第8話 単純で複雑、時にそれはご褒美のイベントで
「そういえば、私がヒノモトに帰ってきてからラスとルインとはちゃんとは話せてなかったよね?」
ヒノモトに帰ってきた私は、以前と同じように宮中からほど近いお屋敷で暮らしている。
その場所はヤマトが所有しているお屋敷だ。
だからどうしてもヤマトをはじめ、人間の人たちと関わることが多くなっている。
鬼の一門が多く暮らしている場所からそんなに遠いわけではないが、ご近所さんと呼べる近さでもないと思う。
それでもキラや
この2人ときちんと話したのは、本当に久しぶりだ。
まぁ、2人からしたらひと月程度のことだろうが。
もちろん、彼らがこのひと月の間、私にもう一度逢うために尽力してくれていたとわかっている。
ひと月程度なんて言葉で片付けるのは、失礼かもしれないが。
なんといっても、私にとっては10年以上ぶりの再会だ。
たとえ私が異世界のことを、つい最近まで忘れていたとしても感慨深くなるものだ。
それにしても、異世界と私の暮らしていた世界の時間軸。
それについて頭できちんと整理してみて、思ったことがある。
それは……
――浦島太郎的な現象になってなくて本当に助かったぁー!ということ。
最初に私がヒノモトにいた時間だって、そんな短い期間じゃなかった。
当時、激化しつづけていた人間と鬼の一門の熾烈な争いの中、戦ったり、助け合ったり、平和への道をみんなで模索したり。
戦が一時的に鎮静化している時は、お祭りにみんなで行ったり、花を見に散策したり、束の間の穏やかな日々をみんなで笑いあったり。
春夏秋冬、いくつもの季節をこのヒノモトでみんなで過ごしてきた。
少なく見積もっても3年以上はこのヒノモトにいたと思う。
だけど、平和になったヒノモトから元の私の暮らしていた世界に戻った時、異世界に召喚された時から一切の時間が経過していなかった。
逆もまた
自分自身の体もその時の年齢に戻っていた。
時間軸の仕組みまではわからないけど、私にとってめちゃめちゃ都合がいいってことはわかる。
そうじゃなかったら、私の人生がとんでもなく大変な事になっていただろう。
なんたって、ヒノモトで3年以上を過ごしているということは、私は3年以上の間、行方不明になっているということ。
おそらく周りは大騒ぎ、世間を騒がせる事件としてニュースになっていた可能性もある。
しかもそんな状態で、その間の記憶もなく帰ってきた私は、同級生たちはみんな卒業しちゃって、私一人大学受験とか就職とかどうなっちゃうの!?ってなっちゃうし。
逆もまた然り、元の世界で10年以上を過ごして、ヒノモトでも10年以上経ってたらその分みんなを悲しませていたと思うし、すでにアラサーの私をヒノモトのみんながわかってくれるかどうか……ってなっちゃうし。
もしこれからヒノモトから元の世界に帰ったとしても時間の経過が一切なく、たぶん鏡の前で私は立ってるんだろうな。
すっごい心の安心感がある。
何の憂いもなくこのヒノモトをエンジョイできる。
本当に時間軸にめちゃめちゃ助けられてる。
私はこの状況に心の底から歓喜し、そして感謝した。
しばし立ち話をしていた私たちだったけれど、鬼王たちも行き道が同じ方向ということで、みんなで一緒に通りを歩いていた。
「鬼王は何をしにこんな町中まで来てたの?」
何気なく聞いてみると、鬼王はニカッと笑って一つの茶屋を指さしてみせた。
鬼王の指を追ってそちらを見やると、一つの人混みができていて、とても騒がしそうだった。
男性の大きい声を更に張り上げて言い合っているような声に一瞬だけ身を固くしたけれど、聞いているとその声は罵声や怒声ではない。
耳に飛び込んでくる声はどれもどこか弾んだ声で、騒がしいというよりも賑わっているといったほうが正しいかもしれない。
ヤマトは眉を寄せて人混みを睨んでいた。
「何事でしょうか?
ヤマトが言い切るより前に、鬼王は私の手を引いてずんずんとその人混みに近づいていく。
私は少し不安になった。
平和になったとはいえ、人間にとって鬼の存在はまだ忌み嫌う対象である可能性は大いにある。
特に手を取り合い、ともにヒノモトを平和へと導いた私のイケメンたちならまだしも、一般の町民にとっては鬼を迫害するべきと考える人はまだまだ普通にいるだろう。
――もし、鬼王やキラたちが傷つけられたら……。
いかなる理由があろうと、私のイケメンを傷つけようものならただじゃおかない。
それがたとえ、私が血と涙を流しながらも救ったヒノモトの人間であったとしても。
となると、せっかく私たちが頑張って、平和にして守ることができたヒノモトの人間を、御神姫である自身がオーバーキルしてしまうかもしれない。
そう思うと、とても不安になった。
私は自分のものを他者に何かされたり、傷つけられるのはどうにも我慢ならないタイプだ。
私の大事なイケメンに対して、適切な対応してもらわないと。
ちょっとでも対応を間違えようものなら、今まで築いてきた御神姫のイメージがいっきに崩れ去る。
平和を望むヒロイン気分の頑張っている私!から
絶対飛び出してくる。
それは間違いない。
そして自身でもそれは止められない。
どうしようかと冷や汗を滲ませながら、私の心臓は早鐘を打ち鳴らす。
不安に押しつぶされそうになりながら、鬼王に手を引かれたまま恐る恐る人混みに近づいていく。
一人の男性がこちらに気づいたように、振り返り眉を寄せても異物を見るような瞳を向ける。
アウトかもしれない。
男性はポツリと呟く。
「こんなところに……」
モブのくせして私のイケメンにつっかかるなよ?
明るくて正義感が強く、困難にも立ち向かい何事も頑張る私から、荒ぶる私にチェンジ!
……しようとしたところで、目の前の男性が豪快に笑いながら鬼王に苦言を交えて明るく声をかける。
「こんな可愛いお嬢さんを連れてくるなんて危ないぜ?鬼王さんよ!ま、あんたがいりぁ、問題なんてねぇのかもしれねぇがな!」
強ぇもんな!と鬼王にニカッと笑いかけるのを見た私は心が穏やかに凪いでいくのを感じていた。
先程まで考えていた物騒な感情などおくびにも出さないように、にこやかに微笑みかけた。
「あら、可愛いなんて……お世辞でも嬉しいな」
「ん?お前は可愛いぞ?なんて言ったって俺の御神姫様なんだからな!」
屈託のない笑みで鬼王が言った言葉を、サラリとヤマトが否定する。
「あなたの御神姫じゃありませんよ」
ため息を吐きながら、やれやれと呆れたように少し首を横に振りながらヤマトは言葉を続けた。
「私の御神姫です!」
ヤマトの堂々たる言葉に、その場にいた鬼の一門全員が心と声を一つにした。
「「「「お前のでもないだろっ!!」」」」
私のイケメンは全員カッコイイなぁー。
完全にヒロインモードに落ち着いた私は、にぎやかな私のイケメンたちを、晴れ渡った空のように澄みきった穏やかな心で見つめていた。
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