第15話 宴の準備は順調に進んでる!
宴で舞う衣装を身に着けながら、宴で舞う立ち位置についた。
私が宴で舞う
その眺めに、私が高所恐怖症だったら無理だろうなと考えつつ、その場で、くるりと少し回ってみた。
すると脳内で、今度舞う際に流れる楽器の音が響いて、その拍子に合わせながら軽く舞ってみる。
「きついとか、動きにくいとかないかしら?」
女性の口調のバリトンボイスで声をかけられて、振り返る。
そこには、背が高く形良い体躯をもった美人が、艶やかな着物に身を包んで立っていた。
その艶やかな着物は、一見は派手にすら感じる柄や色合いだったが、不思議なことに目の前の男性が着ると、その着物はとてもこの場に馴染んでいる。
私が着たら、こうはいかない。
着物に着られているようになるのは間違いない。
それどころか、こんな着物を着て外に出たりなんかしたら、どこを歩いていても場違いに思われるだろう。
おそらく彼でなければ着こなせないだろうと思う。
私はそんなことを一瞬だけ頭によぎらせつつ、その人の名を呼んで、駆け寄った。
「ヤタカさん!来てくれたんですか!」
「もちろん。私の可愛い
「そんなことはっ……ないですよ?」
「ふふふ、言葉が詰まったみたいだけど本当に大丈夫なのかしら?」
ヤタカさんは私に舞を教えてくれた舞の師匠。
女性のような喋り方だけど、れっきとした私のイケメンの一人。
鬼の一門との戦の時は、舞うように敵をなぎ倒していく強いお兄さん。
絶対怒らせちゃいけない人。
怒ったヤタカさんは、ある意味、
でも怒らせなければ、めっちゃ優しい面倒見のいい綺麗なお姉さんみたいなお兄さん。
私の大好きなイケメンだ。
彼は男舞はもちろんだけれど、女舞も得意とするヒノモト随一の舞手だ。
「転んではいないですけど……なにぶん久しぶりなもので」
「ひと月ぶりだものねぇ……仕方ないわよ」
――10年ぶりなんです。
体は10代に戻ってるんだけど、頭がアラサーなもんで動きが思い出せない。
なんとか思い出して動いても、体が勝手に動いてくれた時とはやっぱり違って、なんとも動きがぎこちないものになる。
せっかく久しぶりの宴で、今回は平和になったヒノモトでみんなの前で舞う。
やるからにはきちんとしたものにしておきたくて、何度も何度も練習を頑張っている。
――……頑張っているんだけど……なんかめっちゃ怖いんだよね。
一応、前に舞った感覚があって、体が勝手にその時のように動こうとするんだけど、なぜかアラサーの自分の脳がセーブをかけちゃう。
だって、そんな動き一般の大人には無理だぜ?
首の動きとか、腕の動かし方とか、肩周りの関節が外れそうで怖いんだよ。
絶対に筋とか違えそうで、めっちゃ怖ぇのよ。
でも、もう宴まで時間はない。
だからビビる
そんな私の悩みなど知る由もないヤタカさんが、ニコリと美しく微笑んで言う。
「そうね、あたしが見てあげるよ。舞ってごらん」
「ぐぇ!?……いやぁ……それは……ちょっとぉ」
いやいや、まだ絶対見せれないよ。
あんなミミズが這ってるような、ご飯を喉に詰まらせて苦しんでるみたいな、へなへなの舞なんて。
絶対ヤタカさんに怒られる。
どこに頭の中身を置いてきたんだ、このスットコドッコイ!ってキレられる。
最強(最凶)のお兄さんが降臨しちゃう!
私はどうにか回避しようと、止まらない冷や汗を隠しながら、ヤタカさんに微笑む。
「いやぁ、恥ずかしいですし。もう少し形になってから見せたいなぁ」
「形にするために見るんだよ、早く舞ってみな」
詰んだ。
あぁ、終わったわ。
私の異世界生活はここまで、今までご愛顧ありがとうございました!だわ。
私は足取り重く、舞の立ち位置に立つ。
もうどうしようもない。
あぁ、閻魔様の前に立つ人間って、もしかしたらこんな心地なのかもしれない。
ヤタカさんの合図で、舞の拍子がとられる。
そう遠くない場所でお
みんな……今までありがとう。
私はもう、腹をくくるしかないようだよ。
舞の始まりを告げる一音が聞こえて、私の体は動き出す。
もう、ほぼ無意識。
体が覚えているままに勝手に動いている。
舞のことなど一切考えられなかった。
ただ頭の中にあったのは、ヒノモトでのみんなとの出逢いと別れ、そして再会と何気ない日々の会話。
私は心でまるで遺言でも残すかのように、みんなの笑顔を思い返し、今までの楽しかった記憶が溢れ出す。
それは往生際が良すぎる私の脳が、先走ってみせた走馬灯だったのかもしれない。
「そこまで!」
ヤタカさんの声と、パンっと彼が手を鳴らした音に従って、奏者の楽の音と私の動きが同時に止まる。
そして、しばしの静寂の後、ヤタカさんがこちらに向かってくる。
――キットクルーーー!!
脳内では、いつか見たホラー映画のシーンがいくつも流れては、とめどなくリフレインしていた。
それのどれもが、主人公がめちゃめちゃヤバいおばけに
何でだっ!?
せめて最後くらいはさぁ、めちゃめちゃ楽しい事を思いながら逝きたいよ!!
いや、まだ生きていたいよ!!
ちょっと前まで、何もやることないから異世界生活満喫してたんだよ?
ほんの数日前には
――頑張った私へのご褒美じゃん?
とか
――ただのイケメンパラダイスだよね!
とか言って、ハッピーパラダイスを謳歌してたんだよ?
こんな急転直下、天国から地獄な状況なんてある?
ヤタカさんが私の前に立つ。
あばばばばばばばば……。
「うん、上手くできてたじゃない!」
え?
「ひと月ぶりなんて感じさせない舞だったわ!あれで恥ずかしいなんて、志高く持ちすぎよ?」
ヤタカさんが困ったように微笑んで、優しく私の頭を撫でる。
いや、10年ぶりなんですけど……じゃなくて!
私、どう動いてた?
どんなふうに舞ってた?
……ダメだ、思い出せない。
どれだけ思い返してみても、現実逃避でオートで流れてた走馬灯の記憶しかない。
あ、もしかして……現実逃避の走馬灯に必死で無心だったから、体が覚えてるまま舞えてたから?
最強(最凶)のお兄さんが降臨する恐怖のあまり、アラサーの私の脳がフリーズして、セーブをかけに飛び出してこなかったのか。
――恐怖というものは……それ以上に強い恐怖の前では無力になるんだな。
まぁ、関節が外れる恐怖なんて、生きるか死ぬかのデッドオアアライブの前では些末なものだよね……。
私は半ば達観した心地で、舞台の床をみつめていた。
ヤタカさんが俯く私に視線を合わせてくれながら、まるで子供をあやすような優しい声で言う。
「頑張るのはあんたの美徳だけどね、無理はダメなのよ?わかった?」
「はーい!!」
優しい師匠の声に私は元気いっぱいに返事をした。
後でもう一度ひとりで練習してみよう。
1回上手くできたわけだし、ヤタカさんにキレられる恐怖があると知った今なら、ビビリのアラサーが飛び出してくることもそうそうないでしょ。
だいぶ
もう明後日に控えた宴の準備は、順調に進んでいる。
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