幕間 動く世界、使徒の胎動


「どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして────」


 第六の街、森林楽園都市『シクス』。

 その都市の中央に聳え立つ巨大な世界樹……『ユグドラシル』内部、妖精王の住まう大樹の間。

 木で作られた玉座に寄りかかるように、小さな王冠を被った妖精が怨嗟の声を漏らし続けていた。

 大樹の間の端、蔦で出来たハンモックの上で揺れていた若草色の妖精が、そんな彼女の様子を見て呆れたようにため息を一つ吐く。


「久しぶりに目を覚ましたかと思えばヒステリック発症ですか。折角のサボりスポットが台無しですよ全く……」


「────どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして────」


「だああうるっさいなあもう! またあれですか!? の事がまだ忘れられないんですか!? ほんっとうにあなたって妖精は女々しいですね!」


「うん………………」


「うわぁ、急に落ち着くな! びっくりしちゃうでしょうが!!」


 若草色の妖精が頬杖を突くと、玉座に寄りかかる妖精へとジト目を向けた。


「で、なんで今の今までずーっと寝てたってのに急にその男の事を?」


「──が帰ってきたみたいなの。だけど、一番最初に会いに来てくれなかった。真っ先に私に会いに来てくれると思っていたのに……どうして奴らの下へなんか……」


「うわぁ、超めんどくさい。束縛激しいタイプは嫌われますよ、全く……」


 若草色の妖精は、やれやれと大げさにジェスチャーした後、咎めるような声音で。


「貴女はまがいなりにもこの国の王なんですから、しっかりしてくださいよ。妖精王……リーフィア様」


「……」


「あっもう寝てる!? ……まぁいいや、私はサボれれば何だって」


 そう呟くと、若草色の妖精は再びハンモックに身を預け、手元にあった芋菓子ポテチに手を伸ばした。




「…………」


 玉座に座って再び寝始めた妖精王リーフィアは、夢見心地のまま呟く。


「早く会いに来てね、……でないと、私は……」



 【御伽噺】リーフィア・フェアリーテイル。──大樹の主は、微睡みの中で愛を謳う。






 第七の街、空島賭博都市『セブンスボード』。

 ここは、旧世界での上流階級の人間達の子孫や、財を成した者達が移り住む、人類の欲望が渦巻く悦楽都市。

 この都市は、賭け事であらゆる物が手に入る。金も、食料も、土地も、でさえも。

 今宵も一人、欲望に溺れた人間が、己の人生の最期を迎えようとしていた。


「まっ、待ってくれ! もう賭ける金は……!!」


 全てを失った一人の男が、目の前の存在達から逃げるように後ずさる。

 貯金、所有物、市民権、その他etc……その全てを賭けベットし尽くして尚、目の前の存在にたったの一勝すらする事も出来なかった。


「なに言ってるノ? 賭ける物は別に金や財産じゃなくったって良いんだヨ!」


 目の前の存在の片割れ──この都市最大のカジノの支配人にして、この島の長たる少年は、歪んだ笑みを浮かべると、両手を広げた。


「金が無ければ足ヲ、足が無ければ手ヲ、手が無ければ臓器ヲ、臓器が無ければ血ヲ、血が無ければ魂ヲ! ホラ、まだまだ賭ける物が沢山あるネ! まだまだ沢山遊べるネ!」


「そうネ、そうだワ兄様! 私、まだまだ遊び足りないワ!」


 ケタケタと醜悪な笑い声が響く。に挑むという事は、破滅する覚悟で臨まなければならない。

 何故なら、彼らにとって、この世の物なんて全てどうでも良い。この世界の全ては、彼らのでしか無いのだから。


「も、もう無理だ! この島から追放されても良い! だから見逃してくれ!!」


「あのさァ……つまらない事を言わないで欲しいんだけド? 僕らに挑むという事は、って事なんだけド?」


「そうネ、とってもつまらなイ! なら降参リザインって事で良いかしラ?」


 底冷えするようは視線を向ける少年と、呆れた顔で見下す少女。

 少年が腕を掲げ、指を一つ鳴らすと、男の身体が足からへと変わっていく。


「ひっ、ひぃぃぃいいいいいいいいい!? い、嫌だ……死にたくないッ!?」


「アッハハハハハハハハハハハハハハ!!! 良いねエ、その無様な面!! これから君は死を迎える事も出来ず、ただただ黄金の夢に沈ム!! 欲深き人間の末路に相応しいじゃないカ!!」


 半神半人デミゴッドたる彼らは、遊び相手に飢えている。

 かつてただの空に浮かぶ島だったこの場所を、賭博都市へと創り変えたのもその為なのだから。


「ハハハハハ…………。──さて、と」


 ひとしきり笑い終えた少年は、再び指をパチンと鳴らすと、今しがた出来たばかりの黄金の彫像が浮かび上がる。

 そして、彼の後ろに飾られている巨大な黄金の塊……否。これまで黄金にされてきた人間達の彫像の一つとして並べられた。

 少年は満足そうに吐息を漏らし、近くにあった人の形をした椅子に腰かけると、少年は不敵な笑みを浮かべる。


「次の遊び相手は誰かナ?」




 【廻世】ルル・ララ。──彼らにとって、この世界の全ては娯楽である。


 




 第九の街、魔導帝国ナインガルド。

 十ある街の中、唯一の軍事国家であるこの都市は、全てが実力至上主義で出来ている。


「──アルフレッド・ナインガルド皇帝陛下、件の邪魔者が消えたようです。如何なさいますか?」


 そんなナインガルドの象徴とも言える、皇帝の住まうクルセイド城にて、大臣が皇帝へと報告を行っていた。


「──今はまだ、その時ではない。しばし待て。消耗したタイミングで、仕掛けるぞ」


「御意に」


 その後、帝国の財政状況などの報告が続き、一通りの報告が終わると。


「報告、ご苦労であった。もう下がって良いぞ」


「ハッ!」


 大臣はすっと立ち上がると、帝国式の敬礼をしてからその場を去っていく。

 玉座の間へと繋がる扉が閉じ、誰も居なくなると、アルフレッドは愉悦に唇を緩めた。


「クク、そのまま争い続けろ。互いに消耗した所を、根こそぎ持っていく。最後に立っている者こそが勝者なのだ」


 そう呟くと、彼は自分の首に下げていたロケットペンダントを掴み、中を開く。

 そこには、三千年前に覇を唱えた、かつての大国の紋様が刻まれていた。


「かつて存在した帝国──ユースティア。その正統なる血族である余こそが、この世を統べる王となる」



 【帝王】は一人嗤う。──かつて成し得た世界の統一を、今度こそ。






「サーデストに、このような地下空間があったとは……」


 第三の街、商業都市サーデスト地下中枢。

 秘密裏に築き上げられた地下階段を下る人影が二つ。

 一人は現サーデスト市長、ルドマン・アンダーソン。もう一人は新しく市長に就任する事となった、ティムワッド・イオリオという名の男達だ。

 長い地下階段を下りながら、ルドマンはティムワッドに問いかける。


「時にティム君。この巨大な商業都市、サーデストはどうして成り立っていると思う?」


「世界各地からの行商人の往来、そして活発な市場経済……」


「ああ、そういう意図で聞いたのではない。言葉通りの意味だ」


「……と、言いますと?」


「不思議には思わないか? これほどの巨大都市でありながら、この都市に漂う大気中のマナは満ち満ちている」


 そう言うと、ルドマンは自らが持つ松明へと手を伸ばし、火の魔法を発動させる。

 樹脂に火が燃え移ると、勢い良く燃え盛り、暗い地下階段を照らす。


「……もしかして、何故これだけの人間が一ヵ所に集中しているのに、マナが枯渇していないのか、という話でしょうか」


「その通りだ。大気中に自然発生するマナにも限度がある。私達人間は、普段から魔道具を使い倒し、そこら中のマナを貪り尽くしている。需要に対し、供給が追い付けない程にな。……商業都市を生きてきた君ならば馴染み深い問題だろう。巨大な都市を運営していくには、その問題にも付き合っていかねばならない」


「で、ですが……市長。今現在の都市の状況からして、とてもそうは思えません。行商を営んでいる者達からそういった不満の声は聞こえていませんし、住民達も多少の貧富の差はあれどあまり不自由なく暮らしているような……」


「……もし、大気中のマナを、のだとしたら?」


「ッ!?」


 ルドマンが足を止めて、ティムワッドの方へと振り返る。


「無くなるのであれば、生み出してしまえば良い。そう考えるのは自明の理であろう。だが、同時にこうも思った筈だ。? と。」


「……」


「資源とは、有限であるからこそ争いの火種となり得る。大気中のマナだって同じだ。澄んだマナのある地域に人は居を構え、澱んだマナのある地域は魔物の巣窟となっている。マナが枯渇すれば、新天地を探さねばならない。……だがこうして、サーデストはそうなる事無く成り立っている」


 ルドマン達は、かつかつと音を鳴らして再び階段を下り始める。


「都市一つを賄える程の動力源。それがあるからこそ、この都市は存続出来ているのだ」


「もし本当にそんな動力源が、存在するのならば……世界の情勢は一変しますね。無限のエネルギーを生み出し続けられるなんて、そんな夢のような話……」


 その時、ちりっとティムワッドの脳内で何かがチラついた。

 無限にエネルギーを生み出し続ける動力源。その単語に、言い様も無い不安感を覚えたのだ。


「……そうだな。だが、何故我々はここに居ると思う? そんな動力源があるのならば、公表すれば莫大な収益が得られるだろうに。──答えは単純。秘匿するだけの、理由があると言う事さ」


 階段を下り切り、見渡す程の広大な空間へと出る。

 ルドマンは松明を正面へと掲げ、その広大な空間の中央に佇む物へと明かりを向けた。


「さて、ティム君。これから君が背負わなければいけないのはかつての人類の咎。欲に眩んだ人類の、醜悪とも言える悪行だ。……君はこれから、この都市の市長として生涯それを隠し通さなければならない」


「……ッ、あれは、まさか……!!」



「──この都市のへようこそ、ティム君。これで君も、今日から共犯だ」



 ティムワッドが眼前の光景を見て息を呑む。

 彼の視線の先には──大量の管に繋がれた、弱り切った巨大なの姿があった。



 ──仮初の平和は、誰かの犠牲の上で成り立っている。

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