第6話 ありのままの君に逢えて嬉しいんだ


「あれ?おい、御神姫みこひめ!おまえ一人か?」


 店が立ち並び、人で賑わう道に一人で立っていると、背後から聞き慣れた声で呼びかけられた。

 その声に反射的に振り返ると、キラが立っていた。

 私が首を軽く横に振りながら、現状を説明する。


「ううん。ヤマトと一緒にいたんだけど、私が忘れ物しちゃって。それを取りにその店に……」


 私がすぐ横のお店を指さしたところで、ちょうどヤマトが店から出てきた。

 ヤマトは店主に軽く会釈してから、私の方ににこやかな顔を向ける。

 しかし私がキラと一緒にいることがわかると、少々顔をしかめて、こちらに近づいてきた。


「御神姫、お待たせ致しました。お側を離れてしまい申し訳ありませんでした」


 片膝をつきそうな勢いで謝罪するヤマトに、私は慌てて首を横に振る。


「いやいや!私がした忘れ物を取りに行ってくれてたんだから……!」


「しかし、このような男と御神姫が、片時かたときでも二人になったのは、私の不徳ふとくいたすところです」


「ヤマトの言うことは大げさすぎるし、キラをこのような男って言わないの!」


 ヤマトの肩に手を添えながら、私はそう言った。

 そんな私たちのやり取りを見ながら、キラが大仰にため息を吐いてみせた。

 そしてその、ため息につられるように、私とヤマトがキラに目を向ける。


「おい、ヤマトさんよぉ?おまえが俺たち、鬼をみ嫌ってるのはわかってるけど、その露骨ろこつな態度は正直ムカつくぜ?」


 本当に苛立っているのか、冗談なのか、判断に困るような口調でヤマトを挑発的な目で見る。

 一瞬の間もなく、ヤマトはキラに言葉を返す。


「は?私が鬼を憎んでいる事とおまえを露骨に嫌がっているのは関係ない話でしょう?」


 予想外な返答にキョトンとするキラに、ヤマトはサラリと言い放った。


「ただおまえが気に食わないだけなんですから」


 鬼なんて関係ないない、と言いながら片手を半笑いをしている顔の前で軽く振ってみせる。

 ヤマトは今、完全にキラを小馬鹿にしている。

 キラもその事がわかっているので、掴みかかる勢いでヤマトを睨む。

 更に追い打ちをかけるようにヤマトが言い放つ。


「御神姫に馴れ馴れしい態度と無礼な言葉の数々。そんなおまえを気に入るわけがないでしょう?」


 さすがに言い過ぎだと思い、慌ててヤマトをいさめようとした時、無言でヤマトを睨みつけるキラの背後から声がふってきた。


「あららぁ、嫌われちゃってるねぇ?でもぉ、僕たちも君が気に入らないんだしぃ、お互い様なんだよぉ?ヤ・マ・ト・くん☆」


 小柄な美少年が、今にも掴みかかっていきそうなキラの肩を押さえつけながら、ヤマトに向かってほがらかな笑みを向ける。

 誰だろう?……聞き覚えのある声な気もするけど。

 ヤマトがキラを見た時よりも、深く眉間にシワを作り顔をしかめる。

 あらま、ヤマトのこの表情から察するにあんまり仲良くないんだな……。

 私がヤマトにこの美少年は誰なのか問おうとしたところで、先にキラが動く。

 キラは苛立ちを隠すことなく、乱暴に肩にのせられた少年の手をはたき落とす。


「ラス……てめぇ、肩に体重かけんじゃねぇ。重いんだよっ!」


 私の瞳がキラの声に導かれるように少年に向かう。

 一瞬、耳を疑った。

 私は驚きの表情を隠すことができない。


「ラス……?え……?ラス!?ラスなの!?」


「そうだよぉ!久しぶりだね、御神姫サマ!」


 屈託のない笑みで私に向かって、手を軽く振りながら近づいてくる。

 そして私の手を彼は両手で包むように握り、柔らかい微笑みを浮かべる。


「ずっと逢いたかったよ。御神姫サマ……」


 彼のことで私がこんなにも驚くのには理由がある。

 それは私がラスの顔をちゃんと見たことがなかったからだった。

 ラスはいつも長すぎる前髪とフードがついてるみたいな外套がいとうを頭まですっぽり被っていて、顔を見せないように隠していた。

 ラスは、もともとは大陸で生まれて、このヒノモトには流れ着いてきたそうだ。

 そんなラスを助けて、ともに穏やかに暮らしていた者たちは、かつてヒノモトで勃発していた鬼と人間の争いによって、家族や故郷を奪われてしまった。

 その凄惨さを物語るように、彼の額には根元近くから折られた角の跡が残っていた。

 角があったことが人間に見つかれば迫害され、角が折られたことを仲間の鬼に悟られれば、鬼は仲間を傷つけられたと暴走し、戦は更に苛烈さを増す。

 だから彼は、長衣に身を包み、長い前髪と深くかぶった外套でその身を隠した。

 角の形跡を人間に見られないように、角が折られたことを仲間の鬼にバレないように、隠していた。

 だから彼の顔はたまに風で揺れた外套の隙間から覗く口元しか見えなかった。

 私にとっては、垣間かいま見える素敵な口元と、そこから紡がれる声だけがラスという存在だった。

 だから驚いた。

 外套を脱ぎ、美しい顔立ちを見せるラスを見て。

 姿を隠す事なく、このヒノモトで太陽の下、笑っているラスを見て。

 私は涙が溢れそうなほど嬉しかったんだよ。


「よかった……よかったね、ラス……!」


 私が此処に来た時には、既に起きてしまっていた悲しい過去の出来事。

 私にはもう、どうしようもないことだった。

 けれど、その彼の傷ついた過去を聞いて、私は一層、御神姫として自身ができることを模索した。

 いさかいを止めること、戦を失くすこと。

 このヒノモトに平和を導き、その平和を守ること。

 彼は私のその考えを聞いてくれて、一緒に尽力してくれた。

 鬼の一門の中では、ラスが最初に私の味方になってくれたんだ。

 この平和なヒノモトをともにつくってくれた優しい鬼のひとり。

 そんな彼がこの平和になったヒノモトで身を隠す事なく、怯える事なく暮らしている。

 太陽の下、鬼も人間もいる場所で私に微笑んでくれている。

 私が彼の名を呼ぶ。


「ラス……」


 彼は優しい微笑みを浮かべている。


「ん?なぁに?御神姫サマ」


 私は安堵によって、零れ落ちそうになる涙を湛えた目元を、指先で乱暴に拭い、俯いていた顔を上げて笑って言った。


「ラスってめーっちゃイケメンだったんだねぇ!」


 私の言葉にキョトンとする一同。

 いや、口元もお美しかったしね?

 声もイケボだったから、イケメンなんだろうって思ってはいたよ?

 でも予想以上にイケメンだった!!

 めっちゃ驚いた!!


「カッコイイよ!ラス!!」


 私の言葉にラスは困り顔で微笑んで、はにかむ。

 そして、悪戯いたずらめかして笑って言った。


「惚れちゃいそぉぅ?」


 私が強く頷くと、彼は目をみはったあと、大きく笑って私を抱きしめた。


「負けたよ!御神姫サマにはかなわないね☆」


 そして彼は、私にしか聞き取れないように耳元でぽそりと小さく囁いた。


「ありがとう……」


 私は彼の背に手をまわそうと、手を伸ばした瞬間。


「道のど真ん中でなぁにやってんだ?おまえら」


 伸ばした私の手を握る俺様系イケメンの声がした。


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