#300 完璧紳士


「マジかよ……」


 そこら辺のプレイヤーであれば容赦なく倒せたというのに、まさかフレンドと対戦する事になるとは。

 どちらか一方しか先に進む事が出来ないルール上、ここは無かった事に……みたいな事も出来ないしな。

 デスワさんには悪いが、今回は【腹減らずのお守り】を手に入れてしまっている以上、絶対に負ける事は出来ない。……そもそも、負けてやる道理も無いが。


「あら? 随分とショックを受けてますのね?」


「うーん、なったばかりとは言えフレンドをボコすのは流石に気が引けると言うか……」


「へぇ……ワタクシ達に勝つ気でいらっしゃると?」


「いやそりゃあだって……なあ?」


 デスワさんの目がそっと細まり、口元に微笑を浮かべる。

 確かにデスワさんは強いのだが、今回組んでいる味方が厨二だしなぁ……。正直負けるビジョンが見えないし、前回みたいにおまわりさんみたいな仲間と組んでたら瞬殺してしまうかもしれない。

 今回は一体どんな相手を組んでいるのか……とデスワさんの隣に立つ人物へと視線を向ける。


 そこに立っていたのは、ニコニコと笑顔を浮かべている初老の見た目の男プレイヤー。

 装備は俺達と同じ探索用の物ではあるから実力の判別は付かず。

 だが、あまりにも立ち姿勢が完璧だ。軸が一切ブレておらず、普通に立っているだけなのに様になっている。

 その振る舞いからデスワさんの育ちの良さが垣間見えたように、この人物も並々ならぬ地位の者なのかもしれない。

 どうやらここのPVPエリアでは相手の名前が見えるようで、注視すると隣に立つ男の名前が浮かび上がった。


 『完璧紳士』。それがその男の名前だった。


「えーっと……かんぺきしんしさん? で良いのか?」



「──ッ!! でございますッ!!」



 それまで保っていた沈黙を破り、謎のポージングを決めながらそう叫ぶ完璧紳士……完璧パーフェクト紳士。

 色々とツッコミたい所はあるんだが、取り敢えず。


「いやそこはパーフェクトジェントルマンじゃねえのかよ」


「気兼ねなく、セバスとお呼び下さい」


「もはや関係ねぇじゃねえか!?」


 何だこの人……凄いまともそうな人だと思ったのにかなりの変人だぞ。

 身内にもそこそこ変人は居るが、その中でも上位に位置する程の変人度合いだ。

 思わずそのあまりの変人ぶりに圧倒されていると、隣に立っていた厨二が肩を叩いてくる。


「ねぇ村人クン。……茶番はそろそろ終わりにして始めないかい? さっさと次に進みたいんだよねぇ」


「あ、ああ……」


 危ない、ペースを向こうに持ってかれる所だった。

 暇そうにあくびをする厨二はとんとんと肩を叩くように道中で拾った長剣を扱っていたが。


「──さようなら」


 開戦の合図は無く、厨二が音も無くセバス氏の首を狙い澄まし、長剣を一閃。

 まず間違いなく構えて無ければ回避不能な一撃。可哀想に、と内心思いながら厨二の無慈悲な一撃の行く末を見守ろうとしたのだが──。


「ほっほ。容赦の無い、不意の一撃──見事な物です」


 だが、セバス氏は長剣を見る事無く、正確に指だけで剣の切っ先を止めて見せた。

 さしもの厨二も驚いたような顔を見せたが、即座に剣の持ち手を蹴り上げてセバス氏の手を上方へと跳ね上げる。

 続く二の手、懐から抜き去った短剣でセバス氏の腹部を刺そうとするが──。


「ふむ、予想外の状況からの復帰も早い──良い戦士ですな」

 

 だが、それすらも予測していたのか、ノータイムで繰り出された足技によって、厨二の持つ短剣が蹴り上げられる。

 回転しながら飛んで行った短剣は、金属音を鳴らして地面を転がった。


「反射神経の化け物──厨二と同じ類か!?」


 有り得ない、あの速度の攻撃を即座に対応出来る人間なんてライジンや厨二レベルだぞ!?

 一体どんなゲームで鍛えたらそんなレベルにまで……!?


「ほっほっほ、これほど血沸き肉躍るのは久しぶりですな」


 拳を鳴らしながら、獰猛な笑みで笑って見せるセバス氏。

 獲物を見つけた狩人さながらの冷酷な笑みに、鳥肌が立つ。

 厨二がすかさず近接戦闘に移行し、鋭い攻撃を繰り出し続けるが、その悉くを捌かれ続けていた。


「鳩がバズーカ喰らったみてぇな顔してやがりますわね、初見なら無理もねぇですわ」


「ッ!」


 勢いよく踏み込み、正面から拳を握りしめてデスワさんがこちらへと詰め寄る。

 繰り出された拳を咄嗟に後方に飛びながら回避すると、口元を腕で拭いながら彼女は言う。


「爺やは元傭兵ですわ。──、と頭に付きますがね」


 ──は? ? こいつは何を言って……?


「爺やは幼少期から紛争の絶えない地域で育ってますの。そうせざるを得なかった状況から、人並外れた実力が身に付いていますの。……文字通り生きるか死ぬか、そういう世界を生き抜いてきた人間ですわ」


 ──VRゲームが得意な人間には、二種類の人間が存在する。


 一つは、単純にゲームそのものが上手い人間。

 VR空間での身体の動かし方を完璧に理解し、柔軟な思考が出来る人間の事。

 また、卓越した反射神経を持つ者や状況に応じた機転の利く人間がこれに該当する。


 そしてもう一つは、

 常軌を逸する才能の塊は、何も現実世界の肉体でのみ幅が利く訳では無い。

 例えそれが仮想の物であろうとも、一瞬で物にし、現実世界と遜色ない──いや、実質物理的な可動の制限が無い以上、それを上回る程の実力を発揮する事もある。


 もしデスワさんの話が本当であれば、目の前に居るセバス氏は、後者に該当する。

 ゲームが上手いとかそんな甘ったるい次元の話じゃない。

 本物の戦場を超えてきた人間の、圧倒的リアルスペックの暴力だ。


「ワタクシはこれが見たかったんですの。仮想の最強の傭兵、傭兵Aと、現実の最強の傭兵、セバス。このカードは絶対に見逃せねぇんですわ」


 いっそ狂気的なまでに口角を吊り上げて笑うデスワさん。

 待て、もしかしてデスワさんってAimsの俺を知ってるのか!? いやまあ大場でも気付いたぐらいだし気付く人間はそりゃ居るよな……!

 デスワさんから衝撃的な話を聞かされている最中、ひたすら拳を交え続けている厨二は不機嫌そうな声音で呟く。


「さっきから黙って聞いてりゃ傭兵Aだの本物の戦場を生きた人間だの。僕の事は路傍の石扱いかい」


「いいえ、ワタクシの情報網を舐めないでくださいまし。当然、有能な人材の情報については全てこの頭の中にインプットされているのでごぜぇますの」


 その発言に、厨二は怪訝そうな表情を浮かべる。

 そして──。


「……? さん?」


「ッ!?」


 デスワさんの言葉に、普段動揺を見せない厨二が目に見えて動揺した。

 その一瞬の隙を突いて、セバス氏が猛烈な勢いで腹部に拳を叩き込み、厨二の身体が軽々と吹き飛んだ。


「厨二ッ!?」


「あら、そんなに動揺するとは思いませんでしたわ。セバス、興を削いでしまってごめんあそばせ」


「いえ、お気になさらないでください、お嬢様。戦いとは、油断した者から死ぬ物ですので」


 あの厨二が無防備に一撃をもらうとは思いもしなかった。

 だが、足? 足がどうしたってんだ? ……まさか、厨二のリアルの話、とか?

 途端、冷えた感情が湧き上がってくる。


「……リアル方面から攻めるのは反則だろうよ」


「あら、本人の希望でしたからお答えしただけですのに」


「とは言え、身体的な話はデリケートな話題だろうが」


 思わず語気が強くなってしまうが、流石にその発言は限度を超えているから仕方ない。

 デスワさんは、少し気圧されたように身体を引いてから。


「確かにそうでしたわね。……いくらなんでも度が過ぎる発言でしたわ。ごめんなさい」


「俺に言うんじゃなくて本人に言って欲しいもんだがな」


「でも、さっきのセバスの一撃で彼は……」


 瞬間、その場の空気が冷えたような気がした。

 デスワさんとセバス氏はほぼ同時に、先ほど厨二が吹き飛んで行った方向に顔を向ける。


「いやぁ、久々に油断しちゃったなぁ。失敬失敬」


 そこには、オーラを立ち昇らせながら起き上がる影が一つ。


「本物の傭兵だとか、そんなの知ったこっちゃないけどねぇ。一つ、教えてあげる」


 深く息を吐き出しながら、影──厨二はセバス氏に向かって指を突き付けた。


「この世界はゲームだ。現実なんかに囚われてちゃあ、僕は殺しても殺し切れないよ。──【王の再臨リ・キングスアウェイクン】!」


「良いでしょう、ならばもう一度殺して差し上げます」


 第二ラウンド、開始。

 

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