#294 紺野(母)との面談
「いやー散々な目にあった。でも色々収穫を得られたな」
結局調子に乗った結果
殆ど収穫が無いに等しかったので、アイテムをロストしても構わなかったが、せめて10層まで到達しておきたかった。
どうやら10層毎にボスが待ち構えているらしいので、死ぬ前提でもいいから挑んでおくべきだった。
まあ良い、時間なら沢山ある。これからまた何度だって潜れば良い話だ。
「さて、次は何の検証を……」
と、そこまで言いかけた所でメッセージウインドウに通知が届いた。
誰からの連絡だろうか、とそちらに視線を向ける。
ポン『あの……すみません、村人君。例の件なんですが、母親に連絡を取ったら後30分ぐらいで私の家に着くとの連絡が……』
「……来てる!? 今!?」
思わずギョッとなりながらウインドウに表示されたメッセージを二度見する。
マジかよ。てっきり早くても明日、もしくは週末までに返答がと思っていたが、まさかこんなに早く面談する機会が来てしまうとは。
やばい、正直このまま検証する気満々だったから何も考えてなかった。まともな応対が出来る気がしないぞ。
「急いでログアウト、さっとシャワー浴びて髪整えて準備を整えないと……!!」
学校が終わってから紺野さんと旅行の打ち合わせ後に、風呂に入った物の、念のためにもう一度。
初対面の時の印象がアレなので、少しでも印象を良くせねばなるまい。
俺はライジンのタイピングもかくやという勢いでメニューウインドウを操作してログアウトすると、すぐさま風呂場へと向かった。
◇
30分後。
シャワーを済ませ、紺野さんを先に招いてから到着を待つ。
先ほどから緊張で喉が渇いて仕方ない……これで麦茶何杯目だろうか。
「……渚君、大丈夫ですか?」
「ああ、うん……まさか今日だとは思わなかったから殆ど話す内容考えてないけどね……」
「私もてっきり明日以降だと思っていたので……ごめんなさい……」
「いや、この件については俺が話を持ち掛けたのが発端だから気にしないで……」
とは言いつつじりじりと胃の痛みを感じていると、無情にも玄関のインターホンが鳴り響いた。すぐに玄関へと赴き、扉を開けた。
紺野さんと同じ亜麻色の髪、ともすれば姉と勘違いしてしまいそうな若々しい見た目の女性がそこに居た。
「こんな夜遅くに突然押しかけてごめんね。渚君、お久しぶり。元気だった? ……あら、今日は膝枕してる状態じゃないのね? 残念だわ」
「こちらこそ多忙の中、ご足労頂きありがとうございます。お久しぶりです。……その節は大変失礼な真似を……」
「あら、冗談よ。気にしないで。唯と仲良くしてくれてるって分かって、本当に嬉しかったんだから」
俺が赤面しているのを見て、くすくすと笑う紺野さんの母親こと優奈さん。
玄関で立ち話という訳には行かないので、手で軽くジェスチャーしながらリビングへと歩いていく。
「汚い部屋ですが、どうぞ……」
「あら、ちゃんと整理出来てると思うわよ? そんなに謙遜しないでも大丈夫よ」
慌てて自分の部屋に色々放り込んだからなぁ。後で片付けするのが大変だが……まあ仕方ない。
椅子を引き、優奈さんがそこに座った。優奈さんの分の麦茶を注いでから、自分の椅子へ。
こちらが座ったのを確認してから、にこりと笑いながら問いかけてくる。
「あんまり遅くなると申し訳ないから、早速本題に入りましょうか。唯と外泊しようとしているって聞いたんだけど本当かしら?」
「はい。恐らく優奈さんもご存知でしょうが、今週末、AimsWCSが開催されますよね? 友人に旅館付きの観戦ペアチケットを貰ったので、それで唯さんと一緒に行かないかと誘ったんですよ」
「ええ、大体の概要は聞いてるわ。まさか渚君の方から私達に話をしようと持ち掛けてきたなんて聞いて、びっくりしたわ。なんなら黙って行く事だって出来たのに」
「それは流石に……年頃の娘さんですから。事前にご両親に話を通すのが筋かと思いまして」
「偉いわね、そう考えつくだけでも立派だと思うわ。……さて、と」
ちらり、と緊張した面持ちで固まっていた紺野さんへと視線を向ける優奈さん。
「唯。……悪いけどちょっと自分の部屋に戻っておいてくれる?」
「え」
「あなたが居たら話しにくい事もあるじゃない? 変に気を使われるより、私は渚君の素直な気持ちが聞きたいの。だから……ね?」
「う、うん……分かった。渚君、ではまた後で」
「うん、また後で。結果については後で報告するよ」
少し不安そうな表情の紺野さんがリビングから出て、そのまま玄関の扉を開けて出ていく。
その場に居なくなった事を確認してから、優奈さんが再び話し出す。
「さて、唯も居なくなったことだし続けましょうか。遠まわしに言うのもあれだし、単刀直入に聞くわ。渚君、君は唯の事をどう思っているの?」
「どう……ですか」
「君にとっては、唯は友達なのか、それともそれ以上の物なのか。それが聞きたくて、私はここに来たの」
テーブルの上で手を組み、微笑みを携える優奈さん。
すぐには返答が出来ず、しばらく沈黙した後、少し深呼吸してから返答する。
「……
「分からない、というと?」
「紺野さん……唯さんとは普通の友達以上の仲だとは思ってます。これまで、ずっと一緒にゲームをプレイしてきて、最近では現実の方でも仲良くさせてもらって……今では親友ぐらいのつもりで居ます」
「…………」
「でも、いざそれ以上の関係に踏み出そうとするのが……
「怖い?」
言葉に詰まりそうになりながらも、俺の内心を吐き出していく。
「……はい。恥ずかしながら、過去に女性関係で少し痛い目を見ていまして」
「あら、意外と渚君ってプレイボーイなのね?」
「ははは、まさか。これまで彼女なんて一人も居ませんでしたよ。……ごほん、簡単に言うと、好意を寄せていた人に、好意を伝えたら『そういう目で見れない』と言われてしまって」
「……それは……」
「元より女顔でしたし、見た目に気を配っていないものでしたから、異性の友達というより同性の友達として見られてたんです。……だから、仲が良いと言っても、それは友達としてなのか、恋愛的な意味としてなのかの判別がいまいち付かなくなってしまってまして」
「……そうなのね。ごめんね、渚君。そんな事を言わせてしまって」
「いえ、今では笑い話ですから。優奈さんが気にする事じゃないですよ」
そう言って優奈さんを安心させるように笑う。これについては俺も吹っ切れた話だし、別に構わない。
「そう言う事もあって、唯さんとの今の仲が、『友達として非常に仲が良い』なのか『恋愛感情を含んだ上での仲が良い』なのかが分からないんです。それに加えて……」
目の前にあったコップに触れると、カラン、と氷の音が鳴る。
「実は、母親から紺野さんが隣の部屋に引っ越してきたのが意図的な物だって知らされているんです。恐らく、それは優奈さんもご存知の上でしょうけど……」
「ええ。そうね、香織さんと話した上で唯の引っ越しを決めたわ」
「だからこそ、俺に向けられている好意が、『元より本人の物』なのか『周囲に唆されてその気になってしまっている』のかが分からないんです。……前者であれば非常に嬉しく思えるんですが、後者だった場合、俺は嬉しくても唯さんが可哀想で。……周囲の影響で、自分の好意が塗り潰されるのはどうかと思うんです」
一息に話したせいか、喉が渇いてしまい、麦茶を一気に飲み干す。
コップを置き、一つ息を吐き出してから、俺の答えを告げる。
「唯さんが俺に向けてくれている好意がもし勘違いだったら。そう思ってしまって、一歩が踏み出せない。踏み出した結果、今の心地良い関係が、これまで彼女と過ごした時間が、全て壊れてしまうかもしれない。……
「……正直に話してくれてありがとう、渚君。君にそんな背景があるって知れて良かったわ」
そう言うと優奈さんは近くにあったコップを取り、口を付ける。
彼女が飲み終わるのを緊張しながら待っていると、にこりと笑った。
「外泊を許可します。元よりそのつもりだったけど、君の正直な気持ちを聞いて、より一層後押ししたくなったわ。……まあ、あんまり渚君側の主張がやんちゃだったら許可はしなかったけどね?」
「ははは……」
決してやましい気持ちでお泊り旅行に誘った訳じゃ無いからな。確かにそんな気持ちで行こうとしていたなら親御さんに止められても仕方ないだろう。
話が一段落し、拙いながらもなんとか話せた事にほっとしていると。
「で、
「……え?」
優奈さんの言葉に思わず硬直する。この場には優奈さんと俺以外は誰も居ない筈。
紺野さんは自分の部屋に戻った筈だから……いやまさか。
『……そうだね。うん、僕からも許可を出そうと思う』
「……まさか、唯さんの……」
『はい、父親です。初めまして、渚君。紺野
「ひ、日向渚です。こちらこそ、娘さんとは普段から仲良くさせて頂いております……!!」
マジかよ、確かにご両親とお話をするとは言ったけど、まさか父親まで聞いていたとは……!?
この場に居たのが優奈さんだけだったからてっきり多忙で来れない物かと……。
優奈さんの近くにウインドウが出現し、そこから通話越しに大輝さんの顔が映し出される。
『若いながら、しっかりした考えを持っていて感心したよ。君の年齢で、他人をそこまで思いやれる気持ちがあるのは珍しいんじゃないかな。大抵の人間は、役得だのなんだので、話を通さず旅行に行きそうな気がするけども』
「……ありがとうございます」
まさか褒められるだなんて思って無かったので恥ずかしくなる。
『……渚君、君が僕の想像以上に唯の事を大切にしてくれていると知れて良かったよ。あの子は内に感情を閉じ込めてしまいがちな子だ。……一時期は塞ぎ込んでいた時期もあった。そんなあの子の殻を破ってくれた君に、正直嫉妬している』
「え、ええと……」
『父として、情けない話だけどね。でもね、だからこそ君になら、あの子を任せられる。……取り敢えずは唯に対する好意とかは抜きに、旅行を楽しんでおいで。行った結果、仲が進展しようがしまいが、僕らは特に気にしない。それこそ当人達次第だからね。君の言う通り、好意は他人の物で塗り潰されるべきじゃないと僕も思うから』
「……はい」
旅行を楽しむ、その通りだ。
元より旅行の目的はAimsWCSを観戦し、彼女と共に世界のレベルを体感しに行く事にある。
恋愛がどうのというよりも、まずはその目的を楽しまないとな。
と、大樹さんが話し終えたのを確認してからうずうずしていた優奈さんがパンと手を叩く。
「はい真面目モード終了! 麦茶ご馳走様渚君! いやー本当にしっかりした子ね! あの子の将来も安泰だわ!」
『優奈。……あんまり人様の前でそのテンションにならないでくれ』
「あら? あなただって話にしか聞いた事が無い渚君の声が聴けるってワクワクしてた癖に。私だって結婚前の挨拶ぐらいの気概で来てたのよ?」
「ぶっ!?」
いきなりこの人は何を言い出すんだ!?
いやまあ初対面の時にとんでもない物渡してきたからそういう方向の話はフランクなんだとは知っていたが……。
「唯は渚君が居るから安心だけど、
「……ええと、あの子、とは」
「あら、唯から聞いてない? うち、二人娘が居るのよ。一人は知っての通り唯なんだけど、あの子に姉が居るのよね」
「へぇ……」
紺野さんに姉が居る、か。初耳だ。彼女からそんな話は聞いた事が無い。
あんまり仲が良くないのだろうか? いや、単に俺に言う必要が無いだけか。
「あの子ったら18になったら家飛び出して『海外でビッグになって帰ってくる!』って行ったっきりなのよ。たまに仕送りでとんでも無い額入ってくるから元気に過ごしてるのは分かるんだけど……親の気持ちも考えて欲しいわ」
「それはまた……唯さんとは真逆のような……」
「そうね、あの子はどちらかと言うと私に似ているのかしら。自由奔放な部分が特に」
「ははは……」
紺野さんの性格からして、紺野さん(姉)の想像が全く出来ないな。
いつか会う日が来るのだろうか……いや、海外に居るって言ってるし、無さそうだな。
『優奈。渚君が困って居るだろう。そろそろ帰ってきなさい』
「それもそうね。ごめんねー渚君。あの子にも許可するって伝えておくわ。今日は時間を取ってくれてありがとね」
「こちらこそ今日はありがとうございました。帰り道も気を付けてくださいね」
「あ。言い忘れてたけど、もし旅行中でそう言う事をするのならこの前にあげたアレ、ちゃんと使ってね」
「しませんよ!?」
優奈さんがからかうように言ってきたので思わず赤面しながら返す。
楽しそうに笑う優奈さんを玄関まで見送り、完全に帰ったのを見てから、壁にもたれかかる。
「緊張した……」
突然ではあったが、何とか伝える事が出来たので、胸を撫でおろす。
だが、これで何の憂いも無く旅行に行くことが出来る。そして、世界大会を観戦出来る。
「……楽しみだな」
今週末の旅行への思いを巡らせながら、俺はリビングへと戻っていった。
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