#299 豪運とまたしても


 現状を整理しよう。


 今、俺はアガレスの大穴に挑んでいる……筈だ。一階層で転移罠を踏んでしまい、この真っ白な部屋へと飛ばされてきた訳なんだが……なんでこの部屋の一部分にバベルが存在する? 少し、考察してみるか。


 仮説その一、アガレスの大穴の外に飛ばされている可能性。


 ほぼ有り得ない話だと思うが、この部屋が地上から見えないレベルで高い場所に存在して、そこにたまたま飛ばされた……うん、言ってて余計無さそうな気がしてきた。この仮説は没で。 

 

 仮説その二、ここがバベル内部の可能性。


 外部から見えない場所に存在し、尚且つバベルの内部であるならば、この白い部屋の端っこにバベルの壁があるのも納得は行く。……納得は行くが、余りにも変な構造じゃないか? 円形の塔なのだから、この部屋も円形であるべきだと思うんだが……生憎とこの部屋は真四角だ。欠陥住宅かな? うん、没。


 仮説その三、バベルそのものがもっと地下から建造されている可能性。


 一番納得が行くのがこの説だな。地上にあったバベルに入り口が存在しなかったのは、本当の入り口が地下に隠されていたからという理由。あれだけ巨大な塔だ、内部に入る事が出来ないなんてそれこそ物資の無駄遣いだろうし……何かしらの手段で入れるようにはなっているのだろう。


「でもなんでわざわざ地下から地上まで伸ばしてきたんだろうな……? 別に地上に作れば良い話だろうに」

 

 地面を刳り貫かなければならない都合上、絶対に地上から建築した方がコストも手間も掛からないだろうに……うーん、いまいち理由が分からないな。地下と行き来する為だとしても、地上に入り口が存在しないのなら意味が無いしなぁ……。

 バベルをジッと見つめながら、呟く。


「……アガレスの大穴……ね。この迷宮の深奥には一体何があるんだろうな」


 地下の深奥。そこは、かつて神を打ち滅ぼした決戦兵器が眠るとされる場所……らしい。未だ謎だらけのその場所に思いを馳せていたが、すぐに頭を振って目の前の目標へと思考を戻す。


「いや、まずは50階層踏破から、だよな」


 そう、地下の深奥を目指したいのならまずは迷宮の踏破が不可欠だ。

 その為にも、まずはこの部屋に置いてある宝箱の中身の確認からだな。

 部屋の中央に置いてあった宝箱に手を掛け、ゆっくりと開くと──。


「……ん? これは……」





「おー、おかえり。遅かったねぇ、キミが帰ってくるまで3パーティは潰しておいたよぉ」


 プレイヤー達が落とした袋の上で退屈そうに待っていた厨二がこちらへと手を振る。


「……やっぱり俺居るか? お前だけで十分じゃね?」


「あっはっは、まぁ一階層だからねぇ、装備も整ってないプレイヤーに負ける道理はないサ」


 簡単そうに言ってのける厨二だが、実際やってる事はえげつないんだよなぁ……。

 ポーションをぐびぐび飲みながら、厨二は首を傾げる。


「で、隠し部屋の宝箱には何が入ってたんだい?」


「……見たい?」


「見たいに決まってるさぁ。隠し部屋の宝箱は確定でレジェンダリーアイテムが入ってるらしいからねぇ」


 やっぱりあの部屋の宝箱のレアリティは確定なのか。まあそれにしてはが出てしまったんだが……。

 俺は宝箱から出たアイテムを実体化し、厨二に見せびらかすように掲げる。


♡」


「!?!?!?」


 普段滅多に表情を崩さない厨二が面白いように表情を変える。

 そう、俺が見せたアイテムとは──空腹度の減少を無効化するお守り、【腹減らずのお守り】だ。

 流石の厨二も予想外だったのか、心底驚いたような声を出す。


「おいおい……! 本気で言ってるのかい? 流石に運が良いってレベルじゃないと思うんだけど!?」


「ふはははは! これだから運ゲーは止めらんねぇ!! だけどこういう上振れした時って大体後で下振れ引くから嫌なんだけどな!!!」


 どれぐらいレジェンダリーアイテムが存在するのかは分からないが、その中でもピンポイントで一番欲しいアイテムを手に入れてしまった。こういうリアルラック方面はライジンやポンの方が高いのだが、たまにこういう事があるからローグライクは面白いんだよな。

 ちなみに一番この手のゲームで運が悪いのはボッサンだ。いつも死んだ目で『試行回数こそ正義』『出るまでやれば100%』ってぼやいてるイメージがある。


「正直一発踏破なんて考えて無かったんだけどサ……流石にそれを手に入れたからには今回でクリアしておきたいねぇ」


「だな。次手に入る機会がいつやってくるか分からんし……」

 

 【腹減らずのお守り】を持ち上げながらそう呟く。もし踏破出来なかったとしても、絶対にこのアイテムは持ち帰りたい。50階層踏破による恩恵──装備品の持ち込み許可でこのアイテムを持ち込むだけでも難易度がぐっと下がるからな。


「良いアイテムが手に入るまではガンガン行こうと思ってたけど、それが手に入っちゃった以上は安牌取りつつ攻略していくのが最善だねぇ。レベリングしつつ、さっさとボス階層まで行こうか」


「了解、俺まだ10階層まで行った事無いからある程度レクチャー頼むぜ」


 そんなこんなで、アガレスの大穴攻略は順調に進んでいき──あっという間に、10階層にまで到達したのだった。





「なんか拍子抜けだな」


「ん? どうしたんだい?」


「いやさ、これまで挑んできた中で大半が家事使用人ハウスキーパーに轢き殺されてたからこんなサックリ攻略が進むなんて思わなかったわ」


「多分村人クンの事だから検証ばっかしてたんでしょぉ? そりゃあ攻略が進まないのは当然さぁ。悠長にしてればしてるだけ、他プレイヤーが他人を陥れようとしてくるんだからぁ」


「それもそうか……」


 10階層へと続く階段を降りながらそんな会話をすると、厨二が呆れたようなジェスチャーをする。

 確かに、PVPである以上、どれだけ他者の足を引っ張れるかが求められる。俺みたいに検証で時間を食うような輩は、それこそ格好の的という物だ。

 実際の攻略となれば、意外と大した事は無いのかも……いや、多分これが低層だからまだ温く感じるだけなんだろうな。それに、相方が厨二ってのも大きいかもしれない。

 それなりにアガレスの大穴に挑んでいるのか、低層クラスのモンスターは全て網羅しているし、立ち回りもアイテム管理も完璧だ。正直、俺が足手まといになってる感は否めない。


「というか、ライジンと組まなくて良かったのか? 一応、あいつと40層まで行けたんだろ?」


「ライジンと組むのも良いんだけどねぇ。彼も前衛職だから役割が被っちゃってるんだよねぇ。それに、村人クンなら遠隔攻撃も撃ち落としてくれるし安心して前線張れるから立ち回りやすいんだよねぇ」


「なら良いんだが」


 階段を降りきる前、厨二がこちらの方へと振り向く。


「さっきも言ったけど、10階層のボスは【ギガントゴーレム】。巨大な岩型のモンスターで、これまでの階層の中で手に入れた爆弾岩を使えば結構お手軽に倒せるボスモンスターだから、そこまで警戒しなくても大丈夫だよぉ」


「了解、ま、相手の攻撃は見てから対応してみるわ」


「頼むねぇ」

 

 軽い打ち合わせの後、最後の一段を降り切る。

 10階層はだだっ広い部屋となっており、如何にもボスが居ますよ、というような作りになっていた。

 だが、だだっ広いだけであり、どこにもボスの姿が見当たらない。


「……あれ? ボスは?」


 厨二の話だとかなりのサイズの岩型モンスターだと聞いていたから見逃す筈が無いと思うんだが……まさか、アイスマジロみたいな地中に潜行しているタイプとかか?


「あー……嫌なパターン引いたねぇ、これ」


 どうやら何か知っているらしい厨二が、めんどくさそうな顔でため息を吐く。


「嫌なパターン?」


「PVPモード特有の要素があってねぇ。ボス階層に降りた時、ほぼ同時に到達したプレイヤーが居た場合……ボス戦の代わりにPVPんだよねぇ」


「……は?」


 なんだその要素。てっきりボスと戦えると思ってたからワクワクしてたのに……まあ、それなりに強いプレイヤーと対戦出来ればそれでも良いか。


「ボス階層のPVPの勝敗はどちらかのパーティ全員が死ぬ事で決まる……つまり、どちらかのパーティはここまでの旅路が水の泡って訳さぁ」


「なるほど……シビアだが、まぁそんなもんか」


 勝った方が総取り出来るシステムだから、ある意味普通のボスよりも当たりなのかもしれない。

 ただそれは、100%勝てるのならという話なのだが──。



 ──と、その時だった。



「──あら? こんな早くに出会えるなんて思いもしませんでしたわ」



 カツン、と後方からの足音と共に聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 咄嗟に振り向くと、想像通りの人物がそこに立っていた。



「ご機嫌麗しゅう。本日も良いお日柄ですわね、村人A。こんな日は、全力で床ペロさせて差し上げますわ」


「いやここ地下なんだが?」



 グランデ・スワーヴ。昨日出会ったばかりのフレンドが、どうやら俺達の対戦相手らしい。

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