第9話 闇夜に侵入



 時は深夜二時を回った頃。

 僕は再び毒嶋宅の前にいた。


「出来るだけ人目に付かないように、電柱の影に……」


 独り言を呟きながら、僕はある連絡を待っていた。

 そして程なくして僕のケータイに電話がかかってくる。


「はい、松日奈です」


『あ、松日奈さん、あの……尾道です』


 相手は昼間連絡先を交換した尾道さんだった。


『あの……あの……!』


「大丈夫、落ち着いて」


 震えた声で助けを求める彼女の心を静め、僕は問いかける。


「今、聞こえる?」


『はい! マリの声が……助けてって、ここから出してって……』


「そうか、だろうね」


 僕は納得しながら彼女に告げる。


「今日で終わらせるから、安心して」


 そう言って僕は再び毒嶋宅を見ると。

 おそらくはあの場所……書斎と思われる場所から強い霊的な反応がダダ洩れになっていた。

 先程までは何も感じなかった気配。

 しかしよく見ると、あの部屋の窓から薄暗い明かりが点いているのが外から窺える。

 毒嶋さんがあの部屋に入っていったのだ。


「尾道さん、言い辛いんだけど……マリさんはおそらくもう、亡くなっているよ」


『っっ! そんな……じゃあやっぱり、この声はマリのっ』


 友人を失った悲しみか、友人が亡霊として自身の元へいる事への恐怖か。

 あるいはそのどちらとも取れる強張った声で、電話越しにすすり泣く音が聞こえた。


「尾道さん、声が聞こえるうちに、マリさんに最期の挨拶を済ませておいて」


『え?』


「今、彼女を救いに行くから、その間に」


 そう言って、僕は彼女との通話を切った。


「毒嶋さん。あなたは人道外れた行為をしているよ。決して許されない事をしているよ」


 そして、僕は周囲に誰もいない事を確認しながら家の反対側へ回った。






 昼間は白ちゃんがいたから無理やり押し入る事が出来たが。

 彼女は今も事務所に伏せたまま回復していない。

 加えて言うと、今からやろうとしている事は普通に犯罪だ。

 バレたらそこで終わり。真実を露見させる前に僕は鉄格子にぶち込まれる。

 そのリスクを誰かと一緒に負うのは忍びない。

 よって僕はカズヤに報告せず、独断でここまで来たのだ。



 書斎の部屋から一番離れた部屋の前まで回った僕は、そこの窓、鍵を捻る内側部分に防音対策でガムテープを何重にも張り。

 持ってきたハンマーで思い切り叩いた。


 ガンッ、と衝撃音が鳴るが響く程ではない。

 離れにある部屋まではおそらく届いていないはず。

 僕は早々にガラス片のくっついたガムテープを剥がし、割れた窓の間に手を通し鍵を開けた。


「よし、今の物音でも反応なし」


 近隣住民に気づかれないよう部屋に侵入し、書斎の部屋を目指す。


 その途中、外灯のもらい光から微かに照らされる廊下を見ると。

 そこには何十体という人形が綺麗に陳列されていた。


「ホラーシーンにありそうなシチュだねこれは……」


 ミウさんの言った通り、彼はかなりの数の人形を買い揃えていた。

 中には等身大のリアルなものもあり、人間と見間違うほどに精巧な造りをしている。


 仄暗い空間に人型の物体が映るのは、なかなかに雰囲気が出るな。

 僕もたいがいだけど、毒嶋さんもこういうのに恐怖しないタイプなのだろうか。


 気が合うね。

 心外だけど。





 そうこうしているうちに、例の書斎部屋に近づいた。

 薄暗く照らされる部屋をそっと覗くと。

 そこには毒嶋さんの姿はなかった。


「……?」


 しかしその奥、昼間白ちゃんが吹き飛ばされた本棚の奥が開いており。

 そこには壁があったはずの場所が扉のように空間が出来ていた。


「隠し扉……と、これは」


 空間の先には、床下にもう一枚扉が設置され。

 その扉には何枚ものお札が張られていた。


 邪気払いの効力がある札だ。

 白ちゃんが衰弱したのはこれの影響だろう。

 知識の無い素人が適当に張った札。

 本来なら大した力のない物が、風水の方向と張る順番が上手く合致して、結果的により強力な結界のようなものが生まれたのだ。

 霊的なものが一切干渉出来ない程に強力な……。


 マリさんはこれによって外に出られないのだ。

 毎晩彼が床下の扉を開ける瞬間まで。


「こんな粗末なもので、白ちゃんが」


 僕はおもむろに札を剥がした。


 僕は人間のこういうところが嫌いだ。

 付け焼刃の知識で除霊を行う身勝手な行為。

 それに害を被るのは、いつだって人間以外の者だからだ。







 僕は床下を覗き、地下へ続くであろう階段を降りると。

 リビング程の広間に青白い光が発光している空間が広がる。

 その先で見たものは、思いの外鳥肌が立つ光景だった。


「ああ……マリ、この吸い込まれるような瞳、傷一つない綺麗な指先、いくら見ても飽きないフォルムだ」


 そこには棺桶のような箱で、冷凍保存されたマリさんと思われる遺体を執拗に愛でる毒嶋さんの姿が目に映った。



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