよ?」
「……私の世界では腐女子ってバレると、肩身の狭い思いをすることもあるんだよ。万人受けの考え方じゃないというか……みんなと同じじゃないと、ダメな奴みたいな」
彼は少し顔を顰めて、鼻で笑って言った。
「ふーん。そりゃあ、狭っ苦しくて、息のしにくい世界だな。万人が望む、同じ考え方なんて存在しないし、なによりつまんないだろ?
そこまで言ってから、鬼王はニカッと笑った。
「だから生きとし生けるものは全て、面白くて、特別で、なにより尊いものなんだろ?」
曇りなき瞳で言う彼の言葉に、私は胸を貫かれた心地がして、思わず顔をあげて彼をみつめる。
そこにはいつもの優しい蕩けるみたいな鬼王の笑顔があって、私は絞り出すように言葉を返す。
「そんなものかな……?」
彼は私の頭に手を置いて、私の目線に合わせて膝をつく。
そしてそのまま、物知らぬ子供を
「そうだよ。いいか?どんな善人でも悪人でも、どんな物でも、何だっていい面と悪い面があるんだ。人の都合で転がされたサイコロみたいにさ」
私は目の前の彼から目も耳も離せない。
「振って転がって出た目が、誰かにとってはいい目でも、都合の悪い奴からしたら悪い目になる。誰だってそういう面を持ってる……でもな?そんな面を持ってるお前自身がそれを悪い目だと決めつけてほしくはないんだよ」
彼はいつものヘラっとした顔じゃなく、真剣な眼差しで私に微笑む。
「誰かに悪い面だと
彼の言葉は、私の凝り固まった世間体を優しく揉みほぐしていくみたいだった。
ゆっくり微笑む私を見て、彼は明るい声で言った。
「なにがあろうとも、俺だけはお前の味方だ。だから、お前は……なぁんにも気にしなくていい!」
「……そっか」
鬼王の言葉で私、今気づいたよ。
私……きっと私、本当はね。
誰かにそう言ってほしかったんだ。
彼の言葉に、心の底から、こんなにも安堵している私がいるんだもん。
あぁ、そうだ。
いつも、そうだったよね。
私の心をびっくりするほど動かして、でも、誰よりも私のことを考えて最後には心まで助けてくれるのは。
――いつも鬼王だったよね。
「ふふ、……ありがとう鬼王!」
彼には、年齢も、あるがままの自分も、何もかもバレちゃった。
だけど、ホッとしてるんだ。
だから、ホッとしてるんだ。
鬼王は、私のイケメンで最上級にいい男だからね。
ヒロインとか主人公とか関係ない。
取り繕う必要なんてない、ありのままの私を愛してくれる
今日、鬼王に話せて、鬼王に聞いてもらってよかった。
鬼王にバレてよかったよ。
ありがとう、鬼王……。
私の思いは、心の中だけじゃ留まらず、声に出して彼に伝えた。
私の声を聞いた彼は、本当に嬉しそうな表情で微笑った。
それから私たちはヤマトが戻ってくるまでとりとめもないけど、とても楽しい話をし続けていた。
こちらに向かってくる足音が遠くから聞こえてきて、ヤマトが来るとわかった。
鬼王もヤマトの足音に気づいたようで、立ち上がって伸びをしながら言った。
「あのさぁ、俺はお前について知らないことがあると気が狂いそうになるって言ったろ?それは、俺の性格だけども。でも、知識を知る、
襖を見ていた鬼王が振り向いて、私を見る。
私が聞いているとわかると、彼はそのまま言葉を続ける。
「知識は人を助けるからな。知識があれば、人は無謀なことをしなくなる。知らないで危ないことになるよりは、知っていて自分で選んだ方がいい。知っていて、無謀だとわかっていてやるなら、責任をもてるだろ?」
彼は私に一歩近づいて言った。
「お前がその責任をもってでも、したい無謀なことがあれば、俺が成し遂げてやるよ。俺が無謀じゃなくすればいいんだろ?だから、お前はやりたいようにやって生きたいように生きろ」
そして私の頭を優しく撫でて、見惚れるほど美しい笑みで言った。
「俺の隣で、な」
ヤマトの足音が近い。
2人だけの時間も、もう終わる。
先程の話し合いの答えを言い聞かせるように。
「これだけは知っとけよ。年齢も、その性格も、全部丸ごとお前なんだ。お前がお前である以上、俺はお前の全部を愛するんだ。お前が誇りたいお前も、お前が隠したいお前も、俺は全部知った上で、お前を好きって言うんだ……今以上に好きになることはあっても、これっぽちも嫌いになることはねぇから。安心しろよ」
彼の言葉が嬉しくて思わず、彼を抱きしめる。
驚きながらも鬼王も抱きしめ返してくれた。
そのタイミングで帰ってきたヤマトの笑顔が消えるまで。
ヤマトに烈火の如く怒られた私たちは正座させられたまま、まだこの部屋にいた。
許されたのは、部屋に西陽が射し込んだ頃。
夕陽に変わった太陽が、ヤマトの怒りを鎮め、私たちは帰路についた。
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