第2話 コトギと無口な同居人



 突然だけど、僕の日常生活の話をしよう。


 取り留めもなく月並みで、退屈な話かもしれない。

 けれどおそらく、世間一般で語られる日常とはほんの少しだけマイノリティーな日々を送っているかもしれない。

 そんなレアケースかもしれない一例を、少しだけ。




 僕の名前は松日奈 言義まつびな ことぎ

 社会人二年目、まだまだ若輩者の、しがないサラリーマンだ。

 職種で言えば一応探偵って事になってはいるが、正直オフィスで働く正規会社員との違いは分からない。


 働き始めて思ったが、探偵という職業は思った程ロマンあるものではなかった。

 仕事内容と言えば主に男女間の浮気、不倫調査。

 知り合いの身元調査。

 サイトに載っている不動産や飲食店に反社会勢力が関わっているかどうかを調べる企業調査など様々あるが。


 漫画で見たような犯人を暴く駆け引きなど一切起こらず。

 延々と外で張り込むか事務所のパソコンと睨めっこするか……。

 いずれにしても地味でメンタルを削られる仕事には違いなかった。



 と、仕事の事はこれくらいにして。

 話は変わるけど、僕にはルームシェアをしている人がいる。

 無口だけど面倒見が良く、意外に気が利く女の子だ。

 帰りが遅いと寝室のベッドメイクをしてくれるし、たまに家の掃除もしてくれる。

 補足を加えると、『人』と定義するべきか曖昧ってとこ。

 ともかくそんな同居人との生活を少しピックアップしよう。






 とある休日。

 朝日と共に目覚めた僕は、上体を起こしながらリビングへと向かう。

 扉を開けると、食卓を囲む椅子に僕よりも先に小さな女の子がちょこんと座っていた。


「おはよう、白ちゃん」


 僕が朝の挨拶をすると、少女は微かに口角を上げながら静かに頷いた。


「僕が起きるの、待っていたの?」


 再びコクリと頷く少女。

 僕はドリップコーヒーを淹れて対面に座ると、彼女はテレビのほうに視線を向け。

 数秒後、何も操作せずにテレビの電源がついた。


 流れるのはニュース番組。

 何処どこの店に強盗が入っただの、アイドルがファンに襲われただの、痴漢だの不倫だの暴行だの……。


「治安悪いねぇ」


 そんな感想を漏らす。

『他人の不幸は蜜の味』とはよく言ったものだ。

 愛犬愛猫を愛でる映像や、イベント行事に興奮している町の人よりも。

 凄惨な事件や、著名人の不祥事のほうが圧倒的に印象に残りやすく。

 何よりメディアが湧き立つのだから。


 許せないという同調圧力がそれを成している。

 身勝手な略奪、一方的な暴力、度を越えた独占欲。

 それらの記事を見て腹を立てるのはまあ分かる。

 けれど冤罪で加害者認定された人はどうなる?

 誰かの尻ぬぐいで責任を負わされる立場は?

 肉親の粗相で責め立てられる家族は?


 関係ない……マスメディアから容赦なく叩かれる。

 彼らの言い分などお構いなしで、善悪は多数決で決まってしまう。


 はたしてそれは正義か?

 集中砲火を浴びせるための生贄投票ではないのか。

 火種を起こした人間を徹底的に糾弾することで己の承認欲求を満たし。

 標的がいなければ見つかるまで探し続け。

 際限なく求め続ける。

 いじめやハラスメントが無くならないのは、それがその人にとっての活力剤であり、根源的な欲求だからだ。


 正直、僕は報道陣やそれに便乗して捲し立てる一般市民を、好きにはなれなかった。




 っと、悪いニュースを見ていると、心の治安まで悪くなってしまう。

 いらん事をポツポツ思考してしまうのは僕の良くない癖だ。


「白ちゃん、チャンネル好きなのに変えていいよ」


 僕は少女にテレビの主導権を譲ると、数秒後、魔法少女もののアニメ映像に切り替わった。


「ああ、いいね、良いチョイスだ。余計な事考えずに脳死で見れるよ」


 少女の外見相応の番組選択に大いに称賛し、コーヒーを啜りながら一緒にアニメ鑑賞に興じた。





 僕の対面に座る少女。

 半年程前から僕の部屋に住むようになった、女の子の幽霊だ。


 彼女は無口で、言葉を介したことは一度もなく。

 何故僕の前に姿を見せるようになったのかも分からない。

 ちなみに彼女の名前は僕が名付けた。

 安易だけど、いつも白いワンピースを着用しているから僕は白ちゃんと呼んでいる。


 一応無害な霊だし、ここにいるのには意味があると思ったから。

 僕は今日までこの子と共に生活をしている。


「白ちゃん、僕今日休みなんだけど、一緒にどこか出かける?」


 僕の問いに白ちゃんは微笑を浮かべ、少し強めに頷き返答した。







 とまあ、これが僕の日常であり、休みの日のルーティンである。


 そして自分自身、こんな生活も悪くないと思っているのだ。

 彼女のおかげで、一人暮らしに退屈しないし、それに。

 仕事柄、人間関係のトラブルを嫌というほど見てきて日に日に擦り減る心を。

 彼女の無垢な微笑みが僕の柔肌メンタルを癒してくれるから。


 それだけで、悪意はびこる世の中がちょっとだけ明るく見えて。

 それが故に、僕が探偵業を続けられる理由になっているのかもしれない。



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