月ヶ瀬の龍王の滝
私が初めて『龍王の滝』に行ったのはずいぶん前のことになる。
月ヶ瀬の梅林を見に出かけた時、途中の道に看板があるのを見つけて、少し寄って行っていいか?と尋ねて了承してもらった。
『龍王の滝』という看板は薄汚れて進行方向からは見え辛かったのによく見つけたな、と今でも思う。
少し先にあった駐車場で少し休憩することになり、私と妹だけ滝に向かった。
徒歩数分で着いた『龍王の滝』の入り口は狭い道で、そこからは奥の方は見えなかった。小道は木々が密集しているため昼でも少し薄暗く感じ、少しだけ怖気付いたのを覚えている。
それでもせっかく来たんだから、と道を進むことにした。
足元は辛うじて手入れされている石と土でぼこぼこの道。
おそらく木で作られていた柵はところどころ壊れており、右手は山を削った岩肌。
怖さの半分は未知の悪さも関係していたように思う。
前日に雨でも降ったのか少し濡れており、苔むした石と泥に足を取られそうになりつつも先へと向かう。
途中にあった階段が終わったあたりだったろうか。
ふいにさっきまで感じていた怖さが霧散した。
ついで、さあっと涼やかな風が吹く。
それは妹も一緒だったようで、二人同時に足を止め、互いに顔を見合わせた。
車道から小道に足を踏み入れた時から、妙な圧迫感と怖さを感じていたのに、その場所に達した瞬間から怖さが霧散したような雰囲気だった。
ふっと顔を上げれば、清流とその奥、数メートルの高さの細い滝が見えた。
先客は誰もいない。
水の流れる音と鳥の声、川の上は木々が途切れていたため光が差し込んでおり、いかにも神秘的な風景が広がっていて、私たちのテンションはあがった。
「これがマイナスイオンの力か!」
とはしゃぎながら、私たちは渓流の石の上を少し渡ってみたり、しめ縄が張られた場所から流れ落ちる滝を眺めたりして十数分を過ごした後、『龍王の滝』を後にした。
その間、他の人は誰も来なかった。
『龍王の滝』は役行者小角の修行地であり、白龍を見た場所だという。
5メートルほどの高さから幾段かに分かれて流れ落ちる滝水は綺麗で、白龍伝説も残るなぁと納得するもので、私たちは『龍王の滝』がすっかり気に入り、年に二、三度は見に行くようになっていた。
春から秋にかけて、行く時期は特に決まっていなかったが、不思議とあの滝の前で他の人と出会うことはなかった。
帰りがけ、行きがけに誰かとすれ違うことはあったが、あの空気が変わった境目から向こうはいつも私たちだけの空間だった。
『龍王の滝』に通うようになって何年目だったかは覚えていないが、ある年、『龍王の滝』に至る小道が補正されていた。
足元と手すり代わりの柵、あと生い茂っていた木々の枝も打ち払われていたと思う。
「きれいにしたんやな」
「整備されてるなぁ。歩きやすいのは嬉しい、けど……」
今まで来る度に感じていた、小道入り口から途中までの拒否感というか怖気付かせるような雰囲気がなくなっていた。
ごくごく普通の、どこにでもある山道の雰囲気になっていた。
私と妹は少し口数少なく奥へと向かった。
怖い雰囲気がなくなったということは、空気の変わる感覚もなくなった。
それでも水辺に近づいたことで涼しさは感じることができたが、いつもの感覚とは違う。
そして、今までと決定的に違うことがひとつ。
私たちが滝に着いた時、そこには親子連れの先客がいた。
母親だろう女性が会釈してくれたのに挨拶を返しながら、私は少し狼狽えていたかもしれない。
一応、滝の近くまで行きつつ、今までになく短時間で『龍王の滝』を後にすることにした。
帰ろうと小道に向かっていた時、先方から二人連れの男性が姿を現し、私たちと親子連れを見て、少し驚いた表情を浮かべていた。
この人たちも今までこの場所で他人に会ったことがなかったのかもしれない。
すれ違いざまに会釈を交わして、私たちは『龍王の滝』を去った。
「……今まで、あれ、結界というか、境目みたいなのが造られていたんやと思うねん」
「うん、そんな感じする。きれいさっぱり、無くなってたよね」
「工事した時に、壊してしもたんかなぁ」
私も妹も霊能力などの類は残念ながら持ち合わせていないので、真実はわからない。
ただ、それから『龍王の滝』に行く頻度は減った。
月ヶ瀬に行くことがあっても、素通りすることが多くなった。
それからまた、それなりに長い年月が経ったのだけれど、つい先日、たまたま『龍王の滝』の前を通り過ぎることがあった。
用事があったため立ち寄ってはいない。
だけど、久しぶりに見た『龍王の滝』の入り口は薄汚れた看板と茂った木で、昔のような近寄り難い雰囲気が復活していた。
見た目だけの問題かもしれない。
だけど、久々に『龍王の滝』に行って、滝をみてみたいと思った。
独占できるか、他の人もいるかは定かではないけれど。
■奈良市月ヶ瀬 龍王の滝
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