幕間 ライジン・suspect

「本日の生配信はここまで~。お疲れ~! まったな~」


『乙』


『お疲れ様~!』


『おつでしたー!』


『おつなのん』


 配信を切ってすぐ、VRデバイスの電源をオフにする。

 電子の海から視界が現実の物へと切り替わり、ライジンこと桐峰雷人は身体を起こした。


「あ~……疲れた」


 何度か腕をぐるぐると回し、肩の凝りをほぐしていく。

 先にSNSの方の返信をするか……と雷人は耳に取り付けていたARデバイスを展開し、メッセージウインドウを開くと、友人からのメッセージが届いている事に気付く。


「ん? 渚からメッセージ……なるほど、バベルについての情報か」


 ファイバレルに存在する黒の巨塔……バベルについての情報が日向渚から送られてきていたのを確認し、雷人はそのメッセージに記載されていた内容をコピーし、『考察材料』と書かれたフォルダに入っているメモの中にペーストする。

 雷人は一つあくびをしてから、傍にあったゲーミングチェアへと腰掛けた。


「さて、と……」


 指を振り、周囲に漂い始めた電子キーボードに手を沿わせる。

 そして、眼にも止まらぬ高速タイピングで、最早日課と化しているルーティン──ゲームプレイで知り得た情報を整理していく。


「渚から貰ったバベルについての情報は後で考察するか。先に整理するべきは、情報統括管制領域アヴァロンに、観察対象妨害指数『カルマ』……」


 そこまで呟いてから指が止まり、雷人はそっと自身の顎に指を添えて思考に耽る。


(確かに先日知り得た情報はSBOというゲームのストーリーの核心に迫る話だった……だが)


 ぎしっと音を立ててチェアに寄りかかる。天井を見上げながら、深く息を吐き出した。


(違和感。そう、違和感だ。あたかも【粛清者】だけが“悪”という風に説明されたのに違和感がある)


 指でこめかみを揉みほぐしながら、雷人は頭の中で考えを整理していく。


(大粛清という出来事は確かに現存世界に終止符を打とうと【創造神】イデアが行った凶行なのは確定なんだろう。だが、そのは? 理由も無しにそんな凶行に及んだとは考えにくい)


 そもそもの話、その世界を創り上げた神が、自分の世界を終わらせようとするという行為そのものに違和感があるのだ。

 その考えに至った原因が存在し、それが判明しない限りは完全に『粛清者』側が“黒”と判断する訳にもいくまい。

 そして、あの空間で語られた真実には、その部分が“意図的に”隠されていた。


(【双壁】の記憶だけ見た感じだとまだ断定は出来ないな。奴の視点だと初代トラベラーは記憶喪失の前から粛清者を打倒すべく動いていた。……そもそも、初代トラベラーとイデアの関係性は? なんでイデアが大粛清を起こす事を事前に知り得ていた?)


 実際に大粛清を起きたのは初代トラベラーが仲間達を集めてからの事だった。

 既存世界の生物全てを消すべく動いた創造神と、それに抗う者達の決戦。

 ──本当に、なのか?


(今の所、粛清の代行者の立ち位置がいまいち判別付かないってのもあるが……うーん)


 カルマを基に、断罪を続ける【戦機】ヴァルキュリア。

 【戦機】ヴァルキュリアの依り代となった少女、ティーゼ・セレンティシアを救う為にトラベラーに挑んだ【双壁】ネラルバ・ヘラルバ。

 かつての人類に対する憎悪と憤怒をぶつける【龍王】ユグドラシル。


 これまで遭遇した【二つ名】はこの三体──そのどれもが明確な『悪』と断言する事は出来ない存在だ。


(視点の話だな、これは。一方からすれば正義で、一方からすれば悪。ならば、俯瞰的な視点で見た時、本当の正義は一体どちらか。……は状況次第といった所だな)


 Skill Build Onlineというゲームは自由度の高さを売りにしている。

 プレイヤー自身が想像するスキルの作成、それに伴うプレイスタイルの自由化。

 言わば、プレイヤーが望めばどんな事だって実現可能──だからこそ、そのだって有り得る。


「これだからゲームは面白い。……そういう展開があったって良いのかもしれないな」


 目を細めながら呟かれた言葉は、静かな寝室に良く響いた。


 




────

幕間なので短めです。

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