第10話 狂った愛



 そこは不気味に青白く光る部屋だった。

 壁に設置されたショーケースには女性の人体と思われるパーツが複数飾ってある。

 造り物ではない、本物の腕、足、胴体、そして顔。

 大きさが異なるところを見るに、犠牲となった者は一人ではない。

 ミウさんが調べた情報よりも被害者は多いようだ。


 そんな地下の一室で。

 毒嶋さんは、すでに抜け殻となったマリさんの遺体を愛でるように語り掛ける。


「今日も邪魔が入ったんだ。探偵だってさ。マリの事を聞きに来たらしい」


 常時冷凍保存されているマリさんの体を撫でながら。


「本当にしつこい連中だよ。俺達はこんなに愛し合っているのに、それを邪魔する無粋なゴミ共……。ああ、もちろんマリだけじゃない。君達のことも愛しているよ」


 ショーケースに飾られたパーツにもそう囁いた。

 嫉妬しないでと気遣うように。


 正直感受性は低めな僕だけど。

 それでもやはり、感情は高ぶるのだ。

 恐怖や嫌悪とかではない。

 死体を冒涜する行為に対する、純粋な怒りだ。


 未だ僕の存在に気づいていない毒嶋さんの後ろからおもむろにケータイを取り出し。

 わざと見せつけるようにフラッシュライトを照らして、地下部屋の惨状を写真に収めた。


「っっ! 誰だ!!」


 こんなにも静かな空間で。

 僕が階段を降りる音にも気づかぬ程に熱中していた彼は。

 咄嗟に起きたシャッター音に、面白いくらいビクリと反応した。


「お前……昼間の!」


「どうも、松日奈です」


 突然の来訪に慌て出す男。

 どうするべきかを考えている最中に、僕はケータイを操作し、カズヤとミウさんに写真を送った。


「たった今証拠写真を仲間に送信しました」


「なっ……おま……え!」


「これで、今僕を殺してもあなたの犯罪行為は明るみになる。ここもすぐに特定されるでしょう」


「くっ……この!」


 これ以上ないくらい激高した表情を見せる毒嶋さんは。

 突如、近くにあった鉈包丁を手に取り僕に襲い掛かった。

 おそらくはその凶器で何人もの遺体をバラしてきたのだろう。

 彼は猛進して僕の首を握り絞める。


「なんで……なんで邪魔をするんだ! 人の私生活に他人が首を突っ込むな!」


 どの口が言うんだと、そう思った。


「あ……なたの……愛情は……ただの暴力だ……」


「なに?」


 首を絞められて上手く喋れない喉に鞭打ち。


「身勝手で……独りよがりで……わがままな……ただの殺人鬼だ」


 僕は思いの丈を言い放つ。


「いい加減……罪を償えよ……異常者が」


「この野郎!」


 僕の言葉にが逆上した男は鉈包丁を振りかざす。


 と、その時。

 彼の持つ鉈が金属音と共に何かに弾かれ。

 それは地面に刺さった。


「あ? なんだ?」


 何が起きたのか分からないといった様子で唖然とする毒嶋さん。

 けれど僕は知っている。

 彼の後ろにいる少女の気配が物語っていた。


「……白ちゃん」


 体調が戻ったようでホッとした。

 僕の事を探して駆けつけてくれたのだろうか。

 そして僕が邪気払いの札を剥がした事で中に入れた、と。

 そんな彼女は少し怒ったような顔で毒嶋さんを見つめていた。


 そして白ちゃんは毒嶋さんに向けて手をかざし。

 ギュッとその拳を握り絞める。


「あっ……がっ……!」


 すると彼は首を押さえながら苦しそうに悶えだした。

 どうやら霊的な力で毒嶋さんの首を絞めているようだ。

 僕が今しがたやられた事をオマージュするように。

 けれど、これ以上は本当に死んでしまう。


「白ちゃん、もういいよ」


 幽霊とはいえ、彼女に罪を負ってほしくはないのだ。

 僕の一声に一瞬躊躇したが。

 渋々といった様子で白ちゃんはその手を開き毒嶋さんを解放した。

 ともあれ、これで彼の証拠は掴んだ。

 あとは警察に任せて、僕らは早々に退散――。


 ……する予定だったのだけれど。



「やっぱり、怨嗟を残して成仏は出来ないか」


 呪縛が解かれた部屋で、自由に動けるようになった彼女達が。

 恨みの対象である男を目の前にして、何もしないわけがない。


「あ……これは……マリ? それに……」


 毒嶋さんは困惑しているようだ。

 それもそのはず。

 霊感の無い人間にもはっきりわかるくらいに、マリさん含めた被害者女性達が彼を取り囲んでいるのだから。


「ああ……ああ……」


 そんな中。

 彼は恐怖に打ち震えるものとばかり思っていたが。

 そうはならなかった。


「ああ、みんな……俺のもとへ戻って来てくれたのか? そんなに俺が恋しかったか?」


 徐々に毒嶋さんの表情が恍惚とした笑みに変わってゆく。


「俺も愛しているよ。みんな。さあ、もっと近くにおいで」


 異常者だとは思っていたが。

 ここまで的外れな勘違いをする人間は初めてだ。

 ……これから降りかかる災いなど、彼は知る由もないのだから。



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