#291 黒の巨塔の噂


「……で、探索失敗すると全ロス、と」


「……あがれすの大穴以外は一部残るけど、ここだけは全部無くなるね」


「本当に散々でしたわね……」


 【アガレスの大穴】6Fにて家事使用人ハウスキーパーに轢き殺され、【ファイバレル】の街へと帰ってきたデスポーンした俺達は噴水広場前で寝転がっていた。

 周囲を行き交うNPC達は既に見慣れた光景なのか、俺達に目を向ける事すらしなかった。なんか悲しいな。

 身体を起こし、肩を回しながら思考を整理する。


「取り敢えず家事使用人ハウスキーパーのヤバさは確認出来た。後はアレをどう対処するかが今後の攻略の鍵になるな」


「……そもそも遭遇しない事が一番だと思うけど……」


「今回みたいに誰かが呼び出すって可能性もあったりするだろ? 遭遇した上で何とかしなきゃいけない場面も出てくる可能性がある以上、対策を考えておくのは大事だと思うぜ」


「備えあれば憂いなしと言いますものね。ワタクシもそう思いますわ」


 俺の言葉にデスワさんが頷く。

 確かにシオンの言う通り、遭遇しない事が一番だが、何も対策していないのと何かしら対策を考えておくのでは全然違う。行き当たりばったりには限度があるからな。何事も事前の対策が大事だ。

 と、そんな話をしていると、デスワさんのウインドウから音が鳴った。


「あら。──爺やからの着信のようですわ。どうやら、到着したようですわね」


 デスワさんがウインドウを眺めながらポツリと呟く。

 そう言えばデスワさんは『爺や』とやらが来るまでの暇つぶしとして挑戦してたと言っていたんだったな。


「じゃあここらで解散か?」


「ええ、そうですわね。……まさかあなた方とファッ○ン迷宮で会えると思っていなかったので嬉しかったですわ」


「いや、こっちも面白い出会いだったから良かったよ」

 

「そう言って頂けて何よりですわ」


 まさかこのご時世にオンゲでFワード連呼する美少女に出会えるなんて普通思わないからな。ネカマが許されるゲームならまだしも、このゲームは性別詐称できないし。

 少し考えてから、ウインドウを操作し始める。


「折角だし、フレになっとくか?」


「あら、良いんですの?」


「別にフレンド枠は圧迫されてないしな。ま、デスワさんが良ければだけど」


「勿論ですわ。ワタクシ、フレンドが爺や以外居なかったので、実質初フレンドですわ」


 そう言うと、朗らかに笑うデスワさん。まあ、普通のプレイヤーはデスワさんに近寄り難く思うのかもな……配信してる人なら尚更。

 フレンド申請をして、すぐにその申請が受諾されたのを確認すると、デスワさんはこちらへと顔を向けた。


「いつかまたご一緒できる日を楽しみにしていますわ」


「おう、またな」


「ええ、また、


 優雅に一礼してから、デスワさんが去っていく。

 本当に嵐のようなプレイヤーだったな。彼女と一緒にプレイしている爺やとやらの心労が伺える。

 彼女の後ろ姿を見届けてから、シオンへと視線を向ける。


「シオンはもう落ちるか?」


「……ん、そろそろにぃ達が帰ってくるし」


「そうか。今日もスクリム?」


「……今日は二ちーむとやる予定。……少しでも本番前に仕上げないと」


 いつもの彼女らしからぬ、真剣な表情でそう呟いた。

 力強く握られた拳は、日本を代表して出場するというプレッシャーによるものか。

 見かねた俺は、思わずシオンの肩に手を置いた。


「……なに?」


「お前達に世界大会の出場権利押し付けておいて言うのもなんだけどさ。……もっと肩の力抜いて楽しんで来い。ゲームは楽しむもんだぜ」

 

「……簡単に言ってくれる」


 そう言い返してきたものの、シオンの表情から力が抜け、柔らかい笑みを浮かべる。


「……楽しむ、か。うん、そうだね。……楽しんでくるよ」


「おう、その意気だ」


「……ん」


 そう言うと、シオンはそのままログアウトしていった。

 光の粒子となって消えていく彼女の姿を確認してから、ぐいっと一度伸びをする。


「さて、と」


 一人になったがどうするか……。このままアガレスの大穴の検証タイムに突入しても良いんだが、その前に。


「まだ【ファイバレル】の街を探索してないしな。ちょっくら街探索でもしてみるか」


 この街に入ってすぐアガレスの大穴に挑んだしな。シオンの話によるとアガレスの大穴以外にも迷宮があるらしいし、色々と調べてみるか。


 こうして、俺は一人でのファイバレルの街探索に繰り出すのだった。





 迷宮都市ファイバレル。

 街の中心に広がる超巨大な穴である【アガレスの大穴】と、その周辺に点在する迷宮から、迷宮都市の名が付いたとされている。

 また、ファウストから続くナンバリング……五番目の街である事を示すファイブ、そしてアガレスの大穴と同じくらい異様な存在感を放つ巨大な黒の螺旋塔……【バベル】。

 それらを合わせてファイバレルの名が付いたとされているらしいのだが。


の塔……ね。なんでじゃないんだろうな」


 バベルの塔という神話モチーフの建造物がありながら、それを名前に組み込まない理由。

 語感の問題なのか? ……うーん、ファイバベルだと確かに語感が少し悪い感が否めないが、そんな単純な理由なのだろうか。

 何か見落としているような気もするんだが……まだ判断材料が少なすぎるな。


「というかこの塔、入り口はどこなんだ?」


 さっきからこの【バベル】の周囲を回っているものの、一向に入り口が見つからない。

 ライジンに言われて神話を確認したのだが、バベルの塔は神の領域にまで手を伸ばす塔を建造しようとした結果、神の怒りに触れたとされている。

 ただ闇雲に高い建造物を建てようとしたわけではあるまい。どこかしらに入り口があり、内部に入る事が出来てもおかしくはない筈なんだが……。


「……まさか、内部に入れない?」


 ぐるりと一周して確認したものの、塔内部に入る事が出来る入り口は見当たらなかった。

 塔の外部は螺旋構造になっているものの、斜面が急勾配過ぎて上れないしな……。

 天を貫く程の高さを誇っているというのに、どうやって建築したのだろうか。……周囲に足場を組んで築き上げたのか?


「おや、観光客かい?」

 

 バベルの周囲をぐるぐる回りながら考えていると、現地のNPCに声を掛けられた。


「まぁ、そんなとこです」


「最近は冒険者の出入りが多くなってきたからね。街が活発になるのは良い事だ」


 うんうんと頷く妙齢のNPC。

 確か似たような話をサーデストで聞いたような。そう言えばあの時の小物売り店の店主は息災だろうか。掲示板で情報を上げてからそれなりにプレイヤーが小物を買いに行ったらしいし、繁盛しているといいな。

 おっと、思考が脱線するところだった。折角NPCの方から声を掛けてきてくれたのなら少しでも情報を得ておこう。


「あの、この塔っていつぐらいからあるものなんですか?」


「この塔かい? ここに街が出来る前から建っていたらしいからねぇ……少なくとも3000年前から建っているものなんじゃないかな」


 ふむ、やはり大粛清の当時からあるのは間違いないんだな。

 ただ、大粛清の後に街が出来たというのは初めて聞いたな。やはり神との決戦で元々あった街は全部壊されてしまったのだろうか。


「そうだ、観光客さん。こんな話は聞いた事あるかい?」


「はい?」


「この塔はって話さ」


「……は?」


 思わず間の抜けた声が漏れる。

 今も高くなっている? どういうことだ?


「というのもね、夜な夜なこの塔の周辺の上空から音が響いているという話があるのさ。」


「ええと、つまり……今もであると?」


「そう言う事になるね」


 んな馬鹿な。3000年前から存在する建物なんだろ? 神の領域に至る為の塔というのならば、大粛清の結果から見て、とうに果たされている筈だ。なのにまだその高度を増している? 誰が? 何の目的があって?

 ううむ分からん、ライジンと今度情報共有しておくか……。


「まあ、見上げても頂上が見えない程の高さなんだ。その音とやらも、地上では聞こえない筈なんだけど。きっと、誰かが面白半分に広めたんだろうね」


「心霊現象みたいなもんですか」


「ははは。そうだね、もしかしたらこの塔を建てたご先祖様の幽霊の仕業かもしれないね」


 妙齢のNPCはそう言うと、楽しそうに笑った。

 ひとしきり笑い終えてから、妙齢のNPCは時計台へと視線を向ける。


「観光の邪魔をして悪かったね。私はこの後用事があるからここら辺で失礼するよ」


「いえ、面白い話を聞けたので良かったです。ありがとうございました」


 片手を上げて去っていくNPCを見送ってから、再びバベルを見る。


「……情報を得るつもりが、余計訳分からなくなったな」


 3000年前から存在する建造物。だというのに見た目は風化しておらず、割と直近に建てられたように綺麗だ。

 それに、今も高度を増しているという噂。心霊現象の類かもという話だが、そんな話が広まっているというのにはきっと理由がある。……仮に本当だとしても、その目的は不明だが。


「天を貫く程の、入り口の無い巨大な塔……か」

 

 これまで得てきた情報から、ふと頭を過ぎった可能性。とある一つの推測と結びつくが、あまりに

 頭を振って、そんな訳がある訳ないと半笑いする。



「──まさか、な」





 同時刻、ファイバレルの一角。



「大変お待たせいたしました。おや、お嬢様。珍しくご機嫌ですね」


「分かりますの? ふふ、偶然の出会いでしたが、まさかここまで上手く行くとは思いませんでしたわ」


 指定された地点へと向かっていたグランデ・スワーヴは、一人のプレイヤーが合流していた。

 そのプレイヤーは、執事服に身を包んだ老紳士のような見た目をしており、立ち振る舞いからも普段からそのような職業に就いている事が見て取れた。

 グランデ・スワーヴは、浮かれたような声音で続ける。


「傭兵A……いえ、こちらのゲームでは村人Aでしたわね。ワタクシの見込みに違いは無かった、彼は魅力的な人物ですわ……やはり、あの方が


「……お嬢様、あまり一般の方にご迷惑をおかけするのはお辞め下さい。事後処理が大変ですので」


 両手を合わせ、まるで恋する乙女のような表情を浮かべるスワーヴの表情を見て、彼女に『爺や』と呼ばれているプレイヤーは一つため息を吐くのだった。









───────

お嬢ことデスワさん、実は作中のどっかに出てきてたりする。(迷宮遭遇前)

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