第7話 引きこもりの有能社員
毒嶋宅を後にした僕たちは一度事務所へ戻ると。
カズヤは我が探偵事務所のもう一人の社員に電話をかけた。
「あ、もしもしミウさん。急で悪いんだけど、ちょっと調べものお願いしてもいいですか?」
「うん、うん、あ~はいはい」
しきりに相づちを打ちながらメモを取るカズヤを見て。
多分色々と要求されているんだろうなと予想した。
そして通話を終えたカズヤは僕に言う。
「コトギ、野々倉の姉さんからおつかい頼まれた。調べものをする代わりにメモした品を買って来いって」
「え、僕が行く流れ?」
「そりゃお前が言い出した事だし。あと、ミウさん的にも俺よりお前のほうが話しやすいと思って」
余計な気遣いをしてくれる……。
「俺はさっきの事を尾道さんに報告しから資料をまとめておくよ」
言いながら、カズヤは早々に部屋を出て行った。
ちらりと部屋のソファーに目をやると、未だ弱々しく横たわる白ちゃんの姿。
「白ちゃん、僕ちょっと出かけてくるよ。動ける元気があれば先に帰ってていいから、お大事にね」
幽霊の体調を気にするのもおかしな話だが、衰弱理由が原因不明なため心配はしてしまう。
彼女はコクリと頷き、そのまま死んだように眠りについた。
実際亡くなっているのだけれど……。
ともあれ。
あまり気乗りはしないが、僕は買い物を済ませてミウさんの家に行く事にした。
彼女の家は事務所から左程離れていない。
ドアドアで三十分圏内、途中買い物をしても一時間以内には着く距離だ。
都内にしては立地の良いアパートに暮らしていると思う。
「さて……と、ミウさんちの鍵は……」
そして玄関の前に立った僕は、インターホンを鳴らさず合鍵を差し込み普通に侵入した。
これは女性宅への配慮が足らないとかそういうのではない。
彼女自身、インターホンを鳴らして出迎える動作が面倒だから。
と、以前ミウさんにクレームをもらったためだ。
「ミウさん、おじゃましますよ~」
僕は小声でそう言って、出来るだけ大きな音を立てずに忍び足で彼女の部屋まで進む。
その道中、やたらと散らかった衣類やゴミを見て、おそらくひと月くらい放置しているのだと予想しながら。
彼女の仕事部屋の前で軽くノックをする。
「失礼しまぁす……。ミウさん、頼まれた物買ってきました」
暗がりの部屋でパソコンと向かい合う部屋着の女性は、僕の声に反応して大きく間延びをした。
「ん~~っ、ぁあ」
リクライニングチェアをこちらに向け、小さく手を振りながら彼女は返事をすると。
「や。久しぶりコトギ君。おつかいありがとね」
眠たそうに挨拶をして、薬局で買ってきた品を受け取った。
ってか、よく見たら部屋着じゃなくて下着じゃねえか。
「ズボンくらい穿いたらどうです?」
「いや~長く引きこもってると着替えることすら億劫になってね。最近お風呂に入るのも忘れる始末だよ」
どうりで、髪ボサボサだもんな。思いっきりスッピンだし。
「そのうち声の出し方も忘れちゃいますよ?」
「うん、だから仕事の名目で君を呼んだの。誰とも会わないと本当に人間をやめちゃいそうだから」
自覚はあるらしい……。
まぁ、この人の私生活はどうでもいい。
本人の性分だからどうでも……。
「さて、それじゃあコトギ君、カズヤ君から頼まれた件についてだけど」
部屋が汚くてもどうでも……。
「ん……体震わせてどうかした? 寒い?」
だめだ、落ち着かない。
「ミウさん、ちょっとその前にいいですか?」
「なぁに?」
僕は我慢出来ず言った。
「とりあえず部屋掃除させて下さい!」
魔窟すぎるこの部屋で仕事の話など出来ようもないと、僕の五感が訴えていたのだ。
それから三十分程の時間を消費し、僕は彼女のアパートを人の住める居住区に変貌させた。
その間ミウさんには風呂場で身を清め、身だしなみを整えてもらい。
「さて、それじゃあ頼んでいたものを拝見させて下さい」
「はいは~い。まずはこれが毒嶋宅の間取り図」
どこに出しても恥ずかしくない美人秘書にアップデートさせたミウさんと向かい合い。
先程のやり取りは記憶からリセットし、今一度仕事の話から仕切り直した。
「モデルルームにも展示されていた家だからすぐに見つかったよ」
彼女にお願いしたのは毒嶋さんの家の間取り図の情報だ。
実際毒嶋宅を訪問した際に、ある程度の間取りは把握したつもりだ。
けれど一点気になることがあった。
それは書斎の壁。
あの部屋の一部分に、かすかな隙間風を感じた。
あるいは気のせいかもしれない。
だがあの部屋に入った瞬間、妙な悪寒が走ったのだ。
何より白ちゃんの凝視していた場所が、僕の違和感と合致した。
あの箇所に触れようとした彼女を拒絶したものが何なのか。
本棚と壁紙に隠れた先にヒントがあるかと思い、情報収集に長けたミウさんに家の詳細を調べてもらったのだ。
そして見えてきた。
「毒嶋さんが書斎に使ってた部屋、この間取り図よりも狭かった気がする」
この間取りを見るに、書斎に使われていた部屋は十二畳と記載されていた。
しかし実際中に入ってみた時は、およそ三分の一のスペースが無くなっていた気がする。
おそらくは途中で薄い壁を取り付けた可能性がある。
「この部屋のこの部分、多分壁を増設したかもしれない」
僕は指で壁があった部分に円を描く。
「ふぅ~ん、なるほどねぇ」
ミウさんは含みのある返事で相づちを打つ。
あまり勘だけでものを言うのは良くないが。
「あの場所から妙な、霊的な反応がかすかにしたので気になっていたんです」
こういう話を言える数少ない人物である彼女に、僕は回答を仰ぎたかった。
ミウさん目線で、僕のロジカルに欠ける違和感はどう映るのか。
するとミウさんは微笑を浮かべ言った。
「理屈も何もない直感頼みの推理。そういう非現実的な考察、私は好きだよ」
褒められている……のかこれ?
「けど、あながち間違ってないかな。それじゃここからは……この毒嶋という男の細部まで調べたプロフィールも参照していこうか」
そう言って彼女はもう一枚の用紙を僕に見せ。
彼の素性を掘り下げる事にした。
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