あやめ池遊園地の大菊人形展

 本日は九月九日、重陽の節句。

 菊の節句だなと気づいた時にふと思い出した。

 私が子供の頃、奈良県内には遊園地が3つあった。

 しかし、時代の流れと共にあやめ池遊園地が閉園し、奈良ドリームランドが閉園し、現在も開園しているのは生駒山上遊園地だけだ。

 子供だった当時住んでいた場所は生駒からは遠く、奈良ドリームランドは少々入場料が高めで、結果よく連れていってもらったのは、新聞屋が入場券をくれる「あやめ池遊園地」だった。

 移動手段の問題か、大抵は近所の家と誘い合わせていたけれど、その日は祖父に連れて行ってもらった。

 あやめ池遊園地では確か毎年、大菊人形展が行われており、同時に公募した菊の品評展示会も開催されていて、菊作りを趣味にしていた祖父が見物にいくのに便乗したのだった。

 乗り物は3つまで、と約束させられていたが私の目的は園内に併設されていた動物園だったので、遊具には目も向けず、祖父の用事が終わるのを大人しく良い子に待っていた、はずだ。

 ただ、同じように菊花展に来ていた趣味仲間と祖父は話し込みはじめてしまい、手持ち無沙汰になった私は、ただ菊の花が並んでいる場所から、菊人形の方へと移動していった。

 大菊人形展と称するだけあって、菊の花で作られた時代劇に出てくるような武者人形、姫様人形は見事な出来で、ただ、リアルな日本人形の頭だったので、子供心にちょっと怖く感じたりもしていた。

 ただ、一部の菊人形は機械操作で動いたりしていて、なかなかの迫力だった。

 私はチラチラと祖父を確認しながらも、菊人形の周りをうろつき、角度を変えて観るのを楽しんでいた。

 だが、そのうちふと、菊人形の後ろ側、柵で囲まれた動作のための機械が設置されている場所に小さな人影が見えることがあるのに気づいた。

 はじめは気のせいか、予備の人形が置いてあるのかと思っていたが、次第にそれが小さな男の子であるとわかった。

 入ってはいけないところに自分より小さな男の子がいる、誰か大人に教えなくては、そう思いながらもすぐに大人に言いつけなかったのは、男の子がすごく大人しく菊人形の影に佇んでいたことと、男の子の服装が着物だったからだ。

 子供が着物を着るなんて七五三か夏の盆踊りくらいしかないような時代に、浴衣のような簡素なものとはいえ着物を着ているなんて早々なく、やはり菊を飾っていないだけの人形か、出し物の関係者なのかと思ったのだ。

 その場合、余計なことをした自分が怒られるかもしれないと考えてしまい、どうしていいのか分からず、じっと男の子を見つめてしまった。

 男の子はどこを見るともなしに、ただじっと佇んでいたが私の視線に気づいたのか、ふいに私の方に視線を向けてきた。

 あ、人形じゃなかった、と思って、大人に声をかけようと視線を外した時、後ろからポン、と肩を叩かれた。

「待たせたな、動物園、行くか?」

「あ」

 祖父だった。

 ようやく話を切り上げて来てくれた祖父に、男の子のことを話そうと、さっきまで彼が居た場所を指で示した。

 が、そこにはもう男の子はいなかった。

 一瞬のことである。

 一分も経っていない。

 なのに男の子は自分の背より高い柵の向こう側から消えていた。

「菊人形がどうかしたか?」

「…………なんでもない」

 私はあの男の子のことを告げて、彼を探すために時間を割かれ、動物園にいられるのが短くなるのを恐れて口を閉じた。

 きっと探しても、時間がかかるだけであの男の子は見つからないだろうからだ。

 そうして、割合すぐにその男の子のことは忘れたが、それから大菊人形展のやっている時にあやめ池遊園地に行くことがあっても、人形の側はできるだけ避けていた。

 もう、あやめ池遊園地はなく、あの場所で大菊人形展が開催されることはないが、あの子はまだあの場所にいるような気がしてしょうがない。



■奈良市 あやめ池遊園地(閉園)

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