第5話 異世界ヒノモトの万能な言葉

 ヒノモトに帰ってきてから数日経過したけれど、今のところ大きな変化はない。

『私がいた世界に戻るには……』みたいな話題も、『今このヒノモトに新たな危機が……』みたいな問題もない。

 久しぶりのヒノモトをいろいろ動き回ったけれど、平和そのもの、日々の生活を心配なく過ごせる。


 そういえば、この世界に初めて召喚された時は、生活様式や歴史や文化の違いのひとつひとつに戸惑っていたっけ。

 私がいた世界の過去の時代にタイムスリップしたわけでもない。

 ヒノモトの風景や着物なんかは教科書で見た平安時代の雰囲気に似ているけれど、同じじゃない。

 国の名前も違うし、平安時代の有名な偉人の名前もここでは聞かない。

 何より、ここは異世界だと強く訴えるものがある。

 それは、空を泳ぐ龍や神、鬼やあやかし、そしてヒノモトの人たちが暮らすうえで必要不可欠な魔法の存在。

 その魔法は陰陽術おんみょうじゅつと呼ばれ、自然の力と文明をかけ合わせて使われている。

 そしてその陰陽術を使いこなし、新たな術を作り出す事ができるのがヒノモトの陰陽師おんみょうじだ。

 陰陽師はこの世界の暮らしの中枢ちゅうすうになっている。

 その陰陽師の中でも随一と呼ばれているのが、帝の近侍きんじでもあるインベさんだ。

 珍しい響きだったから、最初は呼びなれなかったけれど、今は何か困った時に一番に相談に行くぐらい頼りにしている。

 特に初めてヒノモトに来てすぐは、ヒノモトの環境に体がまったく適応できなかった。


 まず、気温の問題。

 屋外もだけど屋内は空気がこもっていてめちゃめちゃ暑いし、屋外でも日陰は陽が当たらずめちゃめちゃ寒かったりする。

 ヒノモトで用意してもらった着物は重く何枚も着込むから、体温調節が馬鹿になって何回か倒れかけた。

 それから、トイレ事情。

 当然、水洗式なんて存在しないし、トイレ自体めちゃめちゃ簡易的で落ち着いて用もたせやしない。

 そして、なにより食文化の違い。

 私の世界で普通に食べていたものが、この世界には存在すらしていない。

 お米とかも貴重だし、牛乳とかチーズなどの乳製品やバナナとかフルーツ類も全然違う。

 アイスなんてもっての外だし、お肉やお魚も私の世界で食べていたメジャーなものじゃなかった。

 この世界に召喚されて数日は本当に地獄だった。

 けれど、そんな地獄みたいな状況を打破し、ヒノモトを私の帰りたい場所にしてくれたのが、インベさんをはじめとした陰陽師の人たちだった。


 ここでの陰陽術のイメージは魔法と科学の融合、よく知らないけれどマンガとかででてくる錬金術れんきんじゅつみたいのに近いかもしれない。

 火や水、風や木々や草花、時には空間や時間というものにまで干渉することができるそうだ。

 ただヒノモトに暮らす人全員ができるわけでなく、適した素質と相応の鍛錬が必要らしい。

 ヒノモトで生きにくかった私は、ある日、耐えきれなくなってインベさんに相談した。

 自分の世界の話を交えながら、いかに苦しくつらいかを相談したところ、彼は少し時間をくださいと言って自室にこもってしまった。

 そして次の日、インベさんが私のもとへとやってきて優しく微笑んだ彼が、新たに作りだした陰陽術を披露してくれた。

 そこからヒノモトでの私の生活は一変した。

 いや、ヒノモトに暮らす人達全員の暮らしが一変したんだ。


 まずは、陰陽術で作られた空調の術。

 自然の力である火や水、そして風で作られた空調を整えることができる陰陽術らしい。

 暑い時は水の力、寒い時は火の力を風に乗せる。


――これは……うん、エアコンである。


 そして、陰陽術で作られた不浄を水の力で浄化して土の力に還す術。

 これまた自然の力を駆使して光の力で浄化し水の力で流しそのまま作物を育てる土に還す陰陽術。


――なんと……これは待ち望んでいた水洗トイレだ。


 それから、陰陽術で育てられた作物や陰陽術で作られた動物たち。

 フルーツや乳製品はもちろん、蜂蜜や砂糖、醤油などの調味料も完備してくれた。

 水の力から氷を作り、その氷の力から作られた強い冷却機能で保存できる箱、つまり冷凍庫のおかげでアイスもバッチリだった。


――もうここまで来ると、異世界ってすごいと感心することしかできない。


 その他にも、欲しいものについて声をかけると予想以上のものを陰陽術で持ってきてくれる。

 洗濯機などの家電もオーブンレンジやミキサーなどのキッチン家電も、何もかも私の世界のものより良いものがヒノモトに登場した。

 これで、生活に何の心配ない。

 ヒノモトに何が存在していてもおかしくない。

 万能の言葉、『陰陽術』

 私はそれにいつも助けられている。





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