第12話 ストライクゾーンが広がったのかな?
ヤマトがクサナギさんの分のお茶を淹れてくれて、またゆっくりとした時間を過ごしていた。
シンジさんとクサナギさんが積極的に会話をすることはないが、私の話を2人は丁寧に聞いてくれて。
ヤマトが途切れそうな会話を繋いでくれて、そのうち何も気負うことなく自然に話が続いていった。
たまに会話に混ざる犬猿の仲の2人の小さな言い合いもご
前と変わらない空気感に、ホッとする。
ホッとしたはずなのに、何故か胸がきゅっと、しめつけられた。
「シンジさんとクサナギさんが2人でこうやって話をしているのを見るのは久しぶりで。なんだか懐かしくて……また2人のそばに私がいるんだなって実感したっていうか……」
何気ない会話の中で、ふいに胸に落ちた感傷的な感情に、思考を邪魔をされながらも言葉を探し紡ぐ。
「私がこのヒノモトに帰ってこれたんだなって。みんなとまた過ごせるんだなって思って。……私、すごく嬉しいんです!」
自分でも理由も、名前もわからない感情を振り切るように、少し
ヤマトとシンジさんは少しこちらを気にかけるようにみつめたが、クサナギさんはカラッと明るい声で笑って頷いた。
「俺も嬉しいぜ!なにしろ一ヶ月ぶりだもんな?」
そう一言、笑って言ってから、一度、少しだけ目を
それはいつもと変わらない、カラッとしたクサナギさんの笑顔だったけど、気のせいだろうか。
少し影を帯びたように見えるのは。
クサナギさんはお茶を一口飲み下してから、立ち上がった。
立ち上がったクサナギさんを目で追いながら、手元の陰陽術で作られた時計をを見る。
あぁ、もうすぐ謁見の時間だと、私も立ち上がろうと机の端に手をついた。
その時、クサナギさんが過去を思い返すように言葉を紡ぐ。
別に、立ち上がるなと言われたわけでもないのに、私は思わず、
「あの宴の日に
そう言って、クサナギさんが私の隣に立ち、手を差し伸べてくれた。
私がその手を取ると、ぐいっと力強く引っ張られてその勢いで立ち上がった私はクサナギさんに抱きとめられる。
そしてそのまま、ぎゅっと少し苦しくなるほど強い力で抱きしめられた。
「だから!!御神姫にまた逢えて、俺は最高に嬉しいぞぉっ!!」
まるで飼い主の帰りを待ちわびた大型犬みたい。
のしかかるみたいに力いっぱい抱きしめるクサナギさんを、私は抱きしめ返す。
その時、私の肩に乗る彼の顔は私には見えなくて。
クサナギさんがどんな表情でいるのかは、全くわからなかった。
でも今、こんなにも泣きそうになりながら笑っている私と、きっと変わらない顔しているんだろうなと思った。
「ちょっとっ!!こら!クサナギ!!いい加減離れなさい!!御神姫様が潰れてしまうでしょう!このバカ者!」
シンジさんがクサナギさんから私を引き剥がして、少し乱れた髪を撫でて直してくれた。
「誰が馬鹿だっ!!」
「お前ですっ!この場にお前以外の誰がいると言うんです!?」
また、言い争いを始めた2人をヤマトは困ったように見つめるだけで、止めようとはしなかった。
ただ、私の少しよれた
胸元だから少し照れたけど、ヤマトだからいつものことかと気にしないことにした。
私のイケメンだしね。
これが全然無関係の人間だったら、変態野郎と罵倒しながらフルボッコにしてるけど。
戦で鍛えた体術と、護身用に身につけた剣術が火を吹くぜ。
私の場合、一応、
その方が小回りがききやすいし、長刀ほどは重くないので、女性の私でも扱いやすい。
まぁ、今は平和になってるし、だいたいは私が動く前にみんなが守ってくれるから、そうそう使う場面があるわけじゃないんだけどね。
今は全然必要ないかもしれないけど、念のため持っている。
ヤマトが正してくれた襟元を
この小刀は、ヤマトとクサナギさんがくれたものだった。
まだ戦の
私に小刀をくれた時。
“いつでも私たちがお傍で守りますが、もし何かあった時のために”
そう言って、ヤマトは小刀の鞘に額を当てて誓いを立てた。
“もし、お前の誇りと尊厳を傷つけられ、どうしようもなくなったお前を俺が守りきれなかった時のために”
そう言って、誓いを立てたクサナギさんは小刀の刀身に
あの時の私には、クサナギさんの言葉の意味がきちんとはわかっていなかったと思う。
今なら戦の中、クサナギさんはいろんな心配をしてくれたんだとわかる。
それだけ
私の誇りと
力強さではヤマトよりも上だったかもしれない。
それもあってか、実は昔の私はクサナギさんがちょっと怖かった。
背もガタイも大きくて、筋肉がしっかりとついた感じが、細マッチョ派だった当時の私にはどうにもハマらなくて。
けれど今は、この大きくて、きちんと筋肉がついている力強い感じがめっちゃ好き。
包容力があって、頼りになるし。
あと、考えてることがわかりやすいところもめっちゃいい。
昔は少しミステリアスというか、何考えてるかわからない人のほうがタイプだったけど、今はたぶんそういう人だと疲れちゃう。
まぁ、もうすでに仲良くなってる私のイケメンなら、全然ミステリアスもアリだし、もしかしたら目の前に現れたら、全然アリ!ってなる可能性はすっごいあるけど。
でも、今の私にはクサナギさんがめちゃめちゃタイプど真ん中なんだよね。
これも、アラサーになって好みや考え方が変わったおかげかな。
「すみません、御神姫様。この大馬鹿者のせいで落ち着きませんでしょう?お茶はまた
そう言ってため息を吐いたシンジさんは、ゆっくりと私に手を差し伸べてくれる。
「俺も行くぜ!こぉんな、ひょろっこい奴じゃ御神姫のことを守りきれねぇだろうからな!」
ずいっとシンジさんの手より私の近くに手を差し伸べたクサナギさんは、シンジさんを睨みながらそう言った。
プツンッと何かが切れる音が、シンジさんの方から聞こえた気がした。
「おまえほど馬鹿みたいに力だけを
シンジさんは鼻で笑うように、クサナギさんに向かって吐き捨てる。
カチンッと今度は何か固い物どうしがぶつかる音が、クサナギさんの方から聞こえてきた気がする。
「はっ!!負け犬がほざいてらぁ!!」
「おまえのことですか?」
「ぁあ?いい度胸だ!この後、てめぇと俺、どっちが強いか力比べしようじゃねぇか!!」
「かまいませんけど、あとで泣きを見るのはそちらですよ」
睨み合い、いがみ合うシンジさんとクサナギさん。
「御二方……」
呆れるように2人を見るヤマト。
「えっと……謁見、早く行かないとじゃない?」
口を開く間がなかなか与えられず、ようやく言えた私の言葉に2人は激しく同意した。
「そうしましょう!脳まで筋肉さんなんぞ放っておいて!」
「そうだな!ひょっろこもやしくんは置いていこうぜ!」
二人の言葉が重なって、また睨み合いをする2人。
「御二方ってば……もう……御神姫行きましょう」
完全に呆れ返るヤマトに促され、私たちは部屋を後にした。
そっぽを向いたまま私の後ろを歩いてくれるシンジさんとクサナギさんを見つめて思う。
本当は、ほんっとうにすっごく気が合う2人なんだよなって。
でもその言葉は思うだけで、口にしないことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます