第16話 揺れる髪飾りは目立ってた

その後も宴の舞の練習を見てくれてたヤタカさんが徐ろに言った。

「さっきも思ったんだけど、その髪飾り、どうしたの?私が贈ったものじゃないし、綺麗な装飾だけど珍妙な形してるわね」

私の髪飾りをまじまじとみつめながら、少し眉を顰めて言う。

「あ、これは」

「御神姫の君の世界のもので、へああくせ……というそうですよ」

私が答える前に、聞き慣れた声が後ろからして、私の代わりにヤタカさんの問いに答えた。

私は振り返り、本来櫓まで登ってくるはずのない声の主の名を呼んだ。

「インベさん!インベさんも来てたんですか!」

逢えたことが嬉しくて駆け寄る私に優しく微笑んで彼は頷く。

「はい。宴も明後日に控えていますからね。御神姫の君がご無理などをしていないか確認にね?」

私がインベさんに言葉を返す前に、ヤタカさんが私を後ろに下げるようにインベさんの前に立つ。

「インベ、……この子の世界の物だかなんだか知らないけど。この……へあなんとかってやつ大丈夫なの?」

えぇぇ……なにかダメですか師匠……。

たしかにこれはインベさんから呪具認定されちゃってるやつですけど。

一応インベさんから100%厚意の許可はもらってるんですけど……。

っていうか、師匠って呪術系、得手でしたっけ?

そんな特殊能力あったんですか?

鬼の一門との戦の時、全然そんな様子なかったんですけど……いつの間に能力を会得してたんですか?

「こんな珍妙な飾りつけて舞って、この子がイジメられたりしない?」

……あぁ、そういうことですか、師匠。

珍妙な飾りってちょっと傷つきますよ、師匠。

私は大丈夫ですよ、師匠……なぜならね。

「珍妙なんて御神姫の君の世界の物を悪く言ってはいけませんよ、ヤタカ。……君が心配していることが彼女がイジメられないか、ということならば心配ないでしょう」

インベさんが溜息を吐きながら言う。

その様子にインベさんを睨みつけながら、ヤタカさんは苛立つように言い返した。

「どうしてよ!あたしの弟子はこんなに愛らしいのよ?それを嫉妬したどこかのバカが、この珍妙な飾りを皮切りにこの子をイジメてくるかもしれないじゃない!バカはこの子の世界の物なんて知らないんだから!!」

私を懐に抱えこむように、ヤタカさんはぎゅっと私を抱きしめる。

そんなヤタカさんをインベさんは、咎めるように眉を寄せながら、言葉を返す。

「ヒノモトの誰も御神姫の君の世界について明るくはないでしょう。……でもねヤタカ、いくら無知な者であったとしても、我が身の可愛さというものがある。虎の子供に手を出すバカはいませんよ……君の恐ろしさは千里を駆けているから大丈夫です」

「つまりどういうことよ!!」

ヤタカさんはインベさんの言葉の意味がまるでわからないと憤っているが私にはわかる。

私は思わずインベさんの言葉に大きく頷いていた。

ヤタカさんを怒らせてはいけない、これ、もはやヒノモトの常識になっている。

私がヤタカさんの弟子であることは、このヒノモトで知らない人はおそらく、いないだろう。

最近、ヒノモトに来た人でなければ。

そういう話題も聞かないし、大丈夫だろう。

このヒノモトに訪れるには、まず宮宛てに文を送る必要がある。

逆も同じで、ヒノモトの人間が何処かに滞在するにはまず相手の国に文を渡さなければならない。

そうでなければ、双方の国に失礼になる。

そして、文で何度かやり取りを重ねて話がまとまって初めてその地に足を踏み入れることができるそうだ。

まぁ、そのへんは私の世界の社会人なら当然の礼儀と同じかもしれない。

このヒノモトは海に囲まれているから、他国の人は舟で海を渡らなければならない。

航海は危険も伴うため、なかなか来訪してくる人は少ないそうだ。

そしてヒノモトを囲むその海は、監視と警護が厳しくついていると聞いた。

そして誰かが来れば宮の守り人に知らされる。

宮の守り人には、宮の貴族ももちろん、帝のホオリや御神姫の私も含まれる。

誰かがヒノモトに足を踏み入れる予定があれば私が知らないはずない。

そんな予定、ここ最近聞いてないし。

やっぱり、怒ったヤタカさんの恐しさを知らぬ者はこのヒノモトにはいないでしょう!

呆れたようにヤタカさんを見たインベさんは深くため息を吐いて言う。

「彼女がイジメられることはないから大丈夫ということです。もし、彼女になにかしようものなら、私と君でなんとかできるでしょう?」

インベさんの言葉に、ヤタカさんは腑に落ちたように頷いた。

「……まぁね。それもそうかしらね」

ヤタカさんが納得してくれたのを見てとると、インベさんがことさら明るい声音で言う。

「それにしても、へああくせは美しい飾りですが、たしかにヒノモトでは見かけない形をしていますよね」

「ヘアアクセって髪飾りのことなんです。この形ははハート型っていうんですよ」

私は髪から外さないまま、手で形を探って2人に説明した。

つるりと丸みを帯びた感触で、今触れているのがハート型の金属の中にしっかりと、はまっている赤いハート型の石部分だとわかる。

2人は私の説明を興味深そうに聞きながら、飾りを見ている。

「は……ぁと?……葉音ですか?木の葉の形に見えなくもないですけど」

インベさんが、真剣な瞳で髪飾りを見つめながら、おずおずとたずねてきた。

何でも涼しい顔で成し遂げるインベさんには珍しい表情で聞き慣れない言葉に苦戦している。

真面目に私の世界の言葉に向き合ってくれているインベさんの不安そうな表情が不謹慎にも可愛いと思ってしまう。

これがギャップ萌えというやつか!

私はインベさんの言葉に首を横に振って訂正する。

「これは、は・あ・と、という形なんです」

私の口の動きに合わせてインベさんも復唱する。

「はあと……ですか。それはどういった物なんですか?」

「あぁ、ハートっていうのは!」

元気いっぱいで答えようとした時、言葉に詰まる。

私の世界では当たり前のハート型って、どう説明したらいいの?

ハートって日本語で何だ?

心臓……って言ってもわからないだろうし、何より可愛くない。

命?……やっぱり可愛くないし、なんかニュアンスが重く伝わっちゃいそうだし。

可愛い言い方……で、ちゃんと想像がつきそうな、インベさんたちにもわかる言い方は。

「……あ!ハートっていうのはですね、愛ですね!恋心とか愛情とか愛を形にしたものなんです!」

結構いいんじゃない!?

私、めちゃめちゃ冴えちゃってるんじゃない!?

可愛い言い方だし、頭のいいインベさんなら理解してくれそうじゃない?

「なるほど、愛ですか。御神姫の君の世界はすごいですね」

理解してくれたっぽい?

私の世界がすごい……?

その言葉は有り難いが、今そんな言葉が出てくる内容だったっけ?

ん?大丈夫……だよね?

「ヒノモトでは愛や恋情を目でとらえることは出来ませんが……御神姫の君の世界では愛が見えるのですね」

大丈夫じゃないねぇ!?

なんかちょっと、だいぶ違う感じで伝わっちゃってない?

なんか私の世界の人がすごい能力持った人たちみたいになっちゃってない?

私の世界でも愛なんて見えないのよ。

「えぇと、愛が見えるわけではなくて。私の世界でも愛は見えないんです。形も量も重さも……わからなくて……」

なんか、言葉の限りを尽くして説明しようと思ったら、どこかの歌の歌詞にありそうなカッコイイ言葉が飛び出しちゃったよ。

私の言葉の続きを期待の眼差しで静かに待つインベさんを見て、更に言葉が詰まって出てこなくなる。

「えっと、ですね~……」

えぇぇ……どう説明したらいいのー?

「こら、インベ!あたしの弟子を困らせるんじゃないわよ!」

黙って私たちを見ていたヤタカさんが、インベさんを窘めるように言う。

「あ、すみません。困らせてしまいましたか……」

ヤタカさんの声で我に返ったように、インベさんから謝罪された。

「いえ!あの……すみません。上手く説明できなくて……」

あぁ、私からハートって言葉を出したのに、上手く伝えられない上にインベさんに謝らせてしまった。

不甲斐なさ過ぎて、顔をあげられないぃ……。

俯く私に、こともなげに笑ってヤタカさんが言う。

「気にすることないわ!あたしだって舞をあんたに教えるのに苦労したもの!自分ができていることや当然に知っていることほど教えるのは難儀よね」

「私も、陰陽術を一から説明しろと言われても難しい部分もありますしね。……よろしければ、また、御神姫の君の世界のこと、聞いてもいいですか?」

優しく微笑むインベさんに私は強く頷いた。

「懲りない男ねぇ……」

ヤタカさんが呆れるようにため息を吐いてインベさんを見てから、ふと何かに反応するように櫓の淵に近づく。

何も言わず、睨むような瞳で町並みを見下ろしているヤタカさんを私は何も言えずにみつめていた。

背筋がぞくりとしそうな鋭い目つきをするヤタカさんを見て動けなくなる。

めっちゃカッコイイんですけど!

いつも女性の柔らかい雰囲気から男らしい強い雰囲気になるの、めっちゃ好きぃ!

そうは思いつつも、何かを探すように乗り出すヤタカさんに内心ヒヤヒヤしていた。

まぁ、落ちるなんて、そんなヘマはしないだろうけど、ちょっと危なくない?

高所恐怖症じゃないけど、あれだけ乗り出したら流石に私も怖いぞ。

ハラハラとして心配そうにみる私の視線に気づいたのか、ヤタカさんはこちらを一度ちらりと見てから身を乗り出すのを止めた。

そして、私にゆっくりと近づき、頭を撫でて笑って言った。

「心配かけちゃったかしら。ごめんなさいね?」

そして、いつもの優しいお姉さんみたいな雰囲気に戻ったヤタカさんは私の手を優しく引いて櫓から降りるように促した。

「無理してもよくないわ。もう戻りましょう?」

私はヤタカさんに素直に従って櫓から降りていく。

先に降りたヤタカさんがどんな事を考えていたのかも、ヤタカさんと目を合わせたインベさんが何を思って頷いたのかも、私にはわからないまま。



太陽が夕陽に変わろうとするヒノモトの町並みの片隅で一人の男が呟いた。


「みつけた……ハナヨメ」


その呟きは誰の耳にも届かず、風にとけて消えた。




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