第3話

「お兄ちゃん、今日も一日奏先輩のとこなの?」

 リビングでスマホをいじっている妹がけだるげに話しかけてくる。

「午前中は部活、午後は奏の家だよ」

 玄関で靴を履きながら返すと、げえーっといういかにもうんざりした声が聞こえた。

「何でお兄ちゃんみたいなザ・地味真面目眼鏡が奏先輩みたいなスターと仲がいいのよ、わけわかんない」

「お前が散々馬鹿にしてた音楽のおかげだよ」

 運動部かつおしゃれに余念のない年子の妹は、なかなか辛辣かつ理不尽な言葉をかけてくる。


 奏は、学校に来るや否や人気者になった。あのふわふわとしたルックスと、誰とでも仲良くなれる性格、それでいてピアノにストイックというギャップが男女ともにうけたらしい。それでも、俺とはなんとなく仲良くしてくれているし、二人で放課後に行っている練習は順調だ。


「いってきます!」


 俺は、勢いよく玄関扉を開く。


 文化祭まではあと一か月。あの日始まった、俺たちの世界を披露するその日まで、あと少しだ。




 長篠奏。


 それが、俺の隣の席の生徒の名前だ。


 彼は、能天気で、どこか抜けていて、時々腹が立つけどでもどこか憎めなくて、そして誰よりも音楽を愛する人だ。そんな奏のことを、本人には絶対に言わないけれど、少しだけ尊敬している。

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カナデの音 藤石かけす @Fuji_ishi16

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