#276 目指すべき目標
【粛清者】……いや、【創世神】イデア。
俺達が倒すべき最終目標の名前を噛み締めるように心の中で反芻する。
これまで多くの事を濁されこの世界についての情報をまともに得られる機会は無かった。
だが、三千年前を知る黒ローブの男、そしてその上位存在らしきエム。
彼女から語られた言葉に、恐らく偽りは無いのだろう。彼女が何度か口にしているが、それは
これまでの話を一通り聞いた串焼き先輩が、膨大な情報量に頭痛がするとばかりに手で頭を押さえながら、一つため息を吐いた。
「なんか想像以上にスケールのでけぇ話になってきたな……」
「つまり、トラベラーがすべきなのは三千年前に失敗した『
「それは君達が決める事さ。……君達がどういう選択を取ろうと、君達の自由だからね」
エムはにまにまとした笑みを浮かべながらそう言う。
結局の所、【粛清の代行者】を討滅し、【創世神】イデアと戦おうと、そんな世界の事なんてしったこっちゃねえとクラフターやギャザラーに邁進しようとそのプレイヤーの勝手だ。
少なくとも、それを許可するだけのプレイヤーの数がある訳だしな。
「しかし【観察対象妨害指数】『カルマ』ね。……偽りの強さを、本物の強さが叩きのめす。ヴァルキュリアはそういうコンセプトなのか?」
「だとしたら中々良い性格してるな、【創世神】様は。……まあ、アレを本物の強さと定義して良いかは謎ではあるが……」
推測ではあるが、ヴァルキュリアという存在は
ライジンがタイマンした時に見せたアルバートの力、そして【龍王】戦で見せたエグゼ、イーストンという名の人物の力。そしてその中核を担っているティーゼ・セレンティシア。
理屈はまだ分からないが、恐らく彼女は他者の力を取り込む事が出来る性質を持っているのかもしれない。
というのも、【双壁】戦で対峙した【反逆者】アルバートのような鍛え抜いた上に到達した強さというよりも、強い奴をただひたすらツギハギしているかのような強さって感じがするんだよな。
「『カルマ』については色々と知れたが、結局【戦機】については居場所については検討がつかねぇな……」
「そうだよなぁ……まあ、まだ焦る時間でも無いし、ゆっくり探そう」
なーんか見落としているような気がするんだが……流石に深く考えすぎか。
と、話が一段落すると、ずっと黙って話を聞いていた黒ローブの男がこちらへと近寄ってくる。
「アルファ、そしてブラボー。……次は【戦機】を狙うつもりなのか?」
「ああ。そのつもりだが、何か問題でも?」
「やめておけ。残念ながら今の君達では【戦機】には遠く及ばない」
黒ローブのはっきりとした物言いに、厨二が青筋を浮かべて黒ローブに詰め寄った。
「おいおい、心外だねぇ。彼女と同じ粛清の代行者──【双壁】を討滅したってのにかい?」
「ああ。そもそも、【双壁】と【戦機】では強さのベクトルが違うからな。この場所から君達の戦いを観戦させて貰っていたが、あれは六人掛かりでかつ辛勝も良い所だった」
確かに、【双壁】戦は運が大きく左右した結果、勝利できた部分もある。
もし成長進化の仕組みを理解出来て居なかったら。もし土壇場で成長進化を引き起こす事が出来なかったら。もしディアライズが【
それでも、【双壁】戦で戦力面を含め大きく成長したと思っていたのだが……。
ボッサンが片目を閉じながら、黒ローブに問う。
「……まるで、
「その通りだ。奴と対峙出来るのはたった
「…………マジかよ」
おいおい冗談だろ。【双壁】の【二つ名レイド】でもたった六人だけでの挑戦という制限があったのに、【戦機】の【二つ名レイド】は
六人であれだけ大苦戦した挙句の勝利だったというのに、一人で戦わなければならないとなるとどれだけの個人戦力を用意しなければならないのやら……。
「もし奴と対峙する機会があれば挑んでも構わないが……現状、挑んだところですぐに返り討ちにされるだろう。もし挑みたいのであれば、もっと修練を積み、最低でも一つの戦闘スタイルを極める事だな」
ハウジングウォーズの際、ライジンはヴァルキュリアが使ったアルバートの力に完封されていた。というのも、レベル100未満の生物に対して永続のデバフ付与によって行動不能状態に陥らせていたからだ。
上級職のレベル上限は70。その上の超級職のレベル上限も90という話だし……一つの戦闘スタイルを極めろ、というのは超級職の上に存在する最上位職まで到達しなければまず話が始まらないって訳か。
以前とは比べ物にならないぐらい有益な情報くれるじゃねーか、黒ローブ。
「おっと、それ以上は駄目だ。過干渉はルール違反に抵触するよ」
「……チッ」
黒ローブの助言に対し、エムが横から口出しする。
やはり、黒ローブの男とエムには上下関係が存在しているのだろう。それも、エムの方がとびっきり上の。
舌打ちを鳴らし、明らかに不機嫌な様子の黒ローブの男を見て、エムは困ったように笑う。
「でもまあ、あんまり口うるさく言うと後でぐちぐち言われそうで面倒だしね。折角だ、彼らが強くなる為に、少しばかり助言しても構わない。君は現状、彼らの指揮官なのだから」
「……そうか。ならば」
エムの許可を得た黒ローブの男は、俺達の正面に立つ。
そして──ぽつぽつと語り始めた。
「かつて、大粛清という名の大戦があった」
「世界を統べる
「数年単位で争い続け……最終的には辛うじて
「その後、君達が生きる惑星イデアの大半は、大粛清によって破壊の限りを尽くされた。かつての目覚ましい発展も、見る影も無くなってしまっている」
「しかし、この世界の文明レベルは地に落ちたと言えど、その残滓は未だこの地に日の目を浴びる事無く眠っている」
「かつての大戦に終止符を打った兵器を望むのなら、
「万物万象を具現化する魔法の発展を望むなら、
「この世界は、未だ
「決して歩みを止めるな。自分が歩み、視て、知る事で自分の目的を見つけるといい」
「君達は──
ざぁ、と風が吹いた。一面を彩る美しい花畑が風によって揺れ、波打っていく。
星々が降り注ぐ星空の下、黒ローブの男を真正面から見据えると。
「分かったよ。──
俺がそう言うと、風に煽られ、漆黒に覆われていた筈のローブの内が少しだけ露出した。
美しい顔立ちの、白髪赤目の男。僅かばかり驚いた様子を見せながら、黒ローブ……いや、初代トラベラーは声を漏らす。
「……やはり、気付いていたのか」
「まぁここまでお膳立てされりゃあ誰だって気付くさ。それに、エム。お前の正体も何となく勘付いてはいるけどな」
「おっと、乙女の秘密を丸裸にしようとは良い趣味してるねぇ。ま、答える義理は無いけどね」
「おい、言い方。……ま、今聞いた所で飄々とかわされるだろうしな。次の機会にでも聞くよ」
「まだ会って間もないのに良く分かってるじゃないか。良いね君。気に入ったよ」
「そりゃどーも」
肩を竦めながら返答すると、おかしそうに笑うエム。
「さて、聞きたい事も聞けたし、そろそろ行くか。用事もある事だしな」
色々と話を聞いている内に結構な時間が経っている。串焼き先輩の都合もあるし、そろそろここら辺で解放してあげないと。
と、踵を返して後方にあったワープゲートらしき穴へと向かおうとしたその時だった。
「現代のトラベラー。君達に対し、僕個人から依頼をしたい事がある」
エムの声を聞いて振り返ると、先ほどまでの笑みばかり浮かべていた柔らかい雰囲気からはかけ離れた、能面のような表情を浮かべていて思わず背筋を凍らせる。
「
思わぬ所で思わぬ名を聞いて、身体の動きが完全に停止する。
ロッド・アグニ。俺達にはその名に聞き覚えがある。だが、それは
「おや、知っているのかい?」
「……そっちこそ、なんでその名前を知っている?」
ロッド・アグニという名の研究者は、Ruin gear……Aimsに登場するキャラクターだ。
本来であれば、この剣と魔法のファンタジー世界では、その名を聞く事は絶対に無い筈なのだ。
俺の問いに対し、エムは冷たい表情のまま、つまらなさそうに語る。
「奴は、
「本当に、奴がこの世界に居るんだな……?」
以前、【戦機】ヴァルキュリアが【龍王】ユグドラシル戦で用いた『ネクサス』を見て、シオンがAims内で起きたロッド・アグニの失踪と関連があるんじゃないかと言っていた事があった。
面白い考察だと思ったし、もしかしたら……程度に思っていたのだが、まさか本当にこの世界に来ていたとは。
「ああ。奴は三千年前、トラベラーと共にこの世界では到達し得ない技術革新を齎し──破滅へと導いた男だ。僕自身のルールに則り、【観測者】たる僕は、奴を決して許しはしない」
瞬間、エムの身体から迸る凄まじい殺気。
その殺気にあてられてか、周囲に咲き誇る花々が瞬時にして枯れ果てていく。
ゲームだと分かっては居るのに、身体の芯まで凍り付かせるようなオーラは、あの厨二ですら盛大に顔を引き攣らせる程だ。
……そして今しがた見せた殺気で確信した。……エムは、見た目こそ少女の
「分かった。……もしロッド・アグニを見つけたら報告する」
「ああ、それも含めて期待しているよ」
途端に殺気を消し、俺達と会話していた時のような柔らかい雰囲気に戻る。
「君達に渡した招待状は何度でも使える。もし、この場所に来たかったら何時でも来ると良い。ただ、情報を渡すのは【粛清の代行者】を討滅した時のみだけどね」
「まあそうだろうな。次に来るのを楽しみにしてな」
「君達の旅の行く末を、この場所から楽しませてもらうよ」
こうして、俺達はこれまでとは比べ物にならない程巨大な情報の数々を得て、元の世界へと帰還したのだった。
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