若宮おん祭り

「今年のおん祭りは日曜日やねんねぇ」

 そんな母の言葉で年末に近づいていることを実感する。

 春日大社のおん祭りは重要無形民俗文化財にも指定されている神事だ。

 春日大社の摂社である若宮の御祭神、大宮に祀られている二柱の御子神であり水徳の神に平安末期、五穀豊穣、天下泰平を願って行われたのが初めで一度も途切れることなく行われている例祭だ。

 深夜0時から始まり、お渡り式という時代行列や流鏑馬など様々な神事奉納が行われる。

 猿沢池の周辺に屋台が並んで、私が小学生や高校生の時は授業が半日で終わり、友達と見に行ったりしたなぁと遠い記憶を噛み締めていると何やら検索していた母が関心したような声を上げた。

「今年って888回目なんやって。せっかくやし、久しぶりに一緒に見に行かへん?」

 そうお誘いを受けた。

 ここ十年ほど、人混みやコロナ禍、または平日であることを言い訳に見に行ってなかったなぁと思い返して了承した。


 当日、今年一番の寒さを感じる日になって少しだけ後悔したが、お渡式の時代行列は巫女さんや稚児さん、お馬さんも凛々しく可愛らしく、流鏑馬だけは出遅れてほぼ観られなかったが楽しく過ごすことができた。

 それでも寒さに勝てず、そうそうに帰宅した母と私はこたつで温もりながら今日見たお渡り式と昔との違いや変わらないことなどを話していたが、母がふと母の母、つまり私の祖母がお渡り式で少し変わったものを見た、という話を思い出した。

「正確にはいつのことかよう分からんねんけど、たぶん昭和?」


 当時もおん祭りは人気の行事で本祭にはたくさんの人出があったそうです。

 祖母も親戚たちと一緒に幼い母やその兄弟を連れて見物に行きました。

 家族親戚で連なりながら時代行列を見送り、祝詞を神妙に聞き、やがて奉納舞が始まった頃、視界にちらちらと何かが映る。

 もしかして雪でも降ってきたかと空を見上げましたが、よく晴れていて風花も散ってはいない。

 もしかして自分の目がおかしいのかと、何度も瞬きをして軽く擦ってみたけれど問題があるようには思えない。

 こっそり隣でカメラを構えていた夫に尋ねてみるも

「ねえ、なんか白いもの見えない?」

「ん?埃でも目に入ったか?俺には見えんけど」

 そう返される。

 気のせいかと思いたかったが、その小さな白いものは少しずつ大きくなって、十円玉くらいの大きさでふわふわと浮かび、平安装束でゆったりと舞う男性の間をすり抜けていく。

 神事舞よりそちらの行方が気になってずっと目で追っていたが、ふっ…となんの前触れもなく消えてしまったという。


「あれはきっと何かが見物に来てたに違いないって、そう言ってたけどねぇ」

「その何かが何かは分からないけど、神様やったらすごいね」

 祖母は私の祖母らしく、たまに何かを感じたり、一瞬何かが見えたりするけれど、霊能力やら霊力というものは無かった人なので、白いふわふわが何かは分からない。

 けれど、おん祭りに邪なものが入り込むことはないだろうから、その時の神事舞が神様の興味をひいたのだったらすごいな、と思った話だった。




■奈良市 春日大社

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