龍王山の呼び声

 ある日、母が趣味サークルの仲間と龍王山に登ることになった。

 ランニングなどをしているのは知っていたが、登山は知らなかったのでなんでまた、と尋ねると

「UFOを呼びに行くねん」

「UFO?」

「あの山で呼べるんやって」

 誰からの情報かは知らないが、私が知っているのはジャンジャン火だけど、と言うと母はそっちは知らなかったらしい。

 季節だったか何かだったと思うが、特定の条件下で龍王山の山中にむかって「ホイ、ホイ」と声をかけると、火の玉がジャンジャンと音を立てて飛んできて焼き殺されてしまうという伝承だ。

 そんな話をしたが

「それがひょっとしたらUFOだったのかも」

 母の前向きさ加減は素晴らしい。

 だけど、今回は昼の登山ということで、少なくともジャンジャン火は来ないだろうと、送り出した。

 やがて夕方。

「UFOは見つからなかったわー」

 元気に母が帰宅した。

 竜王山の山頂、龍王山城跡で知人いわくのUFOを呼ぶ儀式をしたそうだが、晴れた空には雲一つなかったという。

 それで普通にトレッキングを楽しんで、古墳見学などしつつ下山したそうだ。

 私が話したジャンジャン火の伝承も話の種として提供し、仲間の一人が面白がって「ホーイ、ホーイ」と母と二人で声を響かせたというエピソードも聞かされた。

「あ、でも途中で変な人を見かけたんよね」

 古墳群を抜けるあたりで見かけたその人は道から逸れたところに立っていたらしい。

 簡素な白っぽい服装の男性で、最初は地元の人が何か作業でもしているのかと思って、軽く頭を下げて通り過ぎたらしい。

 すぐにそんな人のことは忘れていたが、滝近くまできた時、またその男性を見かけた。

 表情などがはっきり分かる距離ではなかったそうだが、あきらかに同一人物だと感じたという。

 道なりではないルートがあって先に降りてきたのかもしれないとも考えたが、気色の悪さは拭えなかった。

 それでも何をされるわけでもなしとそのまま下山したそうだが、休憩のできる喫茶店のようなところでお茶をしながら話していると、山に呼びかけた男性が変な人がいたよね、と話し出した。

 いたいた、と母は相槌を打ったそうだが、他の仲間はそんな人は見かけていない、と答えたそうだ。


 とりあえず、現在に至るまで母は火には襲われていないし、男性の訃報も聞かないので無事なのだろうが、伝承が残る場所でうかつな行動はしない方が良いのだろうなと思った出来事だった。


■天理市 龍王山

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