第7話 平和ってとても簡単でとても難しいね
「
私がラスごしに鬼王に声をかけると、鬼王は私たちを見下ろしてにやりと笑った。
そして鬼王に、ぐいっと手をひっぱられ、体勢を崩した私はラスごと彼の胸にとびこむ。
「ごめんね、ラス!ちょっと鬼王!急にひっぱらないでよ!」
「
私たちが口々にあげる抗議の声など無視するように、鬼王はいつもの挑発的な笑みのままみつめた。
そして、飼い犬を可愛がるみたいにわしゃわしゃと私たちの頭を撫でた。
「可愛い奴らめ!!ラス、もっと俺にかまえ!御神姫!もっともっと俺に愛されろ!!」
堂々とそんなワガママを言って、本当に愛おしそうに私たちに微笑んだ。
ずるいな、鬼王は。
急にひっぱられて怒っているのに。
髪をぐしゃぐしゃにされて困っているのに。
そんな事を、そんな表情で言われたら、文句のひとつ出てこないじゃないか。
そんな事を思って横に目をやったら、ラスと目があった。
そして一瞬、見合ってから私とラスは困ったように笑いあった。
鬼王も私もラスも、子供みたいに笑っていた。
「ほぉーんと、道の真ん中で何してるんですか?」
いつまでもその体勢から動かない私たちを見かねたヤマトが、美しい顔をしかめて、ぼやいた。
その表情のまま、呆れたようにため息を吐きつつ鬼王とラスを見やった後、優しく私に微笑む。
そして体勢を崩した私を、優しく抱き起こすようにして支えてくれる。
半ば無理矢理に私から引き離された鬼王は、大仰に肩をすくめてみせた。
そんな鬼王の背後から、鼓膜を震わせるほど美しいバリトンボイスが降ってくる。
「
声の主は抑揚のない丁寧な口調で鬼王を睨む。
「おぉ、ルイン!よくここにいることがわかったなぁ!」
傲慢でワガママな俺様系イケメンは、一切悪びれることなく朗らかな笑みで、ルインに片手を小さく振った。
ルインが眉の間に深い深いシワをつくり、感情のない目でヘラヘラしている鬼王を見る。
そんなルインの表情から見るに彼は今、鬼王に対して、ありえなすぎてドン引きだわぁ……とでも言いたそうだった。
「今の主様の態度がありえなすぎて、憎悪が吹き出してとまらないんですが」
ドン引きじゃなくて、憎悪が吹き出したらしい。
そんな状態のルインに冷たく睨まれても、鬼王は朗らかな笑みを崩すことなく謝りもしない。
これこそ鬼王のすごいところかもしれない。
普通はこんな目を向けられたら失禁しながら逃げ出すか、恐怖から失神して意識をなくすかだろう。
平然と、しかもすっごいイイ笑顔で親指立てそうな勢いで対峙できるなんて人間でも鬼でもいないよ?
「御神姫様」
急にルインに呼ばれて、私は反射的に背筋を伸ばして返事をする。
「はい!!」
物凄い良い返事が自分の口から飛び出した。
「主様にお別れを」
彼は優しく私を見つめながら、くいくいと自身の5本の指先を動かす。
私は知っている。
ルインはびっくりするくらい力が強い。
丸太くらいなら指先で、ちょん……と触れるだけで穴をあけられる。
そんな彼が指先を動かして準備体操している。
あ、鬼王の頭を握りつぶすつもりだ。
私は彼の言わんとしていることを察してしまった。
私は知っている。
鬼王も、大抵の人間や鬼くらいならば瞬殺してしまうくらい強い。
でもどんなに強い鬼王でも、物理的に頭を潰されたらたぶん普通に死ぬ。
それはよろしくない。
私のイケメンが一人デッド、デリートしてしまう。
どうしたらいいだろうか、と考えていると
「お別れはもう大丈夫ですか?そうですか。それならば今から主様の頭をぐしゃりとするので」
「まだ何にも言ってないです!私は一言もしゃべってないです!!」
一人納得して凶行に及ぼうとするルインに、言葉をぶつけ必死に止める。
やっと平和になったヒノモトで、こんな仲間割れをさせてはいけない。
せっかく平和にしたヒノモトで大切なイケメンをデッド&デリートされてはたまったもんじゃない!
私は駆け出すようにルインとの距離を一気に詰めると、彼の体にしがみついてルインの動きを封じる。
「ちょ……御神姫様っ……」
突然の私の行動に驚き、身をよじるルインを私は逃さないように強く絡みつく。
「鬼王を許してやってよ!悪いやつじゃないんだ!ただちょっと空気読めなくてワガママで傲慢で傍若無人なだけなんだ!!」
「悪いやつじゃないですか。この男に頭ぐしゃりをやってもらいましょうよ」
ヤマトが絡みつく私をルインから引き剥がすため、後ろから優しく抱き上げようとする。
イヤだい!引き剥がされたら鬼王がぐしゃりとされるから絶対剥がされるものかっ!!
私は更に強い力で絡みつき必死で、私を抱えようとするヤマトに抵抗する。
こら、離れてください御神姫、とヤマトが引き剥がそうとすればするだけ、私はツタのように強くキツくルインに絡みつく。
そのうち、私は脇の下に腕を腰元に足をかけて子泣きじじいスタイルでしがみつき始める。
私もヤマトもお互いが夢中でルインの顔は見えないし、見ていない。
そういえば、ルインから小さく何か言葉にならない声が漏れていたような気もするが、私もヤマトも今はそれどころではない。
「こら!御神姫!落ちたら危ないから離れてください!」
「ルインが鬼王のこと許してあげるまで離れるもんか!!」
「わかった!わかりましたっ!!わかりましたから御神姫様、私からお離れくださいっ!!」
三人が三様に叫んだところで事態は収束した。
私はヤマトに支えられて立ち上がり、ヤマトは乱れた私の髪を整える。
ルインは自身の顔に手を当てて黙りこんでいた。
その手の隙間から見える顔はゆでタコのように赤かった。
――カッコ
普段、最強で堅物イケメンが照れてる。
ギャップ萌とはこういうものか!!
にへらぁ、と顔の筋肉が緩むのを感じて、慌てて顔に力を入れる。
けれど、力を入れれば入れるほどニヤケが強調され、緩みまくったニヤケ顔になる。
だめだ、顔の筋肉がバカになってる。
もう隠すことを諦めて、ルインに笑いかける。
「ふふ、ルイン!遅ればせ、だけど、ただいま!」
少々咎めるような、何かを訴えるような瞳で私を見たあと、困ったように微笑んでルインも私に笑いかけた。
「おかえりなさいませ、我が愛しき御神姫様」
キラもラスもルインも鬼王も、そしてヤマトも私の大切な人たち。
ただいまと言って、おかえりなさいと返ってくる幸せを噛み締めていた。
最初に召喚されてこの異世界に来た時、ヒノモトはとても大変な状況だった。
荒廃しかけた場所、絶え間ない争いによって傷つくひとたち。
そして迫害され、生きることもままならなかった鬼たち。
このヒノモト全体が、憎しみと悲しみに覆われているみたいだった。
その悲惨さと悲愴さに、涙をこらえきれなかった事もあった。
逃げ出したくなった時もあった。
もちろん、全てがつらかったり、大変だったわけじゃない。
楽しいことも嬉しかったことも、素敵な出逢いも強い絆もたくさんたくさんあった。
だから、ここまでやってこれたんだ。
私たちは、この平和に満ちたヒノモトにたどり着いたんだ。
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