第11話 因果応報
地下の一室で亡者に囲まれる男は。
気持ちが悪い程に、死した彼女らに魅了されていた。
「奇跡だ。俺の想いが届いたんだ」
心の底から喜んでいる表情。
盲目的な瞳には、怨霊すらも恋しいものなのか、と。
僕は理解に苦しんだ。
「もう一度君達の動いている姿を見たいと思っていたんだ。一緒に食事をして、夜を共にして、そして……」
彼はマリさんに向けて手を差し伸べる。
「もう一度、君達を使って人形を作成したかった……」
その瞬間。
突然毒嶋さんの差し出した手は捻じれるように曲がり、鈍い音を立てあらぬ方向にへし折れた。
「っっ! ぅああああああ!」
悶絶する毒嶋さんに、マリさんの怒気に満ちた眼光が突き刺さる。
『ふざけるな、変態』
そんな憎しみに満ちた低い声で、彼に怒りの矛をぶつけた。
『よくも、私を閉じ込めたな! あんたのせいで……あんたのせいで!』
よほど強い念を持っている。
決して楽には死なせないと、そう言っているようで。
「マリ……なんで……」
『お前が私の名前を呼ぶなっ!』
そしてマリさんの怒号と共に、もう一人の女性は地面に刺さった鉈を抜き取りマリさんに渡す。
これは、さすがにマズイ。
「マリさん! ダメだ」
僕はマリさんを止めようと近づくが。
『来ないで!』
あえなく彼女の霊的な力により壁際に吹き飛ばされた。
「いった……」
背中を強打した僕の元に白ちゃんが駆け寄り、マリさんを睨み付けるが。
僕は彼女を静止させる。
「僕は大丈夫。それより毒嶋さんを……」
白ちゃんは大変不機嫌な様子で僕のお願いに躊躇していた。
まあ、僕だって彼を許す事は出来ないし、因果応報だと思っているよ。
でも、今ここで彼に死なれると困るのだ。
そうこうしているうちにマリさんは鉈を振り上げ。
毒嶋さんの折れてないほうの手の指を切り落とした。
「っっっ! うあああああああ! 指がっ、指がああああ!」
やはり、彼女は毒嶋さんを嬲り殺すつもりだ。
致命傷にならない部分から徐々に切り落とすのだろう。
これじゃあいずれ出血多量で死ぬ。
「白ちゃん、頼む……」
僕は切に願った。
彼女達を救う為にも、この場を納めなければいけないのだ。
白ちゃんは渋い顔をしながら手をかざし。
突如、マリさんの持っていた鉈を弾いた。
『っっ! なんで邪魔をするの?』
お怒りごもっとも。
復讐するにはベストなタイミングだろう。
でもダメなんだ。
「マリさん……ちゃんと尾道さんに別れは告げたかい?」
僕の言葉に彼女はピクリと反応した。
『なんで、ユリエの話をするの?』
「君は地獄のような呪縛から解かれて、ようやく自由になった。こんな陰気臭い場所から出られるんだ」
『そうよ。死んでも尚縛られ続けたこの部屋からやっと出られるの。やっと自由に動けるの。なら、成仏する前にこの男を殺したっていいでしょ?』
「ダメだよ」
僕は否定した。
「ここでこの男を殺したら、殺害動機が不十分のまま事件は片付けられる。君達がどういう理由で殺されたか、真実が闇に葬られるんだ」
『それが? どうせ死んだ身だし私は構わない』
「それで一番悲しむのは、君の家族と、君の友人だよ」
『っっ!』
マリさんは歯がゆそうに俯いた。
「この男には、生きて罪を償わせなきゃダメだ。真実を明るみにしないまま死なれちゃたまったもんじゃない。僕が許さないよ」
マリさんは無言のまま、僕は続ける。
「だから後の事は僕に任せて、君は、君達は大事な人に最期の挨拶を済ませてきなよ」
そう言うと、他の女性達は静かにその場から姿を消し。
マリさんだけが残った。
『毎晩この部屋が開いた時、意識だけは外に出られたの』
「うん」
『私毎日ユリエのところに行って助けてって言ったけど、あの子、ずっと怖がって震えてた』
「だろうね。多分それが普通の反応だと思うよ」
日常的に見える僕には分からない感覚だけど。
『でもさ、あの子なりに頑張って、あなたをここまで導いてくれた』
「そうだね。彼女に出会わなければ、僕もこの事実を知らないままでいた」
『だから私、最期にユリエにありがとうって言ってくる。それから妹と、お母さんにも』
僕と会話をしているうちに、彼女から恨みの念が消え。
今はとても穏やかに微笑を浮かべていた。
『お兄さん、さっきは八つ当たりしてごめんね』
「別に気にしてないよ」
『それから、ありがとう』
そう言って彼女は手を振り。
その姿を消した。
「……どうか安らかに」
そう唱えたのち。
僕は毒嶋さんへ向き直ると。
「ひっ?!」
先程の現象のせいか、両手に激痛を伴ったせいか、恐怖した様子で地を這いながら後ずさる。
そんな毒嶋さんを壁際まで追い詰め。
僕は彼にこの後やるべき事を告げる。
「毒嶋さん、今から警察を呼ぶよ。そして、あなたが今までしてきたことを告白するんだ」
「お、俺は……本当に彼女達を愛して……」
まだそんな事を抜かすか。
自己目的の為、身勝手に命を奪って尚も、己の非を認めないつもりか。
「あなたが行った所業は、人だろうと人でなかろうと決して許されないし、あなたの命一つで精算出来る程安くない」
だから僕は、最後に脅しをかけた。
「さっきのような痛みを味わいたくなかったら、事件の詳細を包み隠さず全て伝えるんだ。でなければ、また彼女達があなたを襲うだろう」
「うっ……」
「今度は両手じゃ済まないだろうね」
「わかった、わかったから……助けてくれ!」
もちろん、これから成仏するであろう彼女達がこの男の前に現れる事はないだろうが。
彼にその事実を教えてやるつもりはない。
一生怯えながら刑務所生活を送るといい。
死罪を償うその日まで。
こうして、異常者が起こした凄惨な事件は幕を閉じた。
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