第14話 私が買った髪飾りが呪具ってマジですか?
「これ……少し、何か気を感じますね……」
陰陽師のインベさんが、彼の手の中にある物を訝しそうに見ながら言った。
気というのは、陰陽師さんがよく使う言葉だ。
私にはよくわからないけど、不思議な力とか、幽霊や魂とか、妖怪やら残留思念やら、とにかく不可思議なものは全部だいたい“気”って言われる。
「えっ?……でも、これ私の世界で買った、ただのヘアアクセですよ?」
彼に、少し見せてほしい、と言われて髪から外した飾りをみつめて、そうたずねた。
「へあ……あくせ?」
聞き慣れない響きにキョトンとするインベさんに私は慌てて言い直す。
「あっ、髪飾り!すみません、髪飾りのことです」
「なるほど。御神姫の君。貴女の世界では髪飾りをそういう名で呼ぶのですね」
インベさんは柔らかく微笑んでから、また難しい顔で髪飾りをみつめた。
「うーん……御神姫の君。わかりやすく言いますとこの髪飾りはなにかの呪具に感じます」
「呪具!?」
そいつは穏やかじゃないな。
でも普通のお店で買ったただの髪飾りだよ!?
私は信じられないと思いながらも、インベさんがそんな嘘をつくとも思えない。
それに私もこの髪飾りに、少しの不思議さは感じていた。
だってキラに鏡を向けられて自身の姿を見た時。
見た目も服装も、髪の長さまで全部、以前ヒノモトにいた時の姿に戻っていた私。
それなのに、思えばこの髪飾りだけはなくならず、きちんと髪に留まっていたのだから。
これを見た時、私は思った。
まぁまぁの値段した飾り、あってよかったぁ!
けど後から、全然気にしてなかったけど、これだけ何であるのかなぁ?とは思っていた。
まさか呪具だとは思いもしなかったけど。
やべぇ……よりにもよって呪具かぁ。
インベさんの手の中に収まる髪飾りを見ながら、恐る恐る彼にたずねる。
「それ、私が持ってちゃ……だめな代物ですか?」
返答によっては飾りの没収は大いにある。
私の世界とは違い、ヒノモトには陰陽師がいて、呪術や呪いというものが当たり前に横行している。
前に来た時も、私が望まずとも、そういうものに巻き込まれ、そういうものとは多く関わってきた。
その度に、凄腕陰陽師であるインベさんに助力を仰ぎ対処してもらってきた。
だからインベさんが、だめですね!と言ったらその判断に従うしか無いと思う。
すごく惜しいし、もったいないけど。
正直、呪術などの知識に関しては、違う世界出身の私はもちろんだけど、このヒノモトに暮らす人でも基本的には明るくない。
だからこそ呪術関連は、ほぼほぼ陰陽師に頼るしか無い。
これ、ヒノモトの常識。
たとえば呪術、呪いなど何かあった場合、私のイケメンの中ではインベさんが一番に得手。
その次にたぶん、ヤマトとシンジさんかなぁ。
書物とか調べて、どうにか対処はしてくれそう。
鬼王とか鬼の一門たちは妖力とかは使うけど、気や呪術、呪具とは、また別ものだろう。
私が御神姫で妖力とかは打ち消すことができても、呪術には全く対応できないのと一緒で。
鬼王は何でもできるけど、たぶん数式とかまる無視で正解してる数学のテストみたいな(つまりルール全部無視して捻じ曲げた結果、なんか無理矢理解決しちゃってる)穏便でない解決法だろうし。
ラスはまだしも、ルインは何事も力で解決しちゃいそうだし。
キラに関しては、妖力使ってるところを一切見たことが無い。
たぶんクサナギさんとキラは、私と同じで、書物見ても呪術のことなんて全っ然わからないと思う。
2人ともすごく強い頼りになる人達なんだけどね。
まぁ、誰にでも得手不得手はあるものだし。
呪術のことに関しては私が最初にインベさんに頼っちゃうから、2人のところに行かないからな。
どうしよう、クサナギさんたちがめちゃめちゃ得手だったら……想像もつかないけど。
そんな事を思いながら、インベさんの返答を待つ。
インベさんは、何度か私の顔と髪飾りを見やってから、ゆっくりと優しい声で私に問う。
「……これは御神姫の君にとって、何か思い入れのある髪飾りなんでしょうか?」
インベさんに優しく、けれどまっすぐにみつめられた私は思わず目をそらしてしまった。
別に悪いことしてるわけでも、考えているわけでもない。
なのに、何故かインベさんの瞳を見ることができない。
だってなんか、図星を指されたような、心のど真ん中を射抜かれた気がしたから……。
「あの、これは私の世界で自分で買っただけの、何の変哲もない、ただの飾りなんです!私の世界で呪具なんてそうそうない!……はずだし」
この髪飾りを手放したくない一心で、思いつく限りの言葉を駆使して一生懸命インベさんの問に答えようとした。
でも何故だろう。
嘘をつくつもりなんて一切ないのに、なんだか歯切れが悪く、たどたどしくなってしまう。
嘘や言い訳に聞こえてしまいそうで、慌てて立て直そうとした。
けれど、何故か立て直そうとすればするほど、どんどん不自然なものになっていく気がする。
私はただ、この髪飾りをずっと持っていたい。
そう思っているだけなのに……。
この髪飾りに思い入れがあるかと聞かれれば、返答に詰まる所がある。
この髪飾りと出逢ったのは、つい先日のことだし。
特別な思い出があるかと言われれば答えづらい。
けれど、この髪飾りを手放したくないかと聞かれれば即答でイエスだ。
この髪飾りには何か運命めいたものを感じる。
だって、この飾りをつけた瞬間に……このヒノモトのことを思い出せたんだもん。
そして、この髪飾りが揺れて音がした瞬間に……このヒノモトに帰ってこれたんだから。
……それに結構、いいお値段したんだよぉ……。
買えないほどは高すぎやしなかったけど、そこそこ本当に、いいお値段で購入してるんだよ。
これが呪具なんて信じられないよ……。
絶対もったいないおばけ出ちゃうって……。
だって、なんでかめちゃめちゃ気に入っちゃって結構、勇気出して買ったのよ。
高すぎないけど、アクセサリーに普段かける金額じゃなかったのよ……。
それが無情にも没収なんて耐えられねぇのよ。
どうにか平和的に手元に置いておきたい。
っていうか、何でよりにもよってこの飾りが呪具になっちゃったかなぁ……。
とりあえず、もう、私の素直な気持ちをインベさんに伝えよう。
もうそれしかない、なるようにしかならない。
未だ諦めきれない私を抑えつつ、私は彼の問いにしっかりと答えた。
「……インベさん。私……この飾りのおかげで帰ってこれたと思ってるんです。もちろん、みんなが一月頑張ってくれたおかげだってわかってるんです!でも、私はこの髪飾りをつけた瞬間帰ってこれたと思ってるんです。……理由とか仕組みとかは全然わからないし……漠然となんですけど」
私はそらしていた目を、まっすぐインベさんに向けて言った。
「私は、これからもこの髪飾りを……大事に持っていたい……持ってなきゃいけないと思うんです」
そう言い切った私を、インベさんはただ静かにみつめていた。
ほんの少し沈黙が流れてから、インベさんが小さく吐いたため息が静寂を破る。
「そうですか……。確かに何か強い気は感じます。それは私の知る気のどれにも属してはいません。ですが……悪しき気というわけじゃなさそうです。むしろ神気にも近い……。そんな気が感じられます」
彼は、もう一度だけ、手の中にある髪飾りを探るように、悩むように目を細めて見てから、こちらに優しく微笑んだ。
「私が扱う陰陽術とは全く異なる気ですが……持っていても、身につけても、おそらくは問題はないでしょう」
その言葉を待ってました!と心の中で飛び跳ねる。
待ち望んでいた言葉を聞いて晴れやかな顔で私はインベさんにお礼を言った。
そして、彼から髪飾りを受け取る。
その時ふと思いついた、この髪飾りの着け所を言葉にした。
「ねぇ、インベさん!神気感じるなんてめちゃめちゃ縁起良さそうですよね?できたら今度の宴、これつけて舞おうかなぁ!」
インベさんのお墨付きをもらった髪飾り、どうせならみんなが見に来てくれるお祭りのような宴につけて行きたい。
その時に舞う衣装にこの髪飾りを加えてもいいか、インベさんにそれとなく聞いてみる。
「それは素敵な舞になるでしょうね。楽しみです」
そう言って、彼は柔和な笑みで肯定してくれた。
でもその時、私には聞こえてしまったんだ。
何も考えずに喜ぶ私を、横目で優しくみつめながら彼が発した言葉を私の耳は聞き逃しはしなかった。
「まぁ……たとえ何か問題があったとしても、その時には私が対処しますからね」
柔和な笑みのままの彼から放たれた、冷たく静かな呟きを。
インベさん……やっぱり私に気を使ってこの飾り見逃してくれたんだな。
その小さな呟きから、彼の優しさを知ることができた。
私は心の中でもう一度彼に感謝する。
ありがとうございます、インベさん……!
申し訳なく思いながらも、彼の優しさに甘えた私はその呟きのことは聞こえなかったふりをした。
インベさんは、私の心の中を知ってか知らずか、優しく微笑んで、そのまま何事もなかったように話題を変えてくれた。
そしてその後、私たちは、もう間近に控えた宴について、ひとしきり話しあっていた。
ふと、インベさんが興味深そうに私の頭につけられた髪飾りをみつめて笑ってたずねてきた。
「ねぇ、御神姫の君?貴女の世界の髪飾り、へああくせ……でしたっけ。それは皆、一様に呪具と言いますか、何かしら気が混ざっているものなのでしょうか?」
私の世界で、気やら呪具やらって言う言葉は日常生活ではあんまり聞いたこと無いなぁ。
物、たとえば人形にも魂が宿る、って話は怪談とかではあるけど……それも実際に目の当たりにしたわけじゃない。
「いやぁ、そんな話聞いたことないです。少なくとも私の周りではないですね。絶対ないとは言えないけど……たぶん、ないんじゃないかなぁ?」
私はそう答えて、この髪飾りを手に入れたときのことを思い返していた。
初めて入ったお店だったけど、リサイクルショップって感じはしなかったし……新品で呪具なんて、そんな不穏なことは、そうそうはないと思う。
あったら困るよね。
それにしてもさ、中古品でもない、ただの新品の髪飾りが呪具だったなんて、私の世界の売り物事情どうなっちゃってんの?
もう!おちおち、安心して買い物もできやしない!
私が心の中で私の世界のショッピング事情を憂いている間も、インベさんはじっと飾りを見ていた。
私は彼の視線をたどるように、自分からは見ることができない髪飾りに目を向けてみる。
何の変哲もないその飾りはいつもと変わらず、ただ風に揺られて、しゃらしゃらと音を鳴らしていた。
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