#263 8月25日


 少し時は遡り、8月25日──skill build onlineというゲームは一つの転換点を迎えた。


 それは、ストーリーを進める上で必要なメインコンテンツでありエンドコンテンツでもある【二つ名】──粛清の代行者【双壁】ネラルバ・ヘラルバの討滅による影響だ。

 代行者の討滅によって世界の変遷が起こり、これまで侵入できなかった領域が大幅に拡張され、それに伴うコンテンツ量もまた、膨大に増える事となった。

 

 その変遷に一役買った超有名ストリーマー『ライジン』の攻略生配信は、早朝であるのにも関わらず、国内外合わせて同時接続数最多の200万人を超えるゲーマー達に見守られて幕を閉じた。

 SBOに関連した配信のコメント欄や、SBOの掲示板ではその話題で持ち切りとなり、一時はSNSの世界トレンドに入る程の盛り上がりを見せた。


 そして、その盛り上がりが良くも悪くも最高潮となったのは、ライジンの配信が終了してから数分後の事だった。





≪World Announce:日頃よりskill build onlineをプレイして下さっているプレイヤーの皆様に大切なお知らせです≫


「お、多分さっきのライジンの生放送で攻略してた奴だろうな」


「まさかのエンドコンテンツ攻略者が出ちまったもんなー。流石に一ヵ月は早すぎる気もするけど」


 サーデスト、中央広場。プレイヤー達の多くが滞在するこの街で、プレイヤー達が自主的に集い、攻略の様子を見届けていた。

 長時間に及ぶ攻略だったため、その場に居たプレイヤー達もまた、最後まで見届けられた満足感に包まれながら談笑していた。


≪8月25日午前6時、二つ名レイド【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】の踏破、及び【双壁】ネラルバ・ヘラルバの討滅が確認されました。最速攻略を成し遂げたのは、クラン名【変人連合】。攻略プレイヤー名は『村人A』『ポン』『ライジン』『串焼き団子』『ボッサン』『銀翼』の六名となります≫


「やっぱりか~!」


「攻略したらこうしてゲーム内でも公式アナウンスが出るのは良いな! 次の【二つ名】を攻略出来れば俺達もここに名前が出るってことなんだろ? 俄然やる気湧いて来た!」


「まあ、まずは探す所から始めないといけないけどな。そもそも、ライジン達がやってたレイド?もクエストすら受けられてないからな……」


 最初こそ、その難易度の高さから攻略は厳しいと思われていた【二つ名レイド】。

 そんなコンテンツを一ヵ月という短期間で攻略してみせたライジン達の実力は、生配信で実演して見せたからこそ疑う余地はない。

 それ故に、今の自分達との格差もひしひしと感じていたプレイヤー達は口々に言う。


 いつかは攻略出来たら良い。時間こそ掛かれど最前線に追い付けたら。次こそは自分が一番を。


 そう思っている人間が大半だった。


 ──次のアナウンスが出るまでは。


≪『粛清の代行者』の討滅が確認されましたので、現時刻を持ちまして、【ワールド・エンド・カウントダウン】を起動致します。詳細につきましては、メッセージボックスに送付されたメール、もしくは公式サイトをご確認下さい≫


「ワールド・エンド・カウントダウン……!?」


「……名称的に、世界の終焉? え、このゲーム、タイムリミットなんてあるの!?」


 そのメッセージを見て途端にどよめき出すプレイヤー達。慌ててウインドウを操作し、アナウンスと共に送られてきた公式からのメールを開封する。


『ワールド・エンド・カウントダウン:『粛清の代行者』が一体討滅されると自動的に起動されるカウントダウンです。デフォルトのタイムリミットは二年で設定されており、制限時間内に『粛清の代行者』を全て討滅しなければ、強制的に最終決戦【大粛清】が開始されます』


「ちょ、ちょっと待て、最終決戦!?」


「いやいやいや、まだ公式サービス開始から一ヵ月だぞ!? 二年は早すぎ無いか!?」


 和気あいあいとした空気が一変、一気に緊迫した空気となる。

 二年。MMORPGの運営期間とすれば有り得ない程の短い期限だ。

 長寿のオンラインゲームともなると、二十年を超える物も存在する。その十分の一の期限ともなれば、当然プレイヤー達の不興を買う理由足り得た。


 だが、この通知で混乱するプレイヤー達を想定していたのか、再び公式からのメールが届く。


『今回はカウントダウンの起動ですので、一切の告知が無い状態での通知となります。近日中にワールド間移動機能であるプレイヤー・コンバート・システムについてご報告させて頂きますので、続報をお待ちください』


「コンバート……? ワールド間移動……?」


「……このタイミングでの告知って事は、救済措置的なシステムなのかな……?」


 そのメールに記載されていた内容を見て、様々な憶測が飛び交い続ける。

 この世界が一体どうなっていくのか。それを予測できるプレイヤーは、この場の誰一人として存在しなかった。





 SBO開発チームもまた、大騒ぎ状態だった。


「不知火ッ!! 一体これはどういうことだ!?」


 開発チームのオフィスに、今しがた出社したばかりの営業チームの長谷田の怒声が響き渡った。

 すぐに来るんだろうな、と予め想定していた不知火は、頭痛を抑えるように頭に手を当てる。


「あーあーマジでやっちまったスね彼ら……まさか本当に【二つ名レイド】を攻略しちゃうとは思わなかったっス」


 徹夜で見届けたライジンの攻略生配信。日頃からオフィスで夜を越す事は多いが、その場に居た開発チームは死屍累々の状態だった。


「満を持してリリースした虎の子がまさかこんなサクッと攻略されるとは……いやサクッとでは無いんすけどA君がま~たやらかしてくれたッスね……」


 不知火はぶつぶつと呟きながら、内心の愉快な気持ちを押し殺すように努める。

 流石の彼らも現時点での攻略は不可能だと思っていた。だが、現実として既に【二つ名レイド】は攻略されてしまっている。

 ゲーマーという生物いきものは、いつも開発サイドの想定を軽々と上回ってくる。だからこそ退屈しないのだが。


「【二つ名】攻略まで最短でも半年……もしくは一年以上掛かる想定だった筈だろう? それが何故一ヵ月で攻略されているんだ!?」


「とは言っても彼らは真っ当なプレイで攻略してるんスよねぇ……。今回ばっかりは我々の敗北ッスよ長谷田さん」


「……普通ならばそれで納得せざるを得ないだろう。だが、あのゲームにはお前が考案したが存在する。どう責任を取るつもりなんだ?」


 怒り心頭の長谷田に対し、ひらひらと手を振りながら不知火は言う。


「もう先手は打っといたッスよ~。こうなってしまった以上仕方ないッス。海外展開含めた計画は前倒しで、準備していたサーバーも順次稼働するしかないッスよ」


「おまっ、簡単に言うがどれだけコストが掛かると……!!」


 長谷田が絶句する中、不知火は飄々とした様子で言葉を続ける。


「そうそう長谷田さん、話はちょっと変わるんスけど、SNSって見ました? 今このゲーム、世界トレンド入ってるみたいなんスよね~。十中八九ライジンの生放送が影響してるんスけど」


「ああ、それを見たからこそこうして朝早くから出社したんだが、今その話は関係な……」



「……!」


 長谷田もその可能性に勘付いていたのか、苦い顔をする。

 へらへらしていた不知火は眼光を鋭くすると、手を組んで真剣な声音で語り出す。


「巨額の資金を費やしたゲームが二年でサ終? フルプライスと月額課金だけでその開発資金が賄えると? いいや無理だね、ライジンの生放送による販促効果を見越したとしても多額の赤字が残って終わる可能性が99……いいや、100パーセントだ」


「……当然だ、あのシステムを作り上げるのにAimsの収益のほぼ全てを費やしたのだからな。まだ発売して一ヵ月、注目こそ集められどその資金を稼げる訳がない」


「だから、まずすべきなのは現存するプレイヤー離れの可能性の排除。……半年後に稼働する予定だったの解放がマスト。元より世界なんだから、早急に退する場所を作り上げれば否定的な意見はある程度沈静化する」


 普段のおちゃらけた雰囲気の不知火からは考えられない程真剣な口調で、長谷田を詰めていく。


「そして、先のライジンの生放送。現在、SBOは日本国内向けにしか配信してないからこそ、海外ゲーマー達のSNSの投稿が後を絶たない。早くプレイさせろ、日本だけで展開するなってね。彼らはより自由な世界を求めている。SNSでも話題に成り始めている今、このタイミングで告知、展開するのが一番良いだろう」


 雰囲気を一変させた不知火の様子を、不気味に思った長谷田は一歩後ずさりする。

 想定していない事態が発生した時でも、冷静に状況を把握し、寧ろ有効に活用出来る手段を考え、即実行する。

 それこそが不知火の強み。彼が一から作り上げたAimsというゲームを、無名ゲームから超人気ゲームへと押し上げてきた判断力と決断力だ。


 不知火はそこでふっと雰囲気を和らげ、親しみのある笑みを浮かべて長谷田の次の問いを潰す。


「サーバー維持費とかに関しては最悪が出すんで大丈夫ッスよ、オイラはこのゲームを通して見てみたい世界がある。オイラの人生そのものを注いで、その結果爆散するとしても悔いは無いッス」


「……ッ!」


 この男は、どこまで。


 最早狂気とも取れる発言ではあるが、不知火という男をよく知っている人間程、その発言が嘘偽りでない事を良く分かっていた。

 彼の家は、昨今のゲーム業界を独占するVRデバイスの開発元であり、その特許を持っているので人生を何十、何百回遊び倒しても使い切れない程の金がある。

 だからこそ出来る金持ちの道楽とも言えるが……仮にもし成功した時に返ってくるバックもまた、凄まじい物となるだろう。


 何を言っても言いくるめられるだろうと思った長谷田は、眼を閉じた後、一つ頷いた。


「良いだろう、ならば営業チームの方にはお前の考えを伝えておく。だが、取締役には自分から意向を伝えろよ。SBOプロジェクトは社運を賭けているんだからな」


「あ、もう電話で言ってあるッスよ。『オッケー!』って快く許可出してくれたッス」


「あの人絶対この事態を何とも考えてないだろ……」


 長谷田は自分の勤めている会社のトップの楽観視ぶりに眩暈がした。

 まあ、それだけの信頼を目の前に居る不知火という男が得ているという裏返しでもあるが。


 と、ふと周囲を見回して良く見知った顔が居ない事に気付いた長谷田が、怪訝な顔をする。


「……所で、冴木の姿が見えないが?」


「あ、胃が余りにも痛すぎるみたいでトイレの住人になったッスね。ここ一時間ぐらい見てないッス」


「……そうか」


 自分同様、振り回されている同僚の身を案じて、長谷田はまた一つため息を吐いたのだった。







────

【おまけ】



長谷田が去った後の一幕。


「……所で不知火さん」


「なんスか?」


「結局、今日攻略されちゃいましたね」


「はーッ!? 日跨いでるからノーカン! ノーカンッスよ!! そこだけは譲れねーッス!! 実質二日!!!」


(大人気無ぇこの人……)

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