第3話 変わらないみんなと変わった私

 ヒノモトに帰ってきた私は、みんなと笑い合う。

 あの頃と変わらないみんな。

 あの頃に戻ったみたいだ。

 なんて幸せなんだろう。


「でもさ、みんな全然、変わらないね?」


 おもむろに私がそう言うと、ヤマトはにこやかに笑って言う。


御神姫みこひめ、あなたも全然変わりませんよ?」


 いやぁ、ヤマト、それは私に甘すぎる。

 自分自身が一番わかってる。

 高校生の頃とは見た目も体力も全然違う。

 化粧でどうにか誤魔化してるけど肌のハリとかも全然違うし、年々、体に衰えを感じている。

 年齢が増えていくことに不安と恐怖しかない。

 そんな私にひきかえ、みんなは時間の流れを全く感じさせない。

 当然みんな変わらずイケメンなんだけど、そういうことではなくて。

 時間の流れを感じさせないというか、全く変わってないように見える。

 みんなシワもないし、見たかんじ体つきも全然変わってない。

 あの日、別れたあの頃のみんなのまま。

 帝なんて成長期を経てるのに、顔つきも体格も全然変わってない。


「いや、それは優しすぎるよ、ヤマト。私もだいぶ老けたでしょう?」


 ほら、この辺のシワとかさぁ……と口ごもっていると、みんなの顔が目に入ってくる。

 みんな揃いも揃ってキョトンとした顔をしている。

 鬼王きおうがいたずらっぽい笑みを浮かべて、私の髪を指に絡ませて言う。


「女ってのは、そんなに見た目に厳しいもんなのかねぇ?」


「なに?その含みのある言い方は」


 私はじろりと鬼王に目を向ける。


「含みなんてないさ。至って素直な感想を述べただけだぜ?」


 そして彼は私の髪が乱れることも無視して、わしゃわしゃと頭を撫でる。


「安心しろよ、御神姫。たったじゃ、お前の愛らしさは変わらねぇ」


 今、なんて?

 鬼王、今なんて言ったの?

 私の思考は一瞬フリーズした。


「まぁ、お前の場合は何年、何十年が経ったとしても愛らしさはなくならっ……おっと!」


 鬼王がなんか嬉しいこと言ってくれてるとは、わかってたんだけど、私はたまらず言葉を遮り、彼の両肩を両手でガシリッと強く掴む。


「……ぇっと、御神姫?どうした?」


 私のいいしれぬ気迫に珍しく鬼王がたじろぐ。


「ひと月?……私と別れてからひと月しか経ってないの?」


「ぉおうっ!そうだな!だいたい、そんくらいじゃねぇかな?」


 それはみんな、変わってないはずだわ。

 私は静かに納得した。

 そして、自身だけ老けたことに嘆く。

 ヤマトや鬼王は優しいから(あと恋は盲目みたいなところあるから)変わってないって言ってくれたけど。

 一番、自分自身がわかっちゃってるんだよなー。

 思わず、大きなため息が漏れる。


「御神姫様?大丈夫ですか?お具合でも」


 シンジさんに体調不良を心配され、私は慌てて首を横に振る。


「いや……えっと、ちょっとヒノモトの空気が懐かしくて深呼吸したかっただけなんで大丈夫です!」


 そう言ってその場を取り繕った。

 いやー、でも驚いた。

 まさか自分だけが老いているなんて思いもしなかったからさ。

 ヒノモト的にはひと月でも、私の世界では10年は経っているわけだからね?

 ため息も漏れるわけだ。

 突然に告げられたみんなと私の時間の流れの違いに軽く絶望した。

 私の心情を察したのか、キラは困ったようにため息を吐く。

 そして、おもむろに彼は近くの鬼に声をかけて、鏡を持ってこさせた。

 それを私に差し出しながら、ぶっきらぼうな口調だけれど私を気遣って声をかけてくれた。


「そんなに気にすんなって!!ひと月くらいじゃ変わんねぇって。ほら、どこが変わってるのか教えてみろよ」


 キラはいつだって私が目を背けたい現実を平気で見せてくるよね。

 いつかも、そんな事あったなぁと感慨深くなる。

 涙が出そうになるのは、何故だろう。

 懐かしさのせいか、はたまた彼の優しさのせいか。

 あぁ、それとも逃れられない現実を突きつけられたせいかな。

 私はまた大きくため息を吐いてから、覚悟を決めて鏡に映った自身をちらりと見る。

 そこに映った姿を見て、訝しく目を細めて、今度はしっかりと鏡を覗き込む。


「え?……うそ……?」


 鏡の中の私は、高校時代の姿をしていた。

 あの頃と変わらない姿。

 ヒノモトにいた時のまま。

 シワもないし、肌のハリもある。

 頭から足先まで、きちんと鏡に映して見てみれば服装もヒノモトで着用してた着物になっている。

 この服、懐かしいっ!!

 思えば、あれだけ酷かった肩コリもなくなってる気がするし、体もとんでもなく軽く感じる。


――もしかして私、若返ってるぅーー!?


 軽くぴょんっと跳ねてみても、全然負担がない。

 羽でもはえてるみたいに体が軽い。

 若い頃ってこんな感じだったんだなぁ。

 いや、これは純粋に嬉しい!

 今なら何でもできそうな気すらする。

 そんな私の晴れやかな表情にキラも満足そうに笑っていた。

 それまで私たちの動向を静かに見守っていた帝が、ゆっくりと鬼王たちに向かって、鏡について謝辞を述べる。

 そして私に向き直ると、安堵の色が滲んだ声音で、帝がいつもの微笑みを浮かべて言う。


「あなたの憂いが消え、心が晴れたならば、なによりだ」


 彼の言葉に何度も大きく頷き、そして思った。


――私がアラサーだったことはヒノモトでは黙っておこうと。


 今は、若い自分を楽しもうと。

 そう心に決めて、みんなに満面の笑みを向けた。




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