#293 アガレスの大穴での検証


 アガレスの大穴での金策を開始する前に、まずは検証の時間だ。

 空腹度による餓死の可能性など、通常プレイとはまた違ったイレギュラーがある以上、検証しなければアガレスの大穴攻略など夢のまた夢だ。

 初動を安定させる事が出来れば、アガレスの大穴は安定した金策手段になる。


 という訳でやってきました、アガレスの大穴。

 形式はPVPモード、人数はソロ限定で突入。


「検証その1、空腹度の増減手段の確認」


 視界に表示されてるUIの中で、HP、MPバーの下に存在するゲージ。

 このゲージが空腹度、このコンテンツ内だけゲージの可視化と共に数値化されているから分かりやすいな。


「当然っちゃ当然だが、飯を食えば増える。じゃあ逆にどういう時に減少するか、だ」


 初期の持ち物にあった大きなリンゴを齧ると、空腹度がみるみる回復していくのが分かった。

 空腹度はオーバーフローしないようで、最大まで溜まった状態でリンゴを齧っていても上限が増加する事は無かった。

 なんか捨てるのは勿体無いので最後まで食べ終えてから、軽く周囲を歩き回ってみる。


「ある程度歩かないと減少しないな。この分だと歩き回って一階層で減少するのは10ぐらいか?」


 戦闘の分は考慮せず、あくまで徒歩のみの減少量だが、減少した数値は10だった。

 じゃあ次の階層は徒歩じゃなくて全力疾走での減少量を確認してみよう。


「……よし、敵は居ないな」


 2階層に降り、周囲を見回して敵が居ない事を確認する。

 取り敢えずマッピングとかは気にせず、階段を探すだけのつもりで全力疾走を開始。


「敵はなるべくスルーの方針で……ッ!!」


 キラーマンティス君に遭遇、華麗にダッシュで戦闘回避。

 再挑戦の影響で今の俺はレベル1の状態だ。まともに戦闘すれば即死案件だ。

 そのまま逃げ回り、やっとの事で階段を発見。ゲージの減少量を確認する。


「それなりに走り回って減少量は20、徒歩の二倍……か」


 荒い息を整え、階段を降りながらメモを纏めていく。

 デフォルトの空腹度の上限が100、徒歩で10、全力疾走で20となると……戦闘を避けるだけでも空腹度の減少量が著しいな。

 確かにこれは空腹度の管理が大変だと巷で噂になっているわけだ。ここに戦闘を挟むだけでもすぐに空腹度が枯渇する、対策を練らねば。


「お、あれが……」


 と、三階層を歩いていると、果実の成った樹が生えていた。成っている果実の数は五つ、大きなリンゴの回復量が100だったことを考えると、一つの樹で五つも回収できるのは大きい。

 しかし、上手く戦闘を避けながら進む事が出来たとしても、五つ程度ではすぐに無くなってしまうだろう。

 それに戦闘を避け過ぎても、特定階層にはボスが配置されているようなので、ボスとの戦闘でステータスが足りずに苦戦、戦闘中に空腹度が枯渇して餓死なんて事になりかねない。

 道中は程良く戦闘を重ね、ボスまでにある程度のレベルを上げつつアイテム管理も必須……と。


「うーん、言葉にするには簡単だけどやっぱり難易度たっけぇな」


 そりゃ流通してる遺物の量が少なくてあんな価格にもなるわけだ。

 軽い気持ちで攻略しようと思ったはいいものの、想定以上にアガレスの大穴というコンテンツは曲者みたいだな。


「だが、それでこそ攻略し甲斐がある」


 ゲーマーの基本はトライ&エラー。全部が全部最初からパーフェクトに行くわけではない。

 試行回数を重ね、確かな実績を積み、攻略に臨む。

 これまでもそうしてきたし、これからもそうしていくだけだ。


「じゃあ、早速戦闘と行きますか!!」


 三階層に出現する巨大な蝙蝠……【ジャイアント・バット】と戦闘を開始し、そのまま検証を続けた。





「基本的に減少量は戦闘中の動きに依存するみたいだな。アクロバティックな動きをすればするだけ減少するし、動きを最適化すればそれだけ減少量を抑える事が出来る。つまり、出現する敵の行動を予め知っておかなければいけない、と」


 階層変わって4階層。【ジャイアント・バット】3体との死闘を経てレベルが7にまで上昇。

 一息吐ける所に移動した後、戦闘における空腹度の数値の変動を整理していく。

 どうやらスキルの使用自体は特に空腹度に影響は及ばないようだが、によって減少量が決まるようだ。

 例えば、俺がいつも使う【流星の一矢】のような引き絞ってから放つタイプのスキルは、使用しても空腹度の減少量は少ない。

 シオンがAimsで見せた、壁を使った跳弾挙動を再現するとなると凄まじい減り方をする、というような感じだろう。


「空腹度の管理をする上で必要なのは定点撃ちか、だけど敵の攻撃も避けなきゃならないしな……」


 ボスとの戦闘になれば必然、激しい動きを要求されるだろう。

 場合によっては常に全力疾走しなければならない場面も出てくるだろうし、そうなると必要なのは……。


「俺の代わりに前線を張ってくれる存在、だな」


 アガレスの大穴を攻略するとなれば俺一人の攻略は非常に厳しい。試行回数を重ねれば行けない事も無いだろうが、のだ。

 一ヵ月もすればサーデストに居るプレイヤー達がそっくりそのままファイバレルに流れ込んで来てもおかしくはない。出来ればそれまでに攻略をしたい。


「ポンかライジン、ボッサンか厨二、もしくはシオン……うん? よく考えたら俺以外ほとんど前衛じゃね?」


 よくよく考えたらうちのクランメンバー、後衛職が俺と串焼き先輩しか居ないじゃねえか。

 しかも全員物理に特化した脳筋軍団……ここらで一旦魔法職が欲しい気もするが。


「まあ、アガレスの大穴攻略する分には影響しないから良いか」


 そういうのはまた後で考えれば良い話だ。取り敢えずは目の前の問題を解決していこう。


「ただ、闇雲に人数を増やすのは良くないな。結局空腹度が管理出来なくて終わる」


 それこそ本末転倒という物だ。前線を張れる人間が一人居れば良い……つまり二人での攻略が最善。

 いざ本腰を入れて攻略するとなったら一緒に攻略してくれる人間を探さないとな……。


「空腹度の減少をどうカバーするかはまた今度だな。……さて、そろそろ出る頃か、奴が」


 周囲が異様に静まったのを認識してから、階段から腰を上げる。

 分かっていても冷や汗が出てくるような思いだ。

 なんせこれから対峙するのはつい先程俺たちを轢き殺し、3500万マニーをロストさせた張本人だからだ。



 ──ガジャゴン!!

 


「──検証その2、家事使用人ハウスキーパーの対処法、及びその


『進行方向ニ異物ヲ検知。掃除クリーニングヲ開始シマス』


 殺戮機械の頭部にある赤いセンサーが瞬いたのを見て、全力で逃走を開始した。





 家事使用人ハウスキーパーの出現方法は単純なようで複雑だ。

 まず確実なのはプレイヤーが同じ階層に留まり続ける事だ。どうやらSBOの運営は同じ階層でずっとファーミングする事を嫌っているらしい。まぁ、当然っちゃ当然だな。ファーミング出来れば簡単に攻略出来る。

 まだ一回しか出来ていないから推測の域を出ないが、この家事使用人ハウスキーパーの出現条件は最初にこの階層を降りてきたプレイヤーを基準にしているようでは無さそうだ。恐らく、最初に降りてきたプレイヤーが次の階層に降りた場合、出現タイマーは一度リセットされる。そして、その次に降りてきたプレイヤーを基準に出現タイマーが開始されるのだろう。これは俺が4階層での先行プレイヤーを付け回し、階段を降りた事を確認した上での推測だ。

 つまり、俺とシオンとデスワさんが6階層に降りた瞬間に家事使用人ハウスキーパーが出現したのは、先行していたプレイヤーが出現ギリギリまで粘っていたからでは無く、

 極めて合理的な後続潰しだ。家事使用人ハウスキーパーの図体では階段に侵入する事は出来ないからな。後続を潰すだけなら、出現させるだけで後は勝手にお掃除してくれる。

 最高に性格が悪いぜ、だが嫌いじゃない。


「じゃあその後続潰しにあった時にどう活かすか、だよな!」


 家事使用人ハウスキーパーの攻撃方法は極めて単純。圧倒的な質量で体当たりしてミンチにするか、チェーンソーのような刃が連なる腕を振って八つ裂きにするかだ。

 だが、奴に反撃するとモード移行してミサイルを放ってくるようになる。こいつのお掃除の基準はどうなってんだ、確かにまっさらにはなるが焼け野原にすれば良いってワケじゃねえんだぞ。

 

 家事使用人ハウスキーパーの突進攻撃を【空中床・多重展開】を使用して空中に退避する事で回避。凄まじい激突音と共に、坑道が大きく揺れる。


(動きは単調、だけど激しい動きをすれば必然空腹度も削られる……!)


 遭遇した時点でマイナスしか存在しない。お仕置きMOBの名に相応しいお仕置きっぷりだ。

 じゃあ、ここで失ったマイナスをどうすれば良いのか、答えは簡単だ。


「確かにこいつが出現した時はまるで何も居なくなったかのように静かになるが、敵が消滅したって訳じゃない」


 先の挑戦でフレイムマン達が階段前に立ち往生していた所を見るからに、この階層に出現するモンスター達は残ったままだ。じゃあこいつらをどうするか……って話だな。


「気になっちまったんなら検証するしかねぇよなァ!」


 楽しくなってきて、思わず口角が釣り上がりながら吠える。

 と、俺の声に反応しこちらへと視線を向けるキラーマンティス君の姿が。


『ギシャアアアアアアア!!』


「お前は実験体だ、すまんが死んでくれ!」


 威勢良く鎌を持ち上げてこちらに威嚇の咆哮を上げたのに対し、俺は中指をおっ立てる。

 俺の背後から推進装置スラスターの音が響いたのを確認し、上空へと退避。

 その軌道上に居たキラーマンティス君は悲鳴すら上げる暇も無くミンチとなって光の粒子に転じた。


「ヘイトを貰うだけじゃあ特には何も貰えないよな」


 フレイムマン同様、ヘイトを稼ぐだけじゃあ経験値を貰う事は出来なかった。

 それは知っていたから特に落胆は無い。ではこんなアプローチはいかがだろうか。


家事使用人ハウスキーパーに潰される前に、一撃を入れてみる」


 曲がり角を曲がった際に居た巨大モグラに、矢を放つ。

 矢が突き刺さり、こちらに気付いた瞬間、家事使用人ハウスキーパーによってミンチにされた。


「さて、結果は……!?」


 経験値は……増えてない!? 読みを外したか? いや違う、一応家事使用人ハウスキーパーとの戦闘中扱いになっているせいで戦闘が終わってないのか。

 なら一度、無理矢理にでもタゲを外すか。


巻物スクロール発動!【転移】!」


 巻物を解き、効果を発動させる。すると、視界が一瞬にして切り替わった。

 地面に投げ出され、全力疾走で消費したスタミナを回復させながら、検証結果を確認する。


「……経験値が、増えている……!!」


 先ほどまで7だったレベルが9にまで上昇していた。

 これはつまり、遭遇したモンスターに一撃さえ入れてしまえば家事使用人ハウスキーパーでのパワーレベリングが可能であるという事。

 最高の検証結果に、ガッツポーズすると。

 

「フハハハハハハハハハ!! 来てしまったなァ俺の時代が!! ……やっべえ!!?」

 

 思わず歓喜の雄叫びを上げた直後、家事使用人ハウスキーパーがこちらの姿を補足したらしく、急速にこちらへと向かってきた。

 こうして家事使用人ハウスキーパーとのデス鬼ごっこを再開したが、次の検証は何をしようかなと愉快な気持ちで逃走を続けたのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る