#296 とある龍のユニーククエスト


「本当にごめんなさい、渚君……」


「知ってる? 紺野さん、人って発言一つで簡単に殺せるんだぜ……」


 学校の帰り道、野郎共に抑え付けられたせいで痛む腕を回しながらぼやく。

 紺野さんは心底申し訳なさそうにしながら、とぼとぼと歩いていた。


「うう、自重します……。……でも無事で良かったです、塚本先生が止めなかったら危なかったですね……」


「あいつらの目、ガチだったからな……俺の腕があらぬ方向に行くところだったわ」


 まあ決定打は俺の去り際の言葉が原因だったらしいが。でも事実なんだよなぁ……(反省無し)

 結局、隣に住んでいる事、それなりに付き合いがある事、その他諸々吐かされた。

 彼女がかなりのゲーム廃人である事は隠し通す事が出来たが、俺のプライバシーは大体露見してしまった。まさかクラスの男子が総出で俺を捕まえに来るとは……体育祭でだってあんな連携見た事ねぇぞ。その連携力をもっと他に活かせはしませんかね。


「状況的にあの発言はマズかったからなぁ……もしかしてわざと言ってたり?」


 冗談交じりでそう言ってから学校の自販機で買った炭酸飲料を呷り、紺野さんの方をちらりと見る。


「……だって……」


 すると、彼女は少しだけ不満そうに頬を膨らませると、視線を逸らしながら。


「学校で渚君と一緒に居られないのは、嫌なので」


「んぐっ」


 飲んでいた炭酸飲料を喉に詰まらせそうになり、げほげほと咽る。

 喉に炭酸の痛みがダイレクトに来て、思わず涙目になりながら。


「……まあ確かに他人行儀で接するのはどうかとは思うけど」


「折角一緒の学校に通ってて、たまたま席も隣になれたんです。……もっと、いっぱい渚君とリアルでもおしゃべりしたいです」


「ぐ……!」


 そう言われてしまえば強く言い返す事も出来ない。畜生、可愛いから許してしまう!

 俺としては嬉しいのだが、それだと別の問題もあるんだよな。

 

「確かに俺も紺野さんと学校でも喋りたいけどさ。ゲームの事とかリアルの事とかなんでも。だけど、それだと交友関係が広がらないだろ? まだウチの学校に来たばかりだし、俺とばかり絡んでたら同性の友達が出来ないぞ?」


「そう……ですね。紫音ちゃんや雷人君は別のクラスみたいですし……」


 そう、彼女と交流のある二人は俺達とは別のクラスだ。どうせあの二人もV特志望だろうからいつもの面子になるのは恐らく来年以降の話だし、今は少しでも彼女の交友関係を広げてあげた方が良いだろう。

 並んで歩きながら、彼女に笑いかける。


「紺野さん、しっかりしてるし優しいからすぐに友達出来ると思うよ」


「それは……どうでしょうか。……あんまり人に優しくし過ぎても、いらぬ反感を買う事もあるので……」


「ああ……」


 辟易したようにそう語る紺野さんに同情する。

 紺野さんは容姿も優れているし、同性相手だと気に食わないとか思われたりもするのだろうか。

 思春期にありがちな奴だな、俺としてはなんでそんな気持ちになるのかは良く分からんが。


「……まあ、今後は学校でも全然絡んで大丈夫だから。今日痛い目を見たお陰である程度の関係性は知れ渡ったみたいだし……」


 遠い目をしながらそう言うと、紺野さんはぱぁっと顔色が明るくなる。


「はい! えへへ、なら今度、渚君用のお弁当とか作ってきちゃっても良いですか? 一緒にお昼ご飯とか食べたいです!」


「尋問パート2が始まるからやめようね?」


 本当にこの子はもう。

 だけど、なんだかんだそれを許してしまう自分に、ため息を吐く事しか出来なかった。

 




 日向渚と部屋の前で別れ、自室へと入った紺野唯はふぅと一つ息を吐いた。


「さて、と……」


 学校の道具を片付け、シャワーを軽く浴びて着替えてからSBOへとログイン。

 つい先日【龍脈の霊峰】で手に入れたばかりのクエスト……『』を少しでも進めるべく、彼女は気合を入れていた。


 ログインしてすぐ、彼女が訪れたのは【フェリオ樹海】。

 初心者の街であるファウストから続くエリアの一つ。ファイバレルに到達し、生産職に手を付けていない彼女が本来であれば訪れるような場所では無いのだが──。


「確か、クエストの内容的に……の場所まで行けば良いんだっけ?」


 彼女が運よく到達出来た【龍脈の霊峰】のにあった、とある存在が刻まれた碑石。そこで出会ったとある存在の導きにより、彼女はこの場所へと帰ってきていた。

 受注したクエストの都合上、渚に情報共有出来なかった事を申し訳なく思いながらも、彼女は逸る心臓の鼓動を押さえるように、手を胸に添えた。


(でも、チャンスではあるよね)


 誰にも知らせる事は出来ないという余りにも特殊なユニーククエスト。裏を返せば、誰にも知られる事無く極めて強力な力を手に入れられる可能性を秘めている。

 そんな報酬が得られる事を、彼女が出会った存在が保証した以上、彼女がこのクエストを無視する理由は無くなっていた。

 ポンがエリアボスの出現する位置に辿り着くと、周囲の光景が一変する。


「これは……」


 草木は枯れ果て、世界の色は失せ、全てがモノクロの光景へと切り替わった。

 演出だとは分かっていても、その不気味さに思わず鳥肌が立つ。

 そして、次の瞬間──エリアボスが出現する場所に、本来居ない筈のモンスターが出現した。

 通常種から更に毒々しく変貌した斑色の花弁、陸上歩行も可能な、触手のようにしなる巨大な足。

 冷や汗を浮かべながら、ポンは存在だけ知っている名前を呟いた。



「【】……!!」




 かつて村人Aが【二つ名レイド】で相対したと言っていた、マンイーターの完全上位互換種。

 そんなボスを、たった一人で討伐しなければならないという困難な挑戦が、このクエストの導入に過ぎないという事実に、途方もない道のりであると実感した。

 だが、それでも彼女は──ただ前を見て笑っていた。


「待っててください。──私も絶対強くなって、貴方達に追い付いて見せます」


『クク、その意気だ小娘。せいぜい脆弱なヒトらしく、醜く足掻いて見せろ』


『キシャァァアアアアアア!!』


 エクスポイズン・ギガイーターが咆哮し、激しい戦闘の幕が上がる。






≪──ユニーククエスト【■■龍の試練・序幕】を開始します≫







──────

【■■龍の試練】


簡単に言うと『力が欲しいか』的クエスト。本来であれば代行者がもう複数体討滅された後に発見されるべきイベントであり、ポンが到達したのは完全に想定外。偶然とリアルラックの代物。

ただし、そのクエストの達成は非常に困難であり、それに見合う実力を持つ者だけがその途方も無い力を振るう事が出来るようになる。


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