第13話 答え:ストライクゾーンが広がっただけでした!


御上おかみ御神姫様みこひめさまがいらっしゃいました。御前ごぜんにおとおししてもよろしいでしょうか?」


 シンジさんが、御簾みすの奥に鎮座ちんざする帝に、うやうやしく声をかける。

 シンジさんの声に、御簾に揺れる影がコクリと肯定した動きを見せたところで、私は部屋に通された。

 私が前に進み出て、一定の距離の位置で、いつものように腰を下ろす。

 私がきちんと姿勢を正したところで、帝に威厳いげんのある朗々ろうろうとした声で話しかけられる。


「少し待たせてしまっただろうか。申し訳ない。あなたは息災そくさいで過ごせているだろうか」


 私が肯定の言葉と同時に大きく頷くと、御簾の影が満足そうに揺れる。


「今日は急に呼び立ててしまって、あなたに足労そくろうをかけてしまったこと、すまないと思っている。ただ、少々、先の宴について話しておきたくてな」


 私は頷きながら、こちらからは見えない御簾向こうに隠された帝の顔に向かって微笑む。

 その時、御簾の奥から身動みじろぎをする音と、穏やかに揺れる影が見えた。

 見えないけどわかる。

 たぶん、帝の表情が少し綻んでいること。

 晴れやかに引き上げられた口元。

 このヒノモトをべる帝としての重圧から垣間見える、年相応の少年のあどけない微笑み。

 今、絶対めっちゃ可愛い顔してる。

 あぁ、早くその愛らしい天使の顔をおがみたい。

 天使の微笑みに浄化されてしまいたい。

 今、私は顔に穏やかな笑顔を貼り付けて、お祭り騒ぎしそうな感情を抑えている。

 ほんの少し無言の時間が流れて、帝が立て直すようにシンジさんとクサナギさんに軽く声をかける。


「それでは、少々、彼女と話す。そなたらは人払ひとばらいを頼む」


 帝の言葉に、シンジさんたちは一瞬だけ困った顔を見せた。

 それはまるで、何でも自分でやりたがる年頃の幼子を見る、困り顔の親の眼差しだった。

 けれど、シンジさんが小さくため息を吐いてから


「御上の仰せのままに」


 と言って、クサナギさんとヤマトを連れて、その場を後にした。

 後にしたと言っても、3人とも、話してる内容が聞こえにくい程度の、ここからそんなに離れていない場所にいるんだけれど。

 私が、みんなが離れたことを襖の隙間から確認してから、御簾の向こうに頷いて伝える。

 私の頷きをきちんと見届けてから、帝が一息ついたように御簾から愛らしい声と顔をのぞかせる。


「ふぅ、やっと普通に話せるよ!」


 そこにいたのは、帝としての彼とは打って変わった、あどけなさを多く残した少年だ。


「再会できた日に帝として会話したっきりで。ずっと、ちゃんと言いたい言葉があったんだ!」


 彼は愛らしく微笑んで私のもとへ飛び込んでくる。


「おかえり!姉様!!」


 愛しさ爆発して、鼻血吹くかと思った。

 可愛すぎだろ!

 天使なの?

 君は天使なのかい?

 注:帝とは天子てんしといわれています。

 前に来た時は少し年下の男の子って感じで、普通にお姉ちゃんをできてたんだけど何故だろう。

 アラサーになった今の私にとっては、この若さが眩しくて愛おしい。

 やっぱり、人間とは自分にないものを求めてしまうのか。

 若い時は大人の男性、一択いったくだったけど、歳を重ねるごとに、後輩キャラとか弟キャラとかに、どんどん食いついてくようになったもんな。

 やべぇ、相手は15歳の少年だぞ。

 かたやアラサーだぞ?

 もうこれは捕まる案件だろ。

 一瞬だけ目の前が暗くなりそうになったところで、キュルンと上目遣いでこちらを見る天使が目に入って、眩しくて、もう一面真っ白。

 真っ白ついでに一度、頭の中も真っ白にして、考えることを放棄することにした。

 私を姉としたってくれる少年に、ドン引きされないように、私は大人の微笑みでこたえる。

 なるべく、以前と変わらないように。


「ただいま!なかなか会えないから心配してたんだよ!最近はどう?無理しすぎてない?」


 私がそうたずねると、天使は頬をプクリと膨らませて拗ねたように言う。

 ハイ!かわいい!!


「無理っていうわけじゃないけどさぁ……すっごく寂しかったよ!せっかく、またヒノモトに帰ってきてくれたのに、全然会えなくて……」


 むぅ……っと可愛く、小さく唸るように口をとがらせる。

 ハイ!!天使の表情いただきました!!


「シンジやヤマトたちがズルイって思っちゃう!鬼王きおうたちだって、普通に姉様に会えてるのにさぁ!!みんな、いじわるだよ!」


 プンスコしてる天使、カワユイ(カワイイの最上位の言い方)尊い……。

 一瞬どこかにされてしまいそうになったのを必死に堪えて、拗ねる彼に、宥めるように言葉をかける。

 ちゃんと話は聞いてるからね!

 脳内の相槌あいづちが、ちょっと弾けた合いの手になってしまっているだけで……。


「みんな心配しちゃうんだよね。帝が大事だから。いじわるをしてるわけじゃないのは、わかってるでしょう?」


 彼はむぅっとしたまま、小さく頷く。

 みんなの気持ちもわかるからこそ、ままならなさに苛立つし、もどかしいんだろうな。

 そんなところも、若々しくてカワイイわぁ……。

 ほんの少し黙り込んだ彼の頭を撫でながら、言葉を続けた。


「本当は鬼王もそうそう会えないはずだと思うんだけど、鬼王はワガママだからね。今日も腹心の部下であるはずのルインに怒られて、危うく頭を潰されかけてたし……」


「頭を!?死んでしまわないの!?」


「たぶん、さすがに鬼王でも頭をぐしゃりとされたら死んじゃうと思うんだけどねぇ。怒られても全然反省してなかったよ」


「あらぁ……」


 そう一言漏らして、私の天使は絶句してしまった。

 まだ幼い彼には刺激が強すぎる内容だったかもしれない。

 これはR18の案件だったかな?

 私は空気を変えるように明るく彼に言った。


「まぁ、帝は鬼王と違っていい子だし!シンジさんたちは怒ってもそんなことはしないだろうし!心配はないだろうけど!帝は鬼王みたいになっちゃだめだよ!」


 私は天使が怖がってしまったかもと思い、思いつく限りの言葉で明るく帝に話しかけた。

 鬼王が聞いていたら、ひどい言われようだなぁってボヤかれそうだけど。

 すると、天使のような彼はじっとこちらを見つめて拗ねるように言う。


「ねぇ、姉様までボクを帝って呼ばないでよ……」


 こちらを責めるように、じっとみつめている彼を見て胸が天使の矢で射抜かれる。


「ごめんね、帝って呼んでた?何も考えずに話しちゃってた……」


 私がそう言うと、彼は少し大人びて見える困ったような微笑みで、仕方ないなぁ……と言った。

 その後すぐに、無邪気に明るく笑う。


「ボクの名前を呼んで?いつもみたいにさ!ね?姉様!」


 彼は顔を近づけて、ねだるように微笑む。

 至近距離で天使の微笑みを見て、目が焼けるようだった。

 腰は砕けた。

 イケメンは正義だけど、かわいいは罪だと思った。

 私はどうにかこうにか、ヒロインモードを立て直して一つ小さく咳払いをして彼に向かって微笑む。


「会えて嬉しいよ!……私の可愛いホオリ!」


 私にくっついているホオリをぎゅっと抱きしめた。


「ごめんね?ホオリのことを帝って呼んでるつもりはなかったの!ただ漠然ばくぜんと、帝っていう立場のことで言っちゃってた!」


「えへへ、わかってるよ!でも、ボクが姉様にちゃんと名前を呼んでほしかったの!ごめんね?」


 何?この母性愛爆発させる生物は……!!

 天使なの?小悪魔なの??

 注:天子です。

 アラサーの私からしたら、未成年との恋なんて禁断以外の何物でもないのに。

 別に自分をショタコンだと思ったこともないのに。

 ここにきて新しい扉開いちゃってるじゃん。

 その扉の先は茨の道だぞ、自分!!

 あれ?ちょっと待って?

 確かにアラサーの私と未成年の15歳の彼とでは禁断の恋になっちゃうけど……。

 私、今17歳じゃん?

 確か、高校の時にヒノモトへ来て、ここで過ごした時間が年齢に加算されていたとしてもまだ全然10代だよね。

 だって、私若返ってたもん。

 じゃぁ、コンプライアンス的には問題ないよね?

 まぁ、そもそもこのヒノモトにコンプライアンスなんて言葉も存在してないけど。

 15歳と17歳の恋愛ならアオハルってだけだよね?

 よかったぁ~!全然問題ないじゃん!

 ってことは、シンジさんたちはアラサーの私にとっては同世代で前に来たときよりもアリになったし、ホオリは見た目の17歳の私と同世代で何の問題もないって分かったし。

 ホオリのことも、前に来たときよりもキュンキュンするし、腰はまだ砕けてるし。

 これはアレだ。

 一粒で2度美味しいってやつだ。

 リスクになりそうな問題は全部潰したわ。

 ローリスク・ハイリターンのパターンだ。

 今はなんのデメリットもなく、ただストライクゾーンが広がっただけですね。

 私が心でガッツポーズを高々に掲げた姿はさながら、どこかの少年漫画の名シーンだ。

 生涯しょうがい一片いっぺんし!!(私の場合は別に漫画みたいに秘孔ひこうは突かないし、これからもめっちゃ生きて、ハッピーライフをエンジョイする所存しょぞん


「姉様?どうしたの?」


 ホオリに心配そうに声をかけられて、私は首を横に振って笑って言った。


「これからもっとホオリと仲良くしたいなって思っただけ!!」


 なんの問題もなくなったもんで。

 ホオリは私の言葉に一瞬、目を瞠ってから、本当に嬉しそうに笑ってくれた。


「うん!!もっと仲良くなって、ずっと一緒にいようね!大好きだよ!姉様!!」


 その後、私たちはシンジさんが声をかけてくるまで2人だけの時間を楽しく過ごした。

 そう……。

 シンジさんに、宴の話はどうしたんですか?っと聞かれるまで。


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