第2話 猜疑心

 倫太郎は図書館でアガサ・クリスティの本を読んでいた。この声は聞き覚えがある。そこには遥の姿だった。すぐに倫太郎は壁に身を隠し、様子を見た。これはまさかのまさか。遥が告白されている。


「俺とは遊びでも良いから付き合って欲しいな」

「それはちょっと無理かな? ご、ごめんね……」


「俺。中条のこと大切にする。好きなんだ。俺じゃ駄目?」


「……駄目ってわけでもないんだ。ちょっとそんなに話したこともないのに。特別親しいわけでもないかな?」


「なんで? 俺と付き合ってよー」

「ちょっと無理かな?」


 女性の友達、遥がクラスメイトに告白されて困っている。これは絶対に応援すべきではない。


「何をしている! 俺の彼女に!」

「え? お、お前……。中条と付き合ってるの?」


「もちろん俺は遥の全てを知っている。お前のような者に遥を渡さない! ここは引け。もし、引かねばお前に降りかかるのは天災ではなく拳骨一発を喰らわす」


「な、なんだよ! 俺も絶対引かないからな!」

 塩沢を威嚇する。


「塩沢! お前がそんなに強いなら俺と勝負しろ! 腕相撲しろ! 俺は高校アームレスリングのチャンピオンだぞ!」


「なら、この場で勝負に乗ってやろう。俺が負けたら遥をお前に譲ってやろう。しかし! 俺が勝てばこの場を引いて二度と気安く遥に近づくな。後、もう遥を諦めろ」


 二人は腕相撲をする。アームレスリングのチャンピオンとしがない軽音楽部の男が勝負することになる。なんだなんだと、図書館に観客が集まる。


「いざ! 尋常に勝負! 男に生まれたなら勝つのみ!」


 倫太郎は清おじいちゃんが脳裏に過る。いざ勝負となると有利なのはチャンピオンだが、一発で勝負は決まる。倫太郎はアームレスリングのチャンピオンを腕を見事にねじ伏せる。


「倫太郎くん……」

「ナカさん自分は勝負に勝ちました」


「……あ、ありがとう」

「ナカさん、大丈夫ですか?」


「怖かったよ……!」




 倫太郎は図書館帰りに校舎に戻った。


「北大路。俺は彼女と用事があるんだ」

「え? 僕に?」


「倫太郎も全然帰ってこないし。頼めるのもお前しか居ないんだ。俺のかわりに宿題をしてほしいんだ」


「だからって僕に……?」


「椎堂達は米沢よねざわと遊園地に行くんじゃなかったの?」

「あ……それは花恋かれんが急にバイト入ったからいけないらしいんだ」


 弘樹は雅治に無理やり詰め寄られている。雅治は宿題の代行を任せ、クラスを後にした。倫太郎は思う。雅治は仲良しなクラスメイトだが、北大路に宿題の代行をさせるのは少々いただけない。敢えて雅治のやっていることを口には出さなかったが。


「あ、倫太郎?」

「北大路? 大丈夫か?」


「ああ、ありがとう。倫太郎ほど成績良い訳では無いんだ」


「北大路は成績良いじゃないか」

「俺思ったんだけど、倫太郎と中条って付き合ってるの?」

「……自分はナカさんとお付き合いをできるほど、そこまで美形でなく」


「あらら〜。そうなの?」


「……そうだ」

「倫太郎ってあの感じの椎堂と仲良しだけど、大丈夫なの? 俺みたいに宿題の代行させられるかもよ?」


「……そうだな」


「倫太郎も身長伸びたね? なんセンチ?」

「……百八十ニセンチだが」


「俺の兄貴と同じだー! 俺はそんなに身長伸びないんだよな〜」

「……そうか」


「俺見たんだよ。倫太郎を見る中条の眼がなんか他の男子とは違って、特別な気がするんだよなぁ。中条は倫太郎のことを好きなのかもよ」


「ナカさんが?」

「倫太郎って好かれているかもよ〜。俺帰るから」


 弘樹は手を振った。倫太郎は雪が降り積もる風景を見て、清のことを思い出す。


「……清おじいちゃん」


『倫太郎。漢たるもの自分との約束を大事にしなさい』


「塩沢?」

「はい? 市川さん、自分になにかご用事でしょうか?」


 菜月は倫太郎の幼馴染の知り合いで、小中学校は一緒だった。


「塩沢ー」

「はい、なんでしょうか?」


「……今日も本屋でバイト?」

「ええ、そうですね。そろそろ時間ですので、俺はバイトに行かないと」


「遥から聞かれたんだ、塩沢の連絡先教えて良い? 頼まれてるんだ」


「……え?」


「もしかして、塩沢はそういうのに疎い?」

「ええ、まあ……そうですね」


「塩沢も年頃なんだし、恋愛とかしたら? もっとあんたのためになるのに。あんたは歳の割に渋すぎるのよ」


「……そ、そうですか」

「塩沢が正直、かわいいなーって思う女の子いないの?」


「……自分は特に居ないですね」

しわがれた爺さんじゃあるまいし、なんか寂しくない?」


「じ、自分はそういうのに疎いんです。自分は学業とバイトを掛け持ちしていますし、本屋のバイトもあるので自分はこれで!」


 走って行ってしまった。

 菜月は怪しそうに向こうを見る。


「……なんか怪しいなぁ」


 菜月はそう呟いた。

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