#274 いざ最果ての地へ


 ▷サーデスト住宅街 ハウジングエリア クラン【変人連合】 クランハウス


 


「ってなわけで、【二つ名レイド】で手に入れた報酬を使って、【最果ての地】とやらに向かおうと思ってるんだが」


「あー、そう言えばそんなの貰ってたな。わりぃな、大会の事ですっかり頭から抜け落ちてた」


「仕方ないですよ。本来ならそっちを優先すべきですからね。むしろ、時間を作って頂いてありがとうございます」


「ま、シオンやSAINAにああ言われちゃ俺が休憩するまで試合させてくれなかっただろうしな、丁度良かったぜ」


 ポンの言葉に、ソファにもたれかかれながら、手をひらひらと動かしてそう言う串焼き先輩。

 アンティークデザインのポットから人数分の紅茶を入れていた厨二が、こちらへと視線を向ける。


「【最果ての地】……PVで黒ローブの男が言っていた場所だよねぇ。いつかここへ辿り着けってネ。……まあ、こんなあっさりと辿り着くとは思わなかったけど……村人クンとライジンは行った事があるんだろう?」


「正確には最果ての地の端っこみたいな所だがな」


 そう言って、ウインドウを操作して、【最果ての地への招待状】を物質化する。

 シンプルな白い封筒に、蝋で封が施されている洋風なデザイン。

 やはりと言うべきか、それは1st TRV WARの時に入手した【招待状】と全く同じ形状のアイテムだった。

 違う点があるとすれば、前回所々がポリゴン化していた部分も綺麗になっている所か。


「俺とライジンはこれと殆ど同じデザインのアイテムを使った結果、異空間に飛ばされて、黒ローブの男と接触した事がある。その時に使ったアイテムの名前は【招待状】。今回はしっかり【最果ての地への招待状】と名前が付いているんだよな」


「推測だけど……今回はだろうね。前回の【招待状】のアイテムテキストは文字化けしていたけど、今回のは文字化け無しのちゃんとしたアイテムだ。……正式な招待である以上、前回よりも、正確な情報を得られる可能性が高いから、このチャンスを無駄にしたくはない」


「ええと……質問は一つだけと言われて、色々と有耶無耶にされながら解答されたんでしたっけ?」


「そうそう、口止めがどうのみたいな事を言われてあんまり情報を得られなかったんだよな」


 思い出したら少しイラっと来たな。あの初見殺し質疑応答は誰だってイラっと来るだろう。


「……それで、今回も質問は一つだけと言われる可能性がある以上、ここで全員の意見を統一しておきたい。予め、聞きたい事についてはまとめてある」


 そう言って、ライジンがウインドウを操作するとメモが送られてくる。

 中身を確認していると、ライジンが補足するように。


「一人につき一つの質問の権利が得られる可能性もあるけど、もしそうじゃない場合……全員で一つだけの場合に備えて、優先順位を決めておきたい。全員で、どれを優先すべきか決めておこう」


 【大粛清】や三千年前の出来事、シャドウの正体やら【■■■グランドマスター】の存在についてなど、色々気になる物はあったが、何よりも気になっている物が目に留まった。


「……俺は、これかな」


「私もこれですかね」


 俺と同時にポンが同じ質問を選択した。


「……確かに、もし次のターゲットを決めるのだとするなら、その質問が無難か」


 ライジンも、その選択に対して納得を示す。この質問ならはぐらかされ無さそうというのもあるが、次のターゲットをとするのならば、それ一択だろう。


「ウン、僕もそれが良いと思うかナ。そもそもの定義が気になってた所だしねぇ」


「俺も賛成だ。この質問が一番当たり障りねぇだろうし、やるんなら次は奴だろうしな」


「俺はまだ歴が短いからな、お前らの選択に任せるわ」


 厨二、串焼き先輩、ボッサンも納得したように頷く。全員の意見を統一し、ライジンは一つ頷くと。


「じゃあ、それに決定しよう。串焼き団子さんの時間の都合もあるし、早速行こうか」


「了解。じゃあ全員、転移に備えてくれ」


 そう言ってから封筒の蝋を剥がすと、たちまち周囲が光に包み込まれる。

 光を浴びた身体が宙へ浮き始めると、その場に居た全員の姿がポリゴンへと還元されていく。



≪【最果ての地への招待状】が使用されました。強制転移を行います≫



 いざ、最果ての地へ。


 



 

 転移が完了し、周囲の景色が一変する。

 そこは1st TRV WARの時にように、包み込むような黒が広がる深淵──では無かった。


 林檎が実った木が連なり、地平線まで広がる美しい花畑。空には幾重もの流星が彩り、地表を明るく照らしている。その中心に、静かに佇む白亜の塔があった。


 まさしく幻想的な光景に圧倒され、全員が思わず言葉を失っていると、目の前に黒ローブを纏った男が出現する。

 相変わらずフードの中は漆黒に染まっており、赤い双眸だけが浮かんでいた。


「……来たか。ライジンアルファ、そして村人Aブラボー


「よう、久しぶりだな。あんたの依頼を達成したから報告しに来たぜ」


「知ってるさ。【粛清の代行者】の一柱……【双壁】を討滅したのだろう。本当に……よくやってくれた」


 フードの中が見えない以上、黒ローブの表情こそ分からないが……心なしかその声音は優しく、柔らかく笑っているように感じた。

 

「今回もあんたに質問する形式で良いのか?」


「……いや、生憎だが今回話をするのは私では無い」


 黒ローブがそう言って視線を俺達の後ろへと向ける。その時、俺達の背後から何者かが現れた気配を感じた。



「ようこそ、現代の『トラベラー』。この最果ての地に足を踏み入れた者が現れるのは、実に三千年ぶりだ」



 かつかつと、杖を突きながらこちらへと歩いてくる影が一つ。そちらへと視線を向けると、そこにはシミ一つ存在しない、純白のローブを纏った少女が居た。

 フードの下から覗く双眸がこちらを捉えると、形の良い小さな唇が柔らかく弧を描く。


「ここは情報統括管制領域、名を【アヴァロン】。君達が生きる惑星イデアが表側の世界とするのならば、このアヴァロンは裏側の世界に存在する領域だ。私はこの地を統括する主──そうだな、『エム』とでも呼んでくれ」


「ちょっと待ってくれ、怒涛の新情報に脳の処理が追いつかないんだが」


 情報統括うんたらかんたらに、SBOの惑星の名前に、裏の世界?

 何か情報得られるだろうな、ぐらいにしか思って無かったのに明らかに初出の重要過ぎる情報が初っ端から連発し過ぎだろ……。ちょっと整理する時間をくれ……無理? さいですか……。

 まあいいや、視界の端っこでライジンがよだれ垂らしながらメモ取ってるしそこら辺は後で確認すれば良いか。


 エムと名乗った白ローブの少女は、もう一度杖を打ち鳴らすと、瞬時に目の前へと現れる。

 思わず身構えるが、どうやら敵対しているようでは無く、ただただ興味深そうにこちらを覗き込んだ。

 

「こうして君達の前に姿を現したのは君達を認めたからに他ならない。三千年前にトラベラーが見せた執念は、あの【粛清の代行者】にすら届いた。──それも、目覚めから僅か一ヵ月という短期間でね」


「目覚め……ああ」


 目覚め。それは、このゲーム……SBOがサービス開始し、トラベラー達が『始まりの平原』で目を覚ました事を指しているのだろう。時期的にも、間違いない。


「これでも僕は沢山の世界を見てきたんだ。九割方向こうが勝つってのはそれなりに自信があった予測だったんだけど……この調子なら番狂わせもあるかもしれないね」


 エムは少し離れてから、少しばかり期待しているかのような表情でにこりと笑った。


「僕はを重んじている。君達と敵対する【粛清者】側ばかりが情報を持っているのにも関わらず、君達が何の情報も知らないまま戦い続けるというのはあんまりだよね。【粛清者】側の主力──【粛清の代行者】の一柱を討ち滅ぼした君達に何でも一つ、質問をする権利を与えよう。……この前、そこの居候君が口を滑らせかけた事だって、何でも構わないさ」


 黒ローブの男を見やりながらそう言ったエムの発言で確信する。


 やはり、この少女こそがあの時黒ローブが言っていた『あの女』。

 この世界の根幹に関わる重要な存在であり、この『最果ての地』の主。

 知ろうと思えば、本当に何でも教えてくれる──そう思わせるだけの雰囲気を纏っていた。


 思わず生唾をごくりと飲みながら、恐る恐る尋ねてみる。


「予め確認しておくけど……『それは言えない』だの、『それはまだ語るべき時ではない』だの、そういうのは無しで頼むぞ?」


「当然さ。聞かれた事ならなんだって答えよう。ただし、質問は一つだけ……。慎重に選ぶと良い」


 良かった、以前それで痛い目を見ていたからな。……そこの黒ローブの男にやられてな。


 一つ息を吐き出してから、ライジン達の方へと一度視線を向ける。

 すると、彼らは何も言わずにただ頷いた。少しばかり想定とは違っていたものの、俺達が聞こうと思っていた事は既に決めてある。

 

 エムに向き直り、正面から彼女を見据える。


「もう決まっているのかい?」


「ああ。俺達が聞きたいのは──」


 トラベラーとは何なのか。シャドウの存在とは。三千年前に起きた本当の出来事とは。黒ローブの正体とは。

 知りたい事は当然山ほどあるが……何よりも優先して聞きたい事が一つ、存在する。


 それは──。



「【カルマ値】について、教えてくれ」



 【戦機】ヴァルキュリアに関わる重大な要素。俺達が最初に相対した【二つ名】という因縁の相手であり、俺達が討滅した【双壁】兄弟と、ティーゼ・セレンティシアとの約束を果たす為に、彼女へと挑む。


 俺の言葉を聞いた白ローブの女は僅かに驚いた様子を見せ、口元に手をやった。


「【カルマ値】……ね。その名は、どこで聞いたんだい?」


「悪い事をしたら蓄積する値……そういうのがこの世界にあって、それを基に粛清の代行者である【戦機】ヴァルキュリアが俺達の前に現れると睨んでるんだが……違うのか?」


「ははっ! そうか、悪い事をしたら蓄積する値、か……言い得て妙だね。うん、君達の認識は一部合ってるけれど、一部違うかな。厳密に言えば、。そして、【カルマ値】では無く【カルマ】という数値なら存在する」


「……!」


「良いだろう、約束は約束だ。君達が知りたいであろう【カルマ】について教えよう」


 エムは不敵な笑みを浮かべると、すっと人差し指を立てる。


「その前に一つ、その数値が出来た背景を知る必要がある。ただ【カルマ】という物が何を示すのか聞いた所で、味気無いだろうからね」


 この時点でもう黒ローブよりもエムの方が有能だな、うん。おう、そこのお前だぞお前。そこでぼんやり突っ立ってるお前だよ。おい視線逸らすなこの野郎。


「さて……どこから語ろうか。……うん、そうだな」


 エムは少し悩んだ様子を見せると、一つ頷いてから。


「【双壁】の記憶を垣間見た君達ならば知っているんじゃないか? かつての君……『トラベラー』が三千年前に犯した大罪の存在を。【カルマ】とは、その大罪を基に作られた、君達『トラベラー』に課されたなのさ」


「監視……数値?」


 確かに【双壁】兄弟の記憶の中でトラベラーががどうの、みたいな話はあった。だが、それに対しての監視とは一体……?


「ああ。今もなお、君達を縛り付けるその数値が産み出された理由を教えよう。……三千年前に『トラベラー』が犯した大罪の名は────」


 一拍置いて、エムはふっと微笑みを浮かべると。





「『神殺しゴッドスレイ』だ」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る