第8話 人形愛好家



 どうやらミウさんは、僕がここへ来る間で毒嶋さんの過去をかなり深くまで調べたらしい。

 もちろんネット記事で簡単に入手出来るネタではなく、どうやって調べたのかも分からない赤裸々なものまで様々……。


 その中でも特に気になったのが三つ。

 その一つが、ドール集めが趣味だという事。


「この男、かなり人形好きね。日本製の物から海外まで幅広く購入してる」


「まあでも、それはその人の趣味だから特に気にすることもないんじゃないですか?」


 そこでミウさんは二つめを告げた。


「ん~、けどね、以前交際していた女性にモデルになってほしいと頼んで、その人そっくりの等身大人形を職人に作らせたらしいわ」


「それは……ちょっと過剰な趣向ですね」


「しかもその等身大人形が出来た途端別れたみたい」


「うわ……」


 どっちから別れを告げたか知らないが、人形にばかり執着している彼氏というのは、正直あまり良くは見られないだろう。


「そして女性と交際する度にそんなお願いをしていたそうよ」


「そんな個人情報、どこで手に入れるんですか?」


「ひみつ。ちなみにそのうちの一人は行方不明……。今回のマリさんの件と同じくね」


 偶然か、意図的なのかは分からないけど。

 二件とも同じような事件が身近に起きるっていうのは、僕が当事者だったらメンタルがもたないだろう。

 警察にも詰め寄られるだろうし。


 そして三つめ。これが一番重要だった。


「最後にあの家だけど、どうやら間取り図を偽装してたみたい」

 やはり、と僕は納得する。

 さっき僕に『あながち間違ってない』と言ったのはこの事だろう。


「毒嶋と設計士がグルでね、秘密のプライベート空間を作りたいって理由で施工主に上手く口裏合わせて改装してもらったそうよ」


 ミウさんは先程僕が印をつけた場所を指差しながら言った。

 やはり、白ちゃんが気になっていた場所と同じだ。

 あそこに何かを隠している?


「ちなみにこれらは実際に聞いて回った情報じゃないから信憑性には欠けるわ。あくまで仮説の確率上げと思ってね」


 十分だ。

 おかげで違和感が確信に変わった。

 行動に起こす価値がグンと上がったのだから。


「ちなみにミウさんの仮説として、毒嶋さんをどう思いますか?」


 と、僕は彼女に聞いてみた。

 思慮深いミウさんなら、浅知恵の僕とは違った意見を持っていると思ったから。

 彼女は「う~ん」と考える素振りを見せ。


「コトギ君、ピグマリオン・コンプレックスって知ってる?」


 唐突に、逆に質問で返してきた。


「ぴぐまり……なんですそれ」


「別の言い方だと、人形愛好家ペディオフィリア。要するに、人を模して作った人形に対して性的な興奮を覚えるタイプの人ね」


 聞いた事もないワードだが、ミウさんが何を言いたいのかが分かった。


「つまり毒嶋さんがそうだと?」


「うん、過去の情報と示し合わせて、かなり重度の特殊性癖っていう設定にするね」


 勝手に嫌な設定を盛られたものだ。

 当人からしたらたまったものじゃないだろう。


「すると、もしかしたらこの男、人形を愛でたいんじゃなく、人形と同じような感覚で人を愛でたいのかなって」


「それは……どういう」


「人を物言わぬ人形にして、自分の所有物にしたい、とか」


 僕はゾッとした。

 もし今までの仮説が本当だとして。

 それがマリさんの行方不明の原因なら。

 あの一室に隠されていたものは……。


「……やっぱり、もう一度毒嶋さんの家に行く必要があるな」


 そう思う僕だが、もはや正攻法で家の敷居を跨ぐ事は不可能だろう。

 確定的な情報でない以上、警察も取り合ってはくれない。


「どうやって入れてもらうの? さっきも無理やり押し入ったって聞いたけど」 


 心を読んだかのようにミウさんが問いかける。

 まあ、正攻法でダメならやる事は決まっているのだ。


「普通に不法侵入します」


 僕は法の番人ではないから。

 世の中のルールに則ってやるつもりはない。

 定石通りに生きて、守れなかった命がいくつあったか。

 未解決のまま葬られた事件がいくつあったか。


「コトギ君、それ……」


 もしなんの証拠も出なかったら僕は有無を言わさず逮捕となるだろう。

 けれど、それよりも。

 僕は死者を冒涜する人間が許せないのだ。

 もしも毒嶋さんがその手のタイプだったら。

 その罪と同等の報いを受けてもらう。


「とっても面白いじゃない!」


 気だるそうなミウさんの顔が、その時ばかりは生気に溢れた笑顔になった。



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