第6話 違和感のある空間



 広々とした豪邸の一室、その客間に通された僕たちは吸い込まれるようなフカフカのソファーに身を預けた。


 辺りを見れば、部屋のあちこちに人形が飾ってある。

 種類は分からないけど、多分外国の人形だと思われる。

 と、一息吐いたところで毒嶋さんは尋ねた。


「飲み物は……お茶でいいですか?」


「いやぁ~、押しかけたのにわざわざすみません」


 不機嫌そうな毒嶋さんに対して営業スマイルで返すカズヤ。

 うん、今がチャンスだ。


「カズヤ、ちょっとお願いがあるんだけど」


 キッチンに向かう毒嶋さんを横目に、小声で作戦を伝えた。


「……お前、それ確証があるのか?」


「分からない。今のところ霊的反応もないよ。けど少し気になってね」


 僕が言うと、カズヤは考える素振りを見せ。


「そうか、分かったよ。ちょっと無理やりだけどやってみる」


 おもむろに席を立ち、キッチンのほうへと向かった。

 そして聞こえてくるカズヤの接客モードの声。


「うわっ、広いキッチンですね~。これ設置するのいくらくらいなんですか?」


「おい、勝手に入ってくるなよ」


「あ、いや失礼。実は先程からお手洗いに行きたくて……」


「ちっ、上がり込むなりホントに失礼だな。……そこの扉を出て突き当りだよ」


「えっと……すみません広すぎて迷ってしまいそうで」


「あ~もう、こっちだよ!」


 などとやり取りをしながらカズヤは毒嶋さんを誘導する。

 おかげで僕も動けるようになった。


 彼らの声が離れていくタイミングで僕も音を出さずに席を立ち。

 そして白ちゃんが向かった部屋へこっそり侵入した。


「……ここは、作業部屋?」


 中は至って普通。

 壁一面に陳列された本棚と、大きなダブル画面のパソコンが置かれたデスク。

 散らかってはいるが、特に怪しいと思う箇所はない。

 そんな中白ちゃんはただ一点、一つの本棚をじっと見つめていた。


「……ここが怪しいの?」


 コクリと彼女は頷く。

 そして白ちゃんは本棚にそっと手を伸ばし触れようとしたその時。


 突如、彼女は何かの衝撃を受けたように物凄い速度で吹き飛んでいった。


「白ちゃんっ!」


 何が起きたのか分からない。

 幽体である彼女は壁をすり抜け家の外まで追い出されてしまい。


「この壁の向こう側に、何かあるのか?」


 僕は原因を調べようと、本棚をずらそうとしたところ。


「しかしすごい数の人形ですね。コレクターなんですか?」


「そうだよ。リアルを追及しつつデフォルメの芸術性も兼ね揃えた作品は特に俺の琴線を刺激するからね」


 間の悪いタイミングで、二人の声が近づいてきた。

 いや、カズヤは十分時間を稼いでくれたほうか。


「あ、これフランスの有名なやつですよね? 作者は忘れたけど数百万するとか」


「カルロ氏の傑作だよ。両目にダイヤモンドが埋め込まれているんだ」


「は~レプリカじゃない物は初めて見ましたよ。良い経験させてもらいました」


「というか君トイレに行きたいんじゃなかったの?」


 僕は急いで部屋を出てキッチンのほうまで戻った。

 すると、やはり毒嶋さんは不機嫌な表情を浮かべる。


「おい、なんで君まで勝手にキッチンを覗いているんだ。プライバシーの侵害だぞ」


 まあキッチンどころか作業部屋まで侵してしまったけど。

 と、そんな事よりも。


「すみません、二人共なかなか戻って来なかったもので……」


 僕は軽い謝罪を加えると。


「あ~そうだ、実は急用が入りまして……せっかくお茶を用意して頂いたのですがすぐに戻らないといけないのでここでお暇させて頂きます」


「え、ああ……」


 野外まで飛ばされてしまった白ちゃんを追いかけ早々に毒嶋宅を出た。






 外に出た僕は辺りを見渡す。


「どこまで飛ばされたんだ……」


 まさかさっきの衝撃で強制的に除霊されちゃったとか……。

 そんな不安を抱きながら彼女が飛ばされた方角に目を向けていると。

 ふと、住宅街の中心にある公園で、仰向けに倒れた白ちゃんの姿を見つけた。


「見つけた!」


 急いで駆けつけ、彼女の安否を確認。


「おい、大丈夫か?」


 彼女は弱々しく頷く。

 幽体である白ちゃんに当然外傷はない。

 しかし彼女の疲弊した表情を見るに、何かしらの霊的なものが働いたのだろう。

 霊を寄せ付けない、邪気払いのようなものが。

 と、そんな時。僕の後を追いかけてカズヤがやって来た。


「コトギ、どうしたんだよ突然」


 後先考えずに飛び出しちゃったけど、多分カズヤは毒嶋さんに上手く話しをつけてくれたのだろう。


「カズヤ、これから毒嶋さんに焦点を当てて捜査していこう」


「……やっぱ、さっきので何か分かったのか?」


 まだ確定的ではない。

 白ちゃんが僕について来た理由も、あの部屋に入った理由も不確かだ。

 けれど彼女が体を張って教えてくれた証拠を、無駄にはしたくない。


「ああ、僕の優秀な相棒が教えてくれたんだ」


 僕は白ちゃんを見ながらそう言った。


「え、俺何か言ったっけ?」


 お前じゃねえよ。


「……とにかく、これからマリさんが行方不明になった日を遡って、毒嶋さんのアリバイを確かめていこう」


「へへ、任せろよ。優秀な相棒が必ず証拠を見つけてやるさ!」


 だからお前じゃねえって。


 照れながら鼻下をこするカズヤに若干イラっとしながらも。

 僕たちは事務所に戻り、捜査を開始した。



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