Hello world!
プロローグ 『ペアチケット』
──ここに一枚のペアチケットがある。
「うーむ……」
そのチケットには、『Ruin gear ~Ash in the mercenaries~ World champion ships 特別ペア御招待券』と印字されている。
テーブルの上に乗ったそれを、じっと眺め続けて早30分。俺はずっと目の前のチケットの事で頭を悩ませていた。
そう、これは夏のある日、ライジンにやきもちをやかせたいという理由で、紫音と悪ふざけでからかったら色々と地雷を踏み抜いてしまった事件(黒歴史)の、紫音からの報酬である。
これは読んで字の如く、9月中旬に開催されるAimsの世界大会の観戦チケットだ。しかも関係者用のとんでもないプレミアチケット……本来なら一般人が手に入れる事の出来ない代物。
何故ならこれは、『エキシビジョンマッチ』……世界のトッププロ達と一緒にチームを組んでプレイ出来るというイベントに優先して参加可能(抽選式)な、全Aimsゲーマー垂涎物のチケットなのだ。
本来であればプロゲーマーの両親や友人を招待する為のチケットなのだが、紫音は串焼き団子というリアルの兄が居る為、一枚ペアチケットが余る事になるという事もあって、俺に譲ってくれたという背景もあったりする。
「いやー……流石にマズいか?」
うんうんと唸りながら、腕を組んで悩み続ける。
先日、紫音に会った時にこれで紺野さんと一緒に見に来てね、とは言っていた。
一時期は引退するとまで言って追い詰められていた紺野さんのAimsのモチベも回復したし、次は世界大会の出場権を掛けて全力で戦うと決めた以上、世界のレベルを間近で見れるというのは非常に良い機会だ。
俺も勿論紺野さんを招待するつもりだったし(雷人の奴は紫音が出るという理由で実費で行くだろうから)、そのつもりで準備をしていたのだが……。
「日帰りなら即決だったんだけどまさかこれが宿泊込みとは……」
そう、このペア御招待券、なんと三日に渡って開催されるAimsWCSに合わせて、二泊三日の宿まで付いてくるというのだ。
普通ならそれは喜ぶべき特典なのだが、問題はその宿の部屋についてだ。
どうやら、『ペアチケット』という事もあって別々の部屋という訳では無く、チケット一枚につき一つの部屋が割り当てられているらしい。
つまり、このチケットを使った場合、俺と紺野さんは同室で寝る事になる。
「チケットを使わずに俺は実費で……いやでもそうしたら招待券の特典が……ぐぬぬ」
いくらゲームでもリアルでもそれなりに仲が良いとは言え、年頃の男女が二人きりで同じ部屋で寝るというのは、些か抵抗がある。
いや、抵抗があるというのは語弊があるな。
紺野さんは、俺の眼から見ても美少女だ。割と無防備な所があるし、そんな彼女と二人きりで過ごして、俺の理性がすり減らされる可能性は非常に高い。
流石に無いとは思うが、万が一俺の理性が切れてしまった時、行き着く先は社会的な死だ。流石にまだこの歳で人生を終わらせたくないという気持ちの方が強い。
「いやーまじでこれどうするかな……おっと」
ピロン、と音を立ててARのメッセージアプリからの通知が来る。
えっと、送信主は……紫音か。タイムリーだな。
紫音『もう唯にチケットの事話した? AimsWCS、もう来週だよ?』
絶賛迷ってる最中なんですが? あんにゃろう、最初から宿泊込みだって言ってくれよ。
渚『正直誘うべきか迷い中』
紫音『え? どこに迷う要素があるの?』
「むしろ迷う要素しかありませんが!?」
あいつは思春期の男子をなんだと思ってるんだ!? 確かに恋愛よりもゲームの方を優先してるけど、俺だって年相応に興味自体はあるんだぞ!?
紫音『まあ、行くにしても行かないにしても来週には始まるんだから早く決めておきなよ』
「うぐぐ……」
クソ、正論だから何も言い返せないのが悔しい。
紫音からのメッセージのやり取りはそこで終わり、再び思考の海に潜る。
(……感情論じゃ駄目だ、もっと論理的に考えよう)
一番有り得ないのは、このチケットを腐らせる事。実質二泊三日の旅行券な上、俺の人生を捧げたゲームの世界大会の観戦チケット。更にその上、世界のトッププロとチームを組んで一緒に戦える(抽選なので外れるかもしれないが)唯一と言っても良い機会。
そもそも『ペア』チケットと付いている以上、ペアで入場しなければいけないのかもしれない。俺が実費で行くとなったとしても紺野さんが一緒に行く相手を探す手間が発生する。後々の苦労を考えるとすると、素直に俺が一緒に行けば良いって話な訳で。
となると、やはり……。
「ええい、ままよ!」
もうやけくそだ、どうにでもなーれ!!
メッセージアプリに文字を叩き込み、紺野さんへと送り付ける。
渚『紫音からAimsの世界大会の観戦チケット貰ったんだけど、一緒に行かない? 二泊三日らしいし、部屋が同室になるみたいだからそれでも良ければだけど』
俺は別に気にしない! 一緒の部屋に泊まるとは言っても部屋の隅でVRデバイス起動したまま寝落ちすりゃ問題なし!!
そもそも紺野さんが嫌って言えばそれまでの話な訳で……
唯『行きます!!!!』
「うっそだろ爆速返信!?!?」
俺のこれまでの葛藤は何だったのかというレベルの速度で返信が返ってきた。
嘘だろおい……初めて親を見た雛鳥だってもうちょい疑うぞ。
「……いや待てよ」
紺野さんは純情ガールだから俺が手出しするかもしれないという発想に至っていない可能性が非常に高い。
その可能性をやんわりと伝えて……いやそれだと俺が紺野さんを襲う前提みたいじゃねーか! 流石にそこまで人間として終わっとらんわ!!
「でも、もう言ってしまった手前やっぱキャンセルでは流石に……」
深く、それはもう深くため息を吐いてソファに寝転がる。
送ってしまったものは仕方ない。そう自分に言い聞かせたものの、もう一つため息を吐くのだった。
◇
一方。
「どどどどど、どうしよう!?」
紺野唯は、ベッドの上でぬいぐるみを抱きしめながら悶えていた。
勢い余って即座に返信してしまったが、当然そんな覚悟なんて出来ている筈も無く。
確かに、紫音と1on1をした際に、AimsWCSの観戦チケットの存在については教えられていた。
開催日が来週に迫っていたので、実はいつ誘われるかなとビクビクソワソワしていたのだが、まさか宿泊込みのチケットだとは思っても居なかった。
誘われた嬉しさのあまりに即座に返信してしまったが、後からその事実に気付いて、絶賛身悶え中である。
(な、渚君は別に何とも思ってないってことなのかな!? 年頃の男女が二人で泊まるってことなんだけど!?)
足をばたばたとしながら起きるかもしれないあれやこれやを想像して顔を紅潮させる。
(……でも、ちょっと待って)
もしかして気にしているのは自分だけなのかもしれない──そう考え、頭が冷えていく。
「うん……。そう、だよね」
Aimsと言うゲームが大好きなのは自分も同じだ。大好きなゲームの世界大会となれば、当然観戦したいに決まっている。彼だってきっとそんな邪な考えを持っている訳じゃないだろうし、誘ってくれた彼に対してあまりにも失礼だ。
頬を叩いて、深呼吸を一つ。
それだけで先ほどまでの高揚感が嘘のように落ち着いていき、平常心を取り戻────
(でもやっぱり気にしちゃうよ~!! ううう、一体私はどうすれば……!!)
──せず、すぐに爆発したのだった。
────
【朗報】お泊りイベント発生
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