第9話 難しくても、複雑でも、楽しく笑っていたいから

 以前と変わらず、イケメンたちが私を取り合う楽しいイベントを一通り見てから、先程の男性にたずねてみた。


「それで、これは何の騒ぎなんですか?」


「あはは、お嬢さんにはわからないよなぁ。これは酒飲み対決をしてんのさ!」


 酒飲み対決……。

 その言葉を聞いて私は、ちらりと鬼王きおうを見る。

 私の視線に気づいた鬼王は肩をすくめてみせた。

 鬼王は酒豪だ。

 和議が成功した時にもよおされた祝盃しゅくはいの宴でも、彼はいくつものたるを空にしていたが一切酔う素振りさえなかった。

 それこそ、ほろ酔い姿さえ見たことないくらいだ。


勝確かちかくじゃない?」


「いいだろ?俺は酒を飲めて嬉しい、こいつらは鬼の一門に勝てるかもしれない勝負を楽しんでる」


 聞けば、もとはここで酒飲み対決をしている人たちは、鬼の一門のことを快く思っていなかったそうだ。

 勝負を挑んできたので酒飲み対決で勝てたら、その勝負を受けてやると鬼王は提案したらしい。


「ただいま絶賛ぜっさん、条件と酒を呑んでやってるところだ」


 どこか懐かしむような、誰かを悼むような、過去と割り切るような複雑な感情の瞳で微笑む。

 それから一度目を瞑ってから、こちらにニカッと笑いかける。


「平和的な対決だろ?流れるのは酒だけ。血は一切流れない」


 鬼の一門の長を務める鬼王。

 彼も、かの戦で何人もの同胞を失った、と以前聞いたことがある。

 たくさん傷ついて傷つけられて、だから誰かを傷つけて戦はどんどん苛烈さを増したのだと。

 あの時、そう言った彼はひどく傷ついた表情で皮肉交じりに嘲笑わらっていた。

 そんな彼が困ったように、でも優しくとても楽しそうに笑うから、私もつられて微笑んだ。

 あぁ、このヒノモトは本当に平和になったんだな。

 誰かの苦しみと痛みと強さの上で作られた平和は、誰かの優しさと諦めと賢さで強く続けられていく。

 先程の男性に声をかけられた鬼王は大きな器に波々とそそがれた酒を一気にあおる。

 鬼王の前に座っていた対戦相手は、すでに顔が酒のせいで真っ赤になっていた。

 そして鬼王の平然としている姿を見ると目を丸くしたあと、苦笑混じりに白旗を上げた。

 わっと歓声が上がる。

 周囲の人達は野次とも、声援ともとれる言葉を両者に口々に浴びせた。

 そしてまた一人、鬼王に挑む男性が座る。

 平和な酒飲み対決はまだまだ続きそうだ。

 酒飲み対決に戻った鬼王とキラたちをそこに残して、私はヤマトとまた歩き出した。


 ヒノモトを歩いていると、ここに暮らす人達の声や表情が普段よりずっと身近に感じ取れる。

 そして、その時改めて思うんだ。

 ヒノモトが平和になってよかったって。

 ヒノモトに暮らす人間も、不思議な力によって人間に怯えられ憎み合っていた鬼たちも、争うことをやめ、手を取り合い同じ土地で暮らしている。

 きっと小さな不満や間違い、困難やどうしようない綻びはあるだろう。

 けれど、互いが互いのために思い合い、我慢しすぎない程度に自分の中だけで解決して、感情をぶつけるのではなく自身の思いを相手に伝える。

 なにか綻びが見え始めたら、大きくなる前に互いで解決を目指し、争いに発展する前に話し合う場を設ける。

 平和な世界をお互いが望み、支え合えればそれだけでいい。

 今の平和な世界を子供の代まで、その子供がそのまた子供の代まで続くことを願い、守るだけでいい。

 大きなことなんてできなくていい。

 小さなことでいい。

 ひとつひとつで、少しずつでいい。

 けれど、これは異世界のことだけど、違う世界から来てる私にもわかる。

 それが難しいこと。

 それを続けることには、大きな努力と割り切れない感情がつきまとうってこと。

 でも、ヒノモトの人は今、私がたどり着いた平和を喜び、続くことを願って、懸命に生きてくれてる。

 それが嬉しいんだ。

 みんなの笑顔を見ながら、私は平和なヒノモトを歩いていた。


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