狂愛のペディオフィリア

第3話 行方不明の女大生



 ある日の朝、職場の人間から電話がかかってきた。


『コトギ、急な依頼が入った。悪いんだけど出来るだけ早めに出勤してもらえるか?』


 電話の主は、僕の勤務先の同僚……というか社長を務めている難波なんば 一哉カズヤ


 彼とは高校の同級生であり、数少ない友人と呼べる人間だった。

小さいながらも探偵事務所を立ち上げた行動派で、僕は半ば強引にカズヤに引き抜かれ共に仕事をしている。


 そんなカズヤだが、勤怠管理にはうるさく、プライベートのオンオフに重きを置いているタイプだ。

 普段仕事の依頼が入っても必ず僕が出勤してから告げる男が、今日に限ってはやけに急かしてくる。

 正直めずらしかったため、嫌悪感なく僕は二つ返事で返した。


「ああ、分かった。すぐに行くよ」


 そう言って、早々と身支度を整え足早に玄関へ向かうと。

 不思議そうな顔をした白ちゃんがちょこんと立って僕を見つめる。

 まあ、普段なら朝食を食べてる時間だしな。


「なんか急な仕事が入ったんだってさ。ちょっと早いけど行ってくるよ」


 と言って僕が扉を開けると。

 スゥッと、白ちゃんも僕の後に続く。


「えっ、白ちゃんも出かけるの?」


 コクリと頷く。


「あ、うん、じゃあお気をつけて?」


 幽霊に気をつけるも何もないだろうと自分にツッコミを加えつつ。

 戸締り確認をしてからアパートの階段を駆け下り。

 最寄り駅まで競歩並みのスピードで歩いていると。

 何故か彼女もピッタリと僕の後をついて来るのだ。


「……どうした?」


 白ちゃんは何も反応せず。

 僕が足を止めると彼女もピタリと動きを止めた。


「……?」


 そして再び僕が歩を進めると、白ちゃんも一緒に追従し。

 また立ち止まって振り返ると彼女も止まる。


 なんだろう、この『だるまさんが転んだ』的な流れ。

 しばらく様子を見ながら歩き続けることにした。





 電車に乗り。

 事務所のある駅で降り。

 そして職場まであと少しというところで。


「いや、いつまでついて来るの!?」


 遅ればせながら白ちゃんに尋ねてみた。

 彼女は無表情で僕が向かう場所……つまりは探偵事務所をじっと見つめ。


「もしかして、事務所に入りたいの?」


 僕が目的地を指差し言うと、彼女は静かに頷いた。


「え~、まあ、いいけど」


 何故急に僕について来たかは分からないが、ここで立ち止まり白ちゃんに構っている時間はない。

 何より、普通の人には見えない彼女とジェスチャー踏まえたコンタクトを図っていると、道行く人に不審がられるのだ。

 疑問が残りつつも、僕は彼女と共に探偵事務所へ出勤した。






 安いビルの一間を借りて探偵事務所と謳う、十二畳ほどの小さいオフィス。

 従業員は僕と……ほとんど引きこもりのリモート社員だけ。

 そんなサークル活動的な職場にめずらしく、本日は来客を招いていた。


「おう、悪いなコトギ、急かしちまって」


 扉を開けた先で、カズヤは軽い謝罪をしながら出迎え。

 そして、来客用のテーブル席に腰かける若い女性に目を向けた。


「この子が今回の依頼人だ」


 僕らよりも若干若く見える女性は小さく頭を下げ。


尾道 優里恵おみち ゆりえです」


 と、これまた控え目に自己紹介をしてきた。


「どうも、松日奈 言義まつびな ことぎです」


 前者に倣って僕も軽い挨拶を済ませ、二人から今回の事情を伺うことに。






 話を聞くと、彼女は都内に住む女子大生であり、普段この時間帯は大学で講義を受けているらしい。


 出席日数を削ってわざわざこの無名な探偵事務所に顔を出すには理由があった。

 端的に言うと、大学の友達が行方不明なのだ。

 つまり今回は人探しの依頼ということ。

 それだけ聞くならば、別に僕が早く出勤する必要もなかったのでは?

 と、ちょっと不満を口にすると。


「その……マリっていう子なんですけど、もしかしたらあの子、殺されているかもしれなくて」


 そんな物騒なことを彼女は告げてきた。


「殺され……って、殺人事件?」


 カズヤのほうを向くと、「この子から聞いてくれ」と逆に視線を誘導された。

 一呼吸置いて、僕は彼女に質問をしてみた。


「尾道さん、ご友人と連絡が取れなくなったのはいつから?」


「え……と、五日前です」


 僕は彼女に質問を続ける。


「警察に届け出は出したの?」


「はい、マリの親が」


「まだ有力な情報は入ってこない?」


「警察のほうもいくつか目星は付けてたみたいです……でも」


「決定打にはなっていないと」


「……はい」


 すると、カズヤは僕に言った。


椚木 麻里くぬぎ まり、尾道さんと同じ大学に通ってた子で、行方不明になる前、マッチングで知り合った男と会ってたらしい。すでにニュースで報道されてたぜ」


 そうなの? 完全に聞き流してた……。


「ならその知人男性が怪しいんじゃないの?」


「当然、警察も男の素性を調べた。毒嶋 成久ぶすじま なりひさ三十一歳、株なんかの投資で資産を稼ぎ、瞬く間に富を築いて会社を立ち上げたそうだ」


 すごい出世人じゃん……。


「今はブログを始めとした有料サイトの管理会社で社長を務めている。これ男の写真な」


 そう言ってカズヤは男の顔写真を僕に渡してきた。

 なんというか、整った容姿だ。

 顔も良く、若くして社長……ね。

 男の二大ステータスを有したチート級な資産家。

 この時点ではなんとも言えないけど、一般人目線から、責任を負う立場の人間がそう簡単に殺人を犯すとも思えなかった。


「それで、その人は結局黒じゃなかったの?」


「ああ、よくマッチングで若い女性と会ったりしてたみたいでな、知り合った女性に聞き込み調査をしたようだが、特に怪しい話は聞かなかったらしい。家宅捜査にも応じたが、結局証拠も出てない」


 じゃあその人は違うのか。

 …………う~ん。


「尾道さん、さっきマリさんが殺されているかもしれないって言ってたよね? それはどういう理由でそう思ったの?」


「それは……」


 尾道さんは緊張気味に言った。


「声が……」


「声?」


「毎晩、マリの声が聞こえるんです。助けてって、ここから出してって……」


 恐怖心に駆られたような、強張った様子で。

 彼女はそう言った。



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