第12話 事件の後に



 毒嶋さんが逮捕されてから数日。


 アホ程早いメディアの耳は、瞬く間に事件の話でお茶の間を賑わせていた。

 連日僕の元にも報道陣が押しかけたりして吐きそうになりながら。

 ようやく落ち着きを取り戻したある日。

 事務所に一本の電話が入った。


「コトギ、また警察の人から電話がかかってきたんだけど……」


 嫌そうな顔をしたカズヤが受話器を持って僕を促してきた。


 あの後散々取り調べを受けたのに、まだ足りないのか……。

 初めて顔を合わせた頃の毒嶋さんを思い出し。

 なんとなく、あの男の気持ちが分かった気がした。

 ……同調するのは不服だけれど。


 渋々受話器を受け取り声の主に挨拶をすると。


『やあ、おはよう』


 この抑揚のない無機質な声……。

 やっぱり、僕の取り調べを担当した鉤島かぎしま刑事だった。


「鉤島さん、今日はどのような要件で?」


『うん、もちろん事件の事もあるんだけど、それとは別に会ってほしい人がいてね』


「……どんな人ですか?」


『詳細は言えないんだ。悪いね』


 ずいぶん一方的に招集をかけるじゃないか。

 しかし、僕はこの人の言う通りにするしかなかった。



 毒嶋宅に不法侵入した事。

 毒嶋さんと対峙し、揉み合った事。

 幽霊がらみとは言えない為、僕が取調室で超絶責任追及されていた際。

 突然鉤島さんが現れ、なんやかんやで他の警察官を上手く丸め込み。

 結果的に僕は無罪放免になった。

 一応その恩もある為、当分この人には逆らえないというわけだ。



「わかりました。一時間後くらいには着くと思います」


『急ですまないね。署には僕の名前を言えば通してくれるから、よろしく』


 そう言って、通話は切れた。

 ともかく、行くしかないようだ。






 それからしばらくして。

 もはや見るのも嫌になった某警察署の一室に通されると。

 そこには毒嶋さんともう一人、ニコリと笑う女性が座っていた。


 というか……思いっきり知ってる人だった。


「あ、やっと来たね、コトギ」


「……姉さん。なんで?」


 彼女は僕の姉、松日奈まつびな 言音ことね

 表沙汰にはしていないが、陰ながら警察に協力している現役の霊媒師だ。


「鉤島さん、会わせたい人って」


「ああ、彼女だ」


 ちらりと姉のほうを向き。


「話なら姉さんが直接連絡してくれればいいじゃないか」


 そんな不満を漏らすが。


「言ってもどうせ理由をつけて会ってくれないだろうと思って、鉤島さんにお願いしちゃった」


 見透かしたようにそう返された。


 しかし、身内同士の話をするのに公務員の力を借りるってどうなのだろう。

 そんなことを思いながら。


「それで、なんの用?」


 溜息混じりで姉さんに問うと、負けじと向こうも溜息返しで答えた。


「あまり嫌そうな顔しないでくれる? 今回の件、あなたがお咎め無しになるよう取り計らったの私なんだから」


 姉さんが現れた時点でそうだろうと思ったけど。

 僕に恩を売った代わりに何を要求されるのか……そっちが気になるのだ。


「その件については感謝しているよ。それで、僕は見返りに何をすればいいの?」


「疑り深い子ね。見返りなんて求めないわよ」


 僕の疑念を否定しながら姉さんは続ける。


「ねえコトギ、あなた、あの事件の時死のうとしたでしょ?」


 藪から棒にそんなことを言うのだ。


「たった一人で、護身用の武器も持たずに殺人鬼の家に入って、無事に生還出来ると思った?」


「実際生還してるじゃないか。それに僕は犯人を捕まえるのが仕事じゃない。事実を明るみにするのが仕事。だから証拠さえ掴んだら即座に逃げ出すつもりでいたよ」


「噓つき」


 勘ぐるなぁ……。


「犯人の毒嶋とあなたの証言、それに残された指紋や滞在時間を照らし合わせると、あなたは無抵抗のまま死んでもおかしくない状況だった」


 何その考察、本職の僕よりも探偵っぽいじゃないか。


「あなたは分かり易いように家の窓を割って、室内の壁や人形に自分の指紋を残した。自分がその場にいたという証拠を残す為に」


 見る見る僕の考えが姉さんの言葉によって公になってゆく。


「あの隠し部屋を誰かが見つけさえすれば毒嶋を検挙するこの上ない理由になる。たとえ自分が殺されていようと、事件は解決に向かう……そんな筋書きかな?」


 姉さんの推理は当たっている。

 白ちゃんやマリさん達が化けて出て来なかったら、普通に死んでいた。

 事件が解決するなら、それでもいいと思ったから。

 姉さんの思考、素直に称賛するよ。


「……伊達に警察とつるんでないね。いつもそうやって犯人を追い詰めるの?」


「これはただの、姉としての勘。弟の考えくらいわかるわよ」


「そう……なんだ」


 僕は姉さんの考えなんて全然読めないのに。

 どこまで見透かされているのか逆に不安になる。


「コトギ、私はあなたが心配なの。簡単に自分の命を投げ出そうとするあなたが」


「いや、僕はそんなつもりは……」


「自覚が無くても、あなたは自身を軽んじている。生者よりも、死者の側に寄り添おうとしているでしょ」


 その通りだけど、面と言われるとテンション下がるな……。


「お願いだから、自分を大切にして。コトギがいなくなったら、私は悲しいよ」


 普段ほとんど余裕と微笑を崩さない姉が、その時ばかりは少し寂しそうな顔をした。

 そんな姉を見たら冗談も言えなくなって。

 僕は静かに頷く事しか出来なかった。



 その後、僕は姉さんに近況報告を済ませそそくさと部屋を出た。

 姉にあんな顔をさせてしまった後ろめたさが、気まずさを加速させたから。



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