不審が辻
関東に住む友人から近畿に観光に来ると連絡あったので、奈良に来る日に会おうということになった。
旅程が平日だったので昼の観光案内などはできなかったが、宿泊するのが奈良ホテルだというので、近くのお店を予約した。
猿沢池で無事に合流し、久々の生身での再開を喜び合って私のおすすめの店に行く。
地元野菜などを使ったお鍋のコースを愉しみながら互いの近況や最近気になっている物事、あとは互いに歳をとって出てきたあれやこれやを話しているうちに、時間はあっと言う間に過ぎお開きの時間になった。
会計をすませて店を出ようという時に、友人がふと
「あの教えてもらった近道以外で、奈良ホテルに戻る道がある?」
と尋ねてきた。
店の位置は猿沢池から奈良町に向かう路地にある。
私が教えた近道は猿沢池の東側から南に向かい、和菓子屋さんの角を曲がって入る路地だ。
そこからだと奈良ホテルの勝手口というか、チャペルなどがある門にすぐ行けるので近道として教えていた。
「あるけど、少し遠回りになるよ。ああでも、もう暗いからあの道は行きにくいか」
そう納得してまだ少し話をしていたい気持ちもあり、少し遠回りではあるけれど大きな車道沿いを奈良ホテルまで送っていくことにした。
住宅地の中を通る細い道なので、待ち合わせた夕方ならともかく、夜も更けたこの時間、一人で見知らぬ道を歩くのは怖いだろうと思ったからだ。
「ごめんね、わざわざ送ってもらって」
「家の灯りとかあるけど、本当に七時過ぎでたいていの店も閉まってるし暗いやろ?」
「それもあるんやけど、来る時にちょっと変なことがあって」
そういって友人が話し始めたのは再会のほんの数分前の出来事だった。
私がスマホに送っておいた地図を見て近道を急いでいた友人は、不意に真正面から走ってくる人影に気がついた。
黄昏時で見えにくいとはいえ、明らかにスピードも緩めず走ってくる人影に危ないなあと思いながらも横へ避けようと一歩、端へずれたのだが
「なんかこう……ふいっと地面の中に吸い込まれるように消えて……」
どこかの光に照らされた影を見間違ったのかと思ったが、どう見ても立体的な人物であったし、走ってくる様子も見ていたのに、と怖ろしくなって早足で路地を通り抜けて来たという。
再開して話が盛り上がってからは忘れていたが、帰るとなった時にふと思い出したそうだ。
話を聞いて思い出したのは、そういえばあそこは『
なんでも昔、元興寺の鐘楼に夜な夜な鬼が現れるということで、これを退治しようとお坊さんが追いかけたが、あのあたりで見失ってしまったことから『不審ケ辻子町』と名付けられたという話だ。
その由来の看板も路地にあるのだが、急いだ友人は見落としたのだろう。
そう話すと友人は思い切り顔を顰めた。
「どれくらい昔かわからないけど」
「江戸時代やったと思うから、そこまで昔でもないかも」
「……いや、江戸時代は十分昔でしょ?何百年も鬼、逃げ続けてるの?」
奈良の場合、昔と言われると天平時代や平安時代まで遡ることが多いので、あの鬼も後数百年は逃げるかもね、と言うと気が長すぎる、と呆れられた。
もちろん半分は冗談です。
■奈良市
不審ケ辻子町
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