スカー様と君
「……血を、頂けたので」
言って、頬が熱くなる。
私にとっては生きる上で大事なことで、これまでも名前も知らない誰かから頂いたことがある。
だけど、だけど……。
彼の目を見られなくて、視線を逸らしていると、彼の声が耳に入る。
「それは良かった。……聞こえていたと思うが、今日は特に収穫もなく、すまない」
「いえいえそんな! 私なんて寝ていただけですし」
事実だけど、自分の言葉が胸に刺さる。
厄介事を持ち掛けておいて、自分は寝ているなんて。
「絶食状態が続いていたんだ、仕方ないさ」
絶食。
「……っ」
何とんなく、喉を擦る。
その言葉を聞いて最初に思い浮かべるのは、血。
──ミス・シラーの指から、絶え間なく溢れ落ちていく、赤い、赤い……。
思い出し掛けて、頭を振った。
「どうかしたか?」
「いえ、つい」
「もしかして……アッシュから血をもらってないのか?」
「も、もらいました。ありがとうございます、お手間を取らせたみたいで……」
「どうせ魔法でどうにかなる。今日はタイミング合わずカップに注いでいったが……やっぱり、直接の方がいいか?」
「……っ!」
直接って、直接、肌に牙を……。
頬の熱が増していく。──いやちょっと待って。やっぱり?
「やっぱりって、何です?」
問うと、彼は眉を寄せ、ほんのり首を傾げた。
「直接飲んだ後、満足そうな顔をしていたじゃないか」
……え。
「私、誰のを直接飲んだのですか」
「俺の」
「い、いつですか?」
「昨日」
昨日っ! ……え、あれ、全然記憶にない。……え? 直接って……直接って!
思わず後退ったけれど、背に布の感触が伝わり、テントが揺れる。こんな雨の日に暴れたら危ない、最悪破けてしまうかも。
動きを止めて、真っ直ぐに彼を見つめる。
まずは、訊かなければ。
昨日、私と彼の間に、何があったのか。
「ミスター・アルフェラッツ」
覚悟を決めつつ、だけどさすがに、彼の名前を口にするのは恥ずかしいからとそう呼べば、
「スカーでいいと言った」
すかさず訂正された。そんな会話もした覚えがない。
「で、では……スカー様! 私その、昨日の記憶が一部欠けているみたいなんです!」
「……だろうな。昨日の様子は、何と言うか……酒に酔っているみたいだったな」
「盛りました?」
「盛ってはいない。アッシュに訊いてもらってもいい」
ですよね……。
一滴も飲んでいないのにお酒に酔った状態って、どんなだ。──どんな痴態を晒したんだ私は!
両手で顔を隠すとかなり熱くなっていて、思わず肩が跳ねた。
「だ、大丈夫か?」
「あんまり大丈夫ではないですかね、はい」
場所が許せば転げ回る。
「……君にとって直接の吸血行為は、恥ずかしいことなのか?」
耳に入った彼の声は、アッシュさんに向けた呆れの混じったものではなく、静かな、こちらの動向を探るようなものだった。
恥ずかしい? 恥ずかしいに決まっている。
両手を顔から離して、ゆっくり、視線を向け──目が合う。
何故か彼は、スカー様は、驚いたような顔をしていた。
「わ、たし、吸血鬼、ですから……人間から血を頂くことも、時にあります、けど……その……」
「君、無理しなくても」
「お、夫って、初めてで!」
「……っ」
「恋人も作ったことないのに、一足飛びに夫とか、奥様とか、ちょっと……混乱します! そんな時に、痴態を晒して吸血までさせてもらうなんて……恥ずかしくて干からびそう……」
目が潤み出してきた。
私ったら何を口走っているんだろう。妙に焦って、口の好きにさせ過ぎたんじゃない?
スカー様だってこんな私を変な吸血鬼って思うはず。やらかした……あぁ!
「……あのな、君。一応、一応はその、手首だった」
悶々としている所に、スカー様の声が耳に入る。静かな、落ち着いた声だ。
「……手首」
手首に、がぶっとしたのか。
「手首なら、まだその……救命行為なんじゃないか?」
「……」
「……」
何を言っているんだろう、この人。
「君は絶食状態で、血を飲まなければ命に関わっていた。仕方のない、救命行為だったんだ」
「……です、かね」
いや、私もそうか。
変なことばっかり、お互いに。
「そういうことに、しておこう」
「……そう、ですね……はい!」
「夫婦のお話は済みましたか?」
「ぎゃああああああああああああああああ!」
落ち着きかけた場が荒れたのは言うまでもない。
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