#275 『カルマ』
「【
顎に手を添えながら、先ほどのエムの言葉を反芻する。
三千年前にトラベラーが犯したという大罪。そしてそれが基になって『カルマ』という数値が産まれた。……現状、何がどうしてそれと繋がってるのかは見当も付かないけどな。
俺が考えている横で、ライジンが挙手してエムに問いかける。
「それは【双壁】……元々は人であった者が、後から神になった……言わば
「いいや、【双壁】ネラルバ・ヘラルバは【粛清者】によって魂の形を歪められただけの存在に過ぎない。守護神というのも、人が勝手に強大な存在を恐れた結果そう呼称していただけさ。──かつてのトラベラーが殺したのは、正真正銘、
神殺し……ね。確かにそりゃ大罪だ。
過去トラベラーが恩人である【双壁】兄弟を巻き込ませたくないと言っていたのも納得の所業だろう。
だが、この世界に神なんて存在していただろうか? これまでこのゲームをプレイしてきた中で、そんな奴の存在を聞いた覚えは……。
「……居たな。このゲームの中で唯一存在が仄めかされてる神」
そうだ、1st TRV WAR終了してすぐ、公式から発表されたあのPV。
黒ローブの男を初めて知ったあのPVに出てきていた名前がある。
名前は確か──。
「【創世神】」
その名を呟いた途端、エムはぴくりと眉を動かす。
「おお、そこまで知っているのか。そう言う事なら話は早い」
杖に両手を乗せ、その上に顎を乗せたエムは、妖艶に微笑んだ。
「そう、かつてのトラベラーが殺したのは、この世界を創り出した創造主──【創世神】イデア。かつてのトラベラーが犯した大罪とは、創造主への反逆行為。及び、その殺害になるね」
淡々と語られる壮絶な事実に、思わず顔を引き攣らせる。
過去のトラベラーは思っていた以上にとんでもない事をしでかしていたらしい。
リヴァイアといい、あの兄弟といい、過去トラベラーはとんでもなく強かったという話は出てきていたが、まさかそこまでの存在とは思い至らなかった。
隣に立っていたボッサンが、アゴに生えた無精ひげを撫でながら、エムに問う。
「世界の創造主を殺したってのに、世界が滅んでないのは何故なんだ? この世界を統治する神が滅べば、その世界ごと消え去ってもおかしくはねぇだろ?」
「簡単な事さ、
「その後ってのが一番重要な情報なんだが……流石にそこまでは教えてはくれなさそうだな?」
「残念ながらこれ以上の情報は渡せないな。真実を知りたければこのまま粛清の代行者を滅ぼし続ける事だ。私は何よりも、
エムは期待しているかのような眼差しでこちらを見る。
また【双壁】のような存在を倒すとなるとかなり苦労はするだろうが……。【戦機】には確実に挑戦する事になるしな。その時にでも教えて貰えば良いだろう。
「でもそれがどうして『カルマ』に繋がるんだい? 神への反逆と、一定の悪い事をしたら蓄積する『カルマ』……確かに神への反逆が悪い事と言えばそうなんだろうけど、あまり関連性が無いと思うんだけどぉ?」
「君の意見は
「……正式な名?」
「『カルマ』の正式名称は──【観察対象妨害指数】通称『カルマ』。その数値の増減は、『
「成長の、阻害……?」
なんだそれ、一体どういう事だ?
ますます意味が分からなくなってきたんだが……。
「……! なるほど、そういう事だったのか……!」
と、エムの言葉を聞いて、ライジンが何か確信したかのように笑みを浮かべた。
ライジンへと視線を向けると、ライジンは指を立てて説明を始める。
「村人、覚えてるか? 一番最初にお前がヴァルキュリアを呼び出した時の事を」
「……あんまり良い思い出じゃないけどな。始まりの平原でスライム狩りまくってたら粛清Mobを呼び出してしまって、そいつがサービス開始間もないプレイヤー達を狩り続けたのが主な原因で……」
「あーあったなそんな事。それがキッカケでこのゲームをお前がやってるって知ったんだわ」
「なんだそれ、村人お前知らない間にそんな事してたのか!? あっはっは! どこ行ってもトラブルが尽きねぇなお前さんは!」
「そっか、ボッサンが参加したのは最近だし知らないのか。そうそう、こいつそんなトラブル起こしてすぐにファウストから逃げたんですよ」
「やめてくれ、当時はマジでビビってたんだぞ……主に報復が怖くて」
「あはは……流石に報復には来ませんでしたけどね。……あ、でも1st TRV WARの時にその時の被害者が襲い掛かってきましたっけ……」
どこか遠い目をするポンに、思わずため息を吐く。
あんまり黒歴史を掘り下げられても困るしな……取り敢えず話を進めよう。
「その話はここまでにしよう。で、それがどうしたって?」
「元々、お前のカルマ値……いや、カルマは『同じ狩場で同じモンスターを狩り続ける』という『狩場の独占行為』で増えていた物と思われてたんだけど……今の話を聞いて確信した。正確には『狩場の独占行為によって発生する他プレイヤーの成長阻害』が原因だったんだよ」
「……ええと、両方とも変わらなくないか?」
「いいや、この二つには大きな違いがある。前者は『独占行為そのものに対する罰則』、後者は『独占行為によって、他プレイヤーの
「──! なるほど……!」
確かにそういう事ならこれまでカルマが増減していた話についても説明が付く。
以前、【戦機】ヴァルキュリアの目撃情報があった際にライジンとポンと考察会を開いた事があった。その時に出た情報は、『他プレイヤーのアイテムを盗むプレイヤー』『経験値効率を求めて狩場の独占行為』『街中で他プレイヤーを執拗にナンパするハラスメント行為』の三つ。先ほど得た情報から考えてみるに、前から『他プレイヤーのリソース奪取』『経験値を得られる機会の損失』『時間を奪う行為』と、全て『成長機会の損失』に繋がってくる。
俺が【バックショット】でライジンをひたすらノックバックしてカルマを稼げていたのも、『成長見込みのプレイヤーの時間を奪う行為』に該当するからだ。本来であればライジンがノックバックで転がり続けていたその時間も、Mob狩りなどでレベルアップ出来ていた筈だからな。
「確か、NPCがヴァルキュリアに殺されたみたいな事件もあったよねぇ。どうやらトラベラーに対して悪徳商売をしていたNPCみたいな話を聞いたんだけど、それももしかしてそういう事かい?」
「ああ、多分間違いないだろうね。『本来であれば稼げていた金を騙し取る行為』も『成長機会の損失』に繋がる。だからこそ、そのNPCがヴァルキュリアに殺されるに至ったと考えてもおかしくはない」
「結果としては因果応報、ということなんでしょうか……」
なんか身に覚えのある話だな……。そう言えばいつかのあのぼったくり商人は元気にしているのだろうか。……非常に良い金蔓だったから息災であると良いんだが。
「理屈は分かった。ただ、そこまで徹底した監視数値が産まれたのはどういう事なんだ? いまいち全容が掴めてないというか……」
俺の呟きに対し、エムが返答する。
「元は神の創造物であった『トラベラー』が、何故創造主たる自分を追い詰めるまでに至ったか。つまり、
「成長過程の監視……」
「かつての君は仲間と協力し、神へと牙を剥いた。神はそこに目を付けた。自分を追い詰めた理由は、『
なるほどな……だからこそ、ここまで
言ってしまえば、狩場の独占行為も、他プレイヤーのリソース奪取も、結果としてはその本人の成長には繋がる。だが、それは神が想像する強さとはまた別物……自分を追い詰めるに至った理由ではない紛い物の強さである、と。
言ってしまえば、今は
「三千年前にかつてのトラベラーが与えた傷は今も完治していない。だからまだ手を出していないだけに過ぎないって事でもあるんだけどね」
「……思考を読むな思考を」
「おっと失礼」
エムはそう言うと、くすくすと笑う。
だが、これでようやく全容が掴めてきた。
かつてのトラベラーはその仲間達──【双壁】兄弟のような存在達と共に【創世神】イデアに挑んだ。そしてその結果、仲間を失いながらもイデアを追い詰めた。
後一手で勝利、という所でトラベラーはイデアの反撃を食らい、敗北。その後、トラベラーが何かしら行った事で、現代のトラベラーを産み出すに至った。
その後、イデアは自分を追い詰めたトラベラーの成長過程を知るべく、かつての力を失った現代のトラベラーを監視する仕組み──【観察対象妨害指数】『カルマ』を産み出した。
『カルマ』の増減の仕組みは『他トラベラーの成長阻害』。『協力する事』に強さを見出した神は、他人を足蹴にする事で得られる紛い物の強さに対して、
そして、ここまでの話を聞いてはっきりと分かった事実が一つある。
「つまり、俺達が最終的に対峙する事になるのは──」
「ああ。君達が現在敵対している相手の親玉は、【粛清者】──いや、【創世神】イデア。この世界を産み出し、そして──三千年前、一度この世界を
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