サムライ高校生、恋をする。
朝日屋祐
第1話 助け
雪が降る街。
「本のしおりが落ちてますよ」
「あ、ありがとうございます」
青年は遥の隣に腰掛けた。青年も通学鞄から本を取り出し、読書をしている。男物の香水が鼻につく。遥はこの青年のことを無愛想でモテなさそうな印象を持った。遥は昨日は夜遅くまで勉強をしていた。読書をしているうちに眠くなる。青年の肩に頭を預ける。電車は丁度揺られるのが心地良い。遥はうたた寝する。すると電車のアナウンスが流れた。
「次は
斉山駅についた。雅治は彼女とそのまま下りてしまった。遥も下りようと思ったが電車のドアが閉まってしまった。冴えない感じの青年はまだ乗車している。
「終点は
(……あっ、このままでは、学校に遅刻してしまう)
隣の無愛想な青年と一緒に電車に揺られる。青年は手でネクタイを緩めた。遥は思う。彼は同じ高校の制服を着ている。長身痩躯で伊達メガネの冴えない感じの青年だ。メガネを外すと元の顔は悪くないと思うが。
(なんか変な人だな)
遥は青年を巻こうと思う。鱗山駅でおりて、電車に乗り換える。無愛想な青年は巻けた。遥はほっと一安心した。すると肩を叩かれる。彼か、と思った。
「かわいいね〜。朝生学園高校の子かな? 俺達とホテルに行かない?」
「……ひ、人違いです」
「やっぱり、噂通りにかわいいなぁ〜」
ナンパ野郎は遥の全身を舐め回すかのような眼つきで見た。
「だよな」
「ね? 山田? 俺達はこの美人ちゃんと一緒にホテルに行くんだ」
「……やっぱり、かわいい顔だねぇ」
「や、やめてください」
「いいじゃん〜。いいじゃん〜。ホテルに行こうよ」
「……い、嫌」
「この子ロリ顔だし、それに超美人ちゃんで貧乳だし」
「俺たちのことそんなに嫌? 生意気な女!」
ナンパ野郎が腕を振りかざしたが何者かにその腕が掴まれた。腕を掴んだのは、冴えない感じのメガネの青年だった。
「な、なんだよ! お前!」
「何を申すか! この
冴えない感じの青年は物凄い怒号を挙げた。
「も、も、申し訳ございません! 許してください!」
ナンパ野郎は怖じ気づき、謝る。青年はこう言った。
「次にまたやったら
「す、すみません!」
「無事か?」
「……ありがとうございます」
遥はナンパ野郎と彼の怒った姿が怖くて泣き出した。青年はハンカチを差し出した。
「怖かった」
「自分は同じ男として情けない限りです。大丈夫ですか?」
「どうしてわたしのことを助けてくれたんでしょうか?」
「……あの不良達は貴女が乗車しているとき、品定めをするように会話をしていました。それを聞き、自分はあえて貴女についていったんです」
「お名前は?」
「自分ですか? 自分は名乗るほどの者ではありません」
◇◇◇
遥は遅くなった理由を教師に話して、事無きを得る。遥は
「遥。大丈夫だった?」
「え? うん」
「やっぱり、あの駅変な男居るんだねぇ。誰が助けてくれたの?」
「サムライみたいな人」
「……サムライみたいな人? そんないい男いるわけ無いじゃん」
「遥ー! 昨日のSNSの配信見た?」
「あっ、椎堂? 遥は、今日色々あったんだよー」
「遥。今日、彼女と遊園地に行くんだよー。良かったら、遥と市川も一緒に来ない?」
遥は悲しい思いに囚われる。雅治はクラスの人気者。そして優しい性格。かわいい女子がいれば声をかける。彼は遊び人だ。雅治の彼女になったところで幸せが約束されているわけではない。
「……いいよ」
「良かった。良かった」
「今日は
「倫太郎?」
「遥は知らない? 伊達メガネの男子だよ」
雅治は言う。
通りすがった男子が話している。
「サムライはめちゃ良いやつだよなぁ。サムライといると楽しいもんな」
サムライ? あの人かな?
遥は隣のクラスを覗く、と。男子生徒が周りを囲んでいた。ああ、あの人だ。伊達メガネをかけた黒髪の青年。本を読んで、男子と話している。よく聞くと会話はこうだ。
「サムライ。昨日の水戸黄門と暴れん坊将軍みたか?」
「ああ、親父と観た」
(さ、サムライ? あの子、どうやら普通の趣味はしていないかな)
(……あ、雅治だ)
雅治には彼女がいて、その姿を見て、遥はポーッとなっていた。すると菜月に小声をかけられる。
「遥。サムライのこと好きなの?」
「まさか!」
「そんな大きな声を出さないの。遥は
「塩沢君はどんな人?」
「裏表ない良いやつだよ。女子受けは悪いみたいだけど。塩沢は時代劇と本の話しかしないから女子から煙たがられているよ」
「塩沢ー! 遥が話したがってるよ。一緒に話してやりなよ」
「こ、こんにちは」
「ええ、こんにちは」
「わたしは中条遥です」
「自分は塩沢倫太郎と申します。自分になにか用事でも?」
「助けてくれたからお礼を言おうと思ったんです」
「自分に礼など必要ありません。それよりさっきの事柄でナカさんのご体調は、大丈夫ですか?」
「うん。まぁまぁ」
(……ナカさん? 時代劇の見過ぎじゃないかな。よくわかんないなぁ)
「なんだが、塩沢君はサスケの声に似てるね」
「そうですか。自分がサスケの声とは大変恐縮です」
「ナカさんのお好きな本はあります?」
「源氏物語です」
「自分は葵の上が好きです。ナカさんの推しは?」
この質問は返答に困る。
「花散里と夕顔かな?」
「ありがとうございます。花散里と夕顔がお好きなんですね。気が合いますね」
「うん!」
「ナカさん。自分は新渡戸稲造の武士道とサミエルスマイルズの自助論が好きなんです」
倫太郎は遥に本の表紙を見せた。遥は答える。
「え? それはわたしも好き! 面白いよね!」
「ええ、面白いですよね」
「倫太郎と遥ー!」
「おお。雅治。どうしたんだ?」
「黒板に描いたんだ! 俺ん家の猫!」
「雅治。それは、猫ではなく、能面じゃないか?」
雅治が描いたものはまるで能面のようだ。
「えー? 倫太郎? 俺の家の猫の絵、能面に見えるの?」
「そうだ」
「見てみて、今日の僕の力作だよー!」
倫太郎はこう言う。
「……まぁ、北大路が描いた猫よりはマシだな」
北大路が黒板に描いたものは、明らかに顔の部分は黒く塗られ、口から牙が生え、目からビームを発している。猫耳の代わりに鬼の角が生えた猫だった。
「北大路の猫。ホラー過ぎないか?」
「雅治。俺はいま、ナカさんと話してるんだ」
「ナカさんってあだ名つけてくれるならわたしもあだ名をつけかえすよ! しおりんちゃん!」
北大路がお茶を吹き出した。
「ちょっと! ゲホゲホ! 中条がッ……変なこと言うから、お茶ッ……吹き出しちゃった……じゃねぇか! 俺のッ……お茶かえっせ!」
北大路が笑いをこらえ、むせながら言う。
「自分には大変勿体なきあだ名です。ナカさん。ありがとうございます。ナカさん今度からは自分のことをしおりんちゃんとお呼びください」
「し、しおりんちゃん?」
「ナカさん。これからも何卒、よろしくお願いします」
「は、はい!」
「話が合いますね。俺と友達になりましょう!」
「……まぁいいけれど」
二人のやり取りを羨ましそうに光景を見る子が居た。
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