#292 迷宮遺物取引所
謎が深まる【バベル】を後にし、そのままシャドウの案内を受けながら街の探索を続ける事一時間。
とある店舗の前に辿り着き、思わず足を止める。
「迷宮遺物取引所、ねぇ」
『ここはファイバレルの街を中心とした周囲の迷宮から産出された物が運び込まれる店ですね。一般的な通貨の他、このファイバレルの街独自の通貨での取引が可能のようです』
「独自通貨?」
『大粛清以前、3000年前に使用されていた貨幣ですね。当時はメルと呼ばれていた貨幣です』
ほーん? 当然っちゃ当然だけど昔とは通貨の名前が違うんだな。
確かにメルと言われてもピンとは来ないが、マニーなら現代日本人でもスムーズに入ってくる名前だ。そういった配慮もあるのだろうか。……まあ、製作側の意図を考えても仕方ないか。
「というかシャドウ、3000年前の貨幣とか知ってるんだな。お前も3000年前から居る存在なのか?」
『いえ。私は大粛清の後に産まれた存在です。それ以前の情報は情報統括管制領域から収集し、アウトプットしているだけに過ぎません』
なるほどな、あのエムと名乗る人物が居た特殊フィールド……アヴァロンだったか? あそこから情報を得ているのか。つまり、知ろうと思えばシャドウは何でも知ってる、と。
バベルの正体について少し聞いてみたい気持ちになったが、こういうのは自分で解き明かすからこそ面白い。俺が結論まで行き着いてから、シャドウと答え合わせしよう。
思考をそこで切り上げ、目の前の建物に視線を向ける。
「折角だし、ちょっと中を見てみるか」
恐らくお目当ての銃器は見つからないだろうと思いつつも、迷宮遺物取引所へと入っていく。
迷宮都市というだけあって、この店舗はそれなりに潤っているのか、内装は小綺麗に整っており、商品も綺麗に陳列されていた。
また、見るからに貴重らしき遺物はショーケースの奥に置いてあり、厳重に保管されているようだった。
「見ただけだと効果が良く分からんな……お、注視するとウインドウが表示されるのか」
ショーケースに展示されている商品を見ていると、視界上にウインドウが表示される。
そして、そこに表示された内容を見て思わず目をひん剥いた。
――――――――――
「【古代時代のネックレス】耐久度2000/2000 レアリティ:
3000年前から存在する装飾品。ネックレスの中心にある宝石は、時代の変遷はあれど色褪せず、淡く光を放ち続けている。また、古代の技術によって製作されており、現代に存在する装飾品に比べて非常に頑丈に出来ている。
VIT+10 DEX+20
販売価格:5000000マニー
――――――――――
「いやたっっっっか!?」
いやいやいや、能力的には明らかにしょっぱいのにこの値段は無いだろ!? あれか!? 古代の希少価値が云々って奴か!? それにしたってこれは流石にぼったくりじゃあ……!!
「なんだあんちゃん、うちの商品にケチ付けようってか?」
「あ、いや……」
思わず大声が出てしまったせいで、店主らしきマッチョの御仁に絡まれた。畜生、なんで毎度こうなるんだ。
サーデストの時の経験を思い出し、胃が痛くなっていると、店主がふんと鼻を鳴らす。
「こいつぁな、3000年前から現存する大変貴重な遺物だ。現代の技術じゃあ再現できねぇ代物だからこそこの値段が付けられてるんだぜ、坊や」
「はぁ……そうなんですか」
なんか馬鹿にされてるような気がしたので薄い反応で返す。
一応ウインドウに表示されたからそれは知ってるんだけどな。うーん、やはりプレイヤーと現地人目線での価値観の相違という奴か。確かにこの世界を生きる人間からすれば歴史的価値のある物ならこれぐらいの値段が付けられてもおかしくは……いやそれにしたって高いだろこれ。
「あんちゃんも貴重な遺物が見つかったらウチに持ってきな。高値で買い取ってやるぜ」
「……ちなみにこのネックレス、買取価格は?」
「あん? 250万マニーで買い取ったぜ」
ぼっ……いや、まだ良心的か。販売価格の半額で買い取ってくれるならまあ……ゲームバランスが崩れる的な意味合いもあるし。
しかし、遺物によってはこれだけの値段が付くのか。【アガレスの大穴】の探索は思った以上に稼げそうなコンテンツだな。
「ん、あれは……」
ふと、ネックレスの横に展示されてあった見覚えのある瓶が視界に入り、そちらへと視線を向ける。
そこに置いてあったのは、黄金に輝く液体が入ったポーション……ゴールデン・エリクサーだ。
「いっ!?」
その価格を見てまたしても大声を出しそうになり、慌てて口を手で押さえる。
そこに表示されていた価格は1千万マニー……これだけで一財産築ける金額だ。
「お? ゴールデン・エリクサーに目を付けたか。意外とお目が高ぇじゃねえか。そいつは……」
「いや、それついさっき飲み干したばっかなんすよ……だから効果は知ってる……」
「……マジで言ってんのかおめぇ?」
俺が絶望していると、流石の店主も顔を引き攣らせて同情する。
これも半額で買い取ってくれるのなら俺は500万マニーを腹に流し込んだという事になる。
嘘だろ……あんな飲み会のノリみたいな感じで飲み干すようなもんじゃなかったじゃねえか。
まあいい、俺は反省を次に活かす男。次手に入れたら後生大事に取っておけば良い(ただしミミックに捕食された場合を除く)。
そう結論付け、ショックから立ち直ると、ウインドウショッピングを再開する。
「流石にあの短剣は無さそうか」
そのままショーケースを眺めていたが、俺が手に入れたあの魔法短剣……【黒鉄の灯火】はこの取引所で販売されていないようだった。
これまで見てきた二つの品物があれだけの値段だったとなれば、あれを持ち帰ったらどれほどの値段になっていただろうか。
気になった物は仕方ない、聞いてみるか。
「なあ店主」
「なんだ?」
「迷宮探索の時にさ、炎と風で嵐を起こせる短剣を手に入れたんだけど、それってこの店だとどれぐらいの価格で取引してくれるんだ?」
「おいおいおい、とんでもない代物じゃねえか!? もしあんちゃんの話が本当なら少なくとも3千万マニーは下らねぇだろうな。実際の使用感とかを確認してみにゃ判断出来ねぇだろうが……というかその短剣は今も持ってんのか!? なら今すぐウチに……」
「畜生!! やっぱ俺あのダンジョン嫌いだぁ!!」
「えっどうしたんだいきなり!? おい、あんちゃん!?」
店主の言葉を聞いて、半泣きになりながら思わず迷宮遺物取引店を飛び出した。
あの探索でのロスト、想像以上に痛かったじゃねーか畜生!!
◇
「……よし、落ち着いてきた。一度思考を整理しよう」
ファイバレルの噴水広場にて、椅子に腰かけながら思考に耽る。
俺があの探索で失った金額は最低でも3500万マニー。初見だからこそのビギナーズラックだった可能性が高いが、それでも事実として失った金額がデカすぎる。
元から無かったものと考えればそれで済む話だが、価格を知ってしまった今、後悔の方が大きい。
失った損失は取り戻す──どうやって? 答えは一択だ、また迷宮に潜れば良い。
「【アガレスの大穴】は難易度が高いからこそ、あれだけの価格で商品が取引されてるのは間違いない。だけどそれは……
プレイヤーが増える=それだけ挑戦する人数が増えると言う事。
つまり、街に遺物の供給が多くなる。恐らく、需要よりも多く。
そうなれば、確実に価格の暴落──デフレが起きるのは自明の理。
となれば、今取るべき行動は一択しかない。
「デフレに入る前に【アガレスの大穴】を攻略して稼ぎ倒す、それしかない」
さて、ゲーマーが大好きな金策の時間と行こうか。
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