あやめ池遊園地のミラーハウス

「わたしはお化け屋敷よりミラーハウスの方が怖かったなぁ」

 そう言ったのは従姉妹だった。

 菊人形で思い出したあやめ池遊園の思い出話をしていて、ピエロの看板に騙されて乗ったホラーハウスがトラウマだ、という話をしたら返ってきた言葉だ。

「鏡でできた迷路だったよね」

「そうそう、鏡のせいで、道がわかりにくくなって迷うやつ」

 大人になってみれば、冷静に観察していればすぐに抜けられそうな迷路だったが、確か中にチェックポイントとかあって、スタンプを集めたりしてたような気がする。

 私たちが遊んだ頃には結構古くなっていて、確かに怖い雰囲気も醸し出していたような気もしないが。

「迷いすぎて出られなくなって怖かったとか?」

 そう問うと従姉妹は首を振って話し出した。


 ミラーハウスは一度は興味を持っても、あまり繰り返し選ばれる遊具ではなかったと思う。

 やはりアクション系のジェットコースターや大きく回転するブランコの方が人気があったし、観覧車や華やかな雰囲気のあったメリーゴーランドを選ぶ子供の方が多かっただろう。

 ただ、そこまで人気がないから並ばなくていいことと、合わせ鏡がそこかしこに出来て、無限に自分が映し出される様子が好きで、従姉妹はあやめ池遊園地に行くとミラーハウスに入っていた。

 迷路としてはとっくに構造も覚えていて、やろうと思えば最短経路で抜けることができたが、わざと隅々まで回ることが多かった。

 その日もミラーハウスに入っていたが、珍しく他にも入場者があったらしく、すこし騒がしく感じた従姉妹はいつもより短い時間で切り上げようと、ゴールに向かっていた。

 ゴールまでの途中、中心部に少しだけ他より広めの小部屋が作られていた。

 三、四箇所の通路に通じるその場所は、他の参加者と遭遇しやすい場所だったので、従姉妹は人の話し声などが聞こえないのを確認しながら、その部屋に入った。

 物音は聞こえなかったのに、小部屋には先客がいた。

 彼女は従姉妹が来たことにびっくりしたように振り返った。

 従姉妹も、その先客の姿を見て驚きのあまり動きを止めた。

 先客は従姉妹と全く同じ姿をしていた。

 思わず、鏡に映った自分の姿かな、と何度も見直したが、もう一人の自分は鏡に映ったものではなく、確かにそこに存在していた。

 世の中には自分にそっくりな人間が3人はいるというが、顔形から服装まで全く一緒なんて偶然はありえないだろう。

 従姉妹は恐怖と混乱で立ち尽くしていたが、もう一人の自分の方が一瞬早く我に返ったらしく、ばっと身を翻してゴールに続いていない方へ走り出した。

 ゴールはそっちじゃない、とそこに気を取られ、恐怖を忘れた従姉妹はもう一人の自分を捕まえようと手を伸ばしたが、ゴンッと鏡に手をぶつけるだけに終わった。

 もう一人の自分は、背中を向けて鏡の向こうの通路を曲がって姿を消してしまったそうだ。


「いや、でも、それ、変わった角度で鏡に映った自分を見間違えたとかはない…?」

「正面で向き合ってたのに、背中向けて走り去ったんやで?ありえんやろ」

 その後、しばし呆然としていた従姉妹は近づいてくる人の声に我に返って、即座にゴールに向かって、二度とミラーハウスには入らなかったそうだ。

「あれから、三面鏡とかも苦手やねん」

 合わせ鏡には色々な逸話がある。

 鏡自体が力を持つものとして扱われることも多い。

 そんな鏡がたくさん集まった空間には、よく分からないものが存在しやすかったのかもしれない。



■奈良市 あやめ池遊園(閉園)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る