リアルサイド・エピローグ 『戻る日常と嵐の予感』


「渚君、一緒に学校に行きましょう!」


 長かった夏休みも明け、来たる始業式の日。

 玄関で微笑む、天使のように可憐な少女の笑顔を見て、俺は一言。


「二度寝して良い……?」


「駄目ですよ!? 登校初日からサボりは良くないですよ!?」


「うぇえ、休みが名残惜しくて徹夜でゲームしてたんだよ……許して……」


「わ、私が許しても世間が許してくれないと思うので……」


 うーん、これ以上無い正論。仕方ない、エナドリ飲むか……。





 夏休みが終わったというのにも関わらず、外の暑さは尋常じゃなかった。

 ジリジリと照り付ける日光が、ゲーム漬けの影響で白いままの肌を容赦なく焼いていく。

 儚い時を生きる蝉君達もジワジワミンミンやかましい事この上ない……年々夏が長引いてる感じがするんだよな……。


 最寄りのバス停に到着し、バスを待っている最中、ハンカチで汗を拭っている紺野さんがぽつりと呟く。


「夏休み、あっという間でしたねぇ……」


「……そうか? なんか体感四年ぐらいあった気がするわ今回の夏休み……」


「よ、四年ですか?」


 Aimsの日本大会から少しして突入した夏休み、そのほぼ全てをゲーム……もといSBOに注いだわけだが、本当に体感時間としては死ぬほど長く感じた気がする。

 一ヵ月という短い期間の間にゲーム開始、1st TRV WAR、ハウジング戦争、【龍王】撃退戦、そして【二つ名レイド】……。

 色んなイベントがあり過ぎてとても一ヵ月の間に起きた出来事とは思えないんだよな……。


 紺野さんは少し困ったように笑った後。


「でも、それだけ充実した夏休みだったって事ですよね」


「うーん、青春真っ盛りの男子高校生の夏休みとしてそれはどうなのって感じはするけどな……あまりにも灰色の青春過ぎやしないか?」


「ま、まあ確かにそうかもしれないですね……。私もなんだか悲しくなってきたのでこの話題は止めておきましょうか……」


 紺野さんもゲーマーである以上、俺と似たような日々を送っていただろうしな。

 心なしか死んだ瞳になった紺野さんを見て、苦笑してから。


「まあ本人が楽しければそれで良いとは思うけどな。紺野さんは楽しかった?」


「……そうですね、これまでで一番楽しかった気がします!」


「そっか。それは良かった」


 なんだかんだ色々あったが、俺も楽しかったしな。

 今までFPS漬けだった俺だが、たまには他ジャンルのゲームをしてみるのも楽しい事に気付けた。

 結果的にSBOにはかなりハマってるし、誘ってくれた雷人には感謝しないとな。





 総明高校。

 偏差値が特段高い訳でも無いが、が世間的に有名になっており、毎年それなりの倍率で入学試験が行われている高校だ。

 その制度とは……専門的な分野においての特権的な権利を得られるという物。

 特権と言えば仰々しく聞こえるが、ざっくり言えば何かしらの分野で結果を残せばその分だけ公休を貰う事が出来たり、授業の時間をその分野に時間を捧げる事が出来るのだ。

 俺がこの学校に入学を決めたのも、その制度を最大限に活用できる『VR特進科』……通称『V特』と呼ばれる学科に行く為だったりする。


 転入の手続き等で職員室に行くと言っていた紺野さんと別れて、教室へと真っすぐ向かう。


(今日からまた授業か……憂鬱だ)


 別に勉強が嫌いという訳では無いが、どうしてもゲームの時間を削られるので苦手意識がある。

 授業中もよくAimsの検証考察やら徹夜明けで爆睡やらで記憶飛んでたりしてるからな……今後はそこにSBOも含まれるとなると一体どうなることやら。


「お、日向だうぃーっす、お前相変わらず肌白いなー」


「おっすー」


 冷房の効いた教室に入り、クラスメイト達と軽く挨拶を交わしてから自分の席へと着席する。

 先ほど自販機で買ってきたパックのフルーツ牛乳を飲みながら、ぼんやりARデバイスを弄っていると、突然背後からクラスメイトの大場が肩を組んできた。


「よぉ、日向。聞きたい事があるんだけどよぉ……」


「ええい! こんな暑い日に肩を組むな肩を! で、一体なんだ?」


「何も言わずにこれを見て欲しいんだが」


 そう言って大場がSNSアプリで送ってきた一枚の写真を見てみる。

 ん? これってSBOの1st TRV WARの時の写真…………。



 あ゛。



「これ日向だよな? どっからどう見ても」


「いいえ人違いです」


標的撃破エネミーダウン


「おいやめろ、それはリアルで言われるとかなり効く」


「これ日向だよな?」


「いいえ人違いです(確固たる意思)」


 くそう! ライジンを炎上させる為にリアル寄りのアバターにしたのが裏目に出たか!!

 傭兵A時代はがっつり青年寄りアバターだったし、バレる要素が無かったんだが……。


「って事はアレか? Aimsの傭兵Aってのも……」


「あーあー聞こえなーい」


 まあそうですよねー、村人Aが特定されれば傭兵Aも芋づる式で特定出来ちゃいますよねー。

 俺が死んだ目になっていると、大場がにやりと笑ってから。


「ま、安心しろよ。別に誰かに言いふらすつもりは無いしな。そもそもそんな事したら退学になっちまうからな」


「そうしてくれ」


 この学校、特権制度の影響もあってかそこそこ有名人居るしな……有名財閥の令嬢とか、どっかの超有名ストリーマーとか、どっかの超有名プロゲーマーとか。

 だからこそ個人情報に関する規則が厳しくて、漏洩が発覚した段階ですぐに調査が入るみたいな話を聞いたことがある。

 知る分には構わないが、それを不特定多数に晒すような行為は即退学に繋がるらしい。

 大場もそこは弁えてるのか、満足そうに頷いた後。


「所で日向、聞いたか?」


「何を?」


「なんか今日、俺達のクラスに転校生が来るらしいぜ! しかも超美少女らしい!!」


 大場が興奮した様子で鼻息を荒くする一方、俺は思わず白目を剥きそうになった。

 今日来る転校生って事はつまり……。


「マジかよ運命の神てめぇ……」


「え? 日向なんか知ってるのか?」


 十中八九紺野さんの事じゃねーか。

 そういやなんか俺の隣に無かった筈の机があるんだがもしかして……。


「はい皆さん席に着いてくださいね~。朝のHRを始めますよ~」


 チャイムが鳴ると、ふわふわした雰囲気の女性教師が教室に入ってくる。

 俺達のクラスの担任である塚本先生……通称つかもっちゃんだ。


「つかもっちゃんおはよー。夏休み何してましたー?」


「うふふ、塚本先生、ですよ。大人はですね~、休みなんて殆ど無いんですよ~」


 頬に手を当てながら苦笑する塚本先生に、冷房で冷えた教室の空気が一段と冷える。

 うわぁ、すげえ世知辛ぇ。これから大人になっていく生徒達に教えてはいけない事実だろそれ。


 そんな空気を切り裂くように、勢い良く手を挙げて立ち上がる大場。


「つかもっちゃん! 今日転校生が来るって聞いたんだけど!!」


「あらあら、もうそんなに情報が出回ってたんですね~。そうですよ~。今日は皆さんのお友達が増えるんですよ~」


 塚本先生の言葉に教室中が「おおっ!」とどよめきが起こった。

 クラスメイト達が喜ぶ一方、俺はこれから起きうるであろう事を想像して胃が痛くなっていた。


「入ってきてください、紺野さん~」


「はい」


 教室に入ってきた紺野さんの姿を見て、教室のそこかしこから黄色い歓声が上がる。

 少しだけ緊張した様子で教壇に立つと、彼女はぺこりと頭を下げた。


「皆さん、こんにちは! 清英学園から転校してきた、紺野唯です。まだ引っ越してきたばかりで分からないことが多いので、皆さんにはご迷惑をおかけするかもしれませんが……仲良くしてくださると嬉しいです」


 そう言って紺野さんが微笑むと、教室が湧いた。誇張抜きで。

 確かに紺野さんは俺の眼から見てもとびきりの美少女だとは思うが、ここまで盛り上がるとは。


「せ、清英って確かお嬢様学校だったような……マジかよ」


「おいおいおい、千年に一度の美少女来たわ……」


「超かわいくない……? え、超お近づきになりたいんですけど」


「ど、どんな趣味なんだろう……仲良くなりたいな……」


 男子の反応は分かってはいたが、意外と女子からの反応も悪い物では無かった。

 紺野さん見た目の時点で人の良さが出てるもんな……当然っちゃ当然か。


「紺野さんは窓際の一番後ろの席に行って下さいね~。昨日の内に新しい机を運んでおいたので~」


「ありがとうございます、塚本先生」


 紺野さんがぺこりとお辞儀をしてから、自分の席へと向かうべく歩き出す。

 やっぱり俺の隣にあった誰も座っていない席は……!!


「「あ」」


 こちらへと歩いて来た紺野さんが目をぱちくりとする。

 そして、彼女は少しだけ頬を染めると、耳打ちするように呟いた。


「えへへ。お隣、よろしくお願いしますね。渚君」


「あ、ああ……うん、よろしく」


 耳元で囁かれたこそばゆさに思わず身体を硬直させていると、クラス中の視線がこちらに注がれている事に気付いた。

 あっ、この展開はマズい気がする。


「ひっ、日向っ、おまっ、紺野さんとどういう……」


「ただの知り合い」


 先手必勝。これで理解しろ、把握しろ、完結しろ……!!

 だが、俺の祈りは虚しく、却って墓穴を掘る事となってしまった。


「なぁ日向ァ、特に意味は無いんだけどよぉ……購買のパン何が好き?」


「別に何も言うつもりは無いけど強いて言うなら焼きそばパンかな」


「オッケー、特に意味は無いけど三個ぐらい余計に買っちゃおうかなぁ」


「俺はメロンパン買ってきてやるよ」


「パンだらけだと喉乾くだろ? パンのお供に牛乳も買ってきてやろう」


「聴取の定番と言えばカツ丼を忘れちゃいけねぇぜ」


「炭水化物と物量で攻めるのやめない?」


「はいはい、尋問の時間は後にしてくださいね~。朝のHRを始めますよ~」


 尋問て、教師が口にして良い言葉じゃねーと思うぞつかもっちゃん。


「ご、ごめんなさい渚君……」


「いや別に大丈夫、遅かれ早かれこうなっていただろうし……」


 こうして、まさかの紺野さんの不意打ちによって俺の昼の時間の拘束は確定されてしまった。

 昼休みは昨日の夜にSBOの公式アップデート放送があったらしいからその情報を見ようと思ってたんだが……。まあ、仕方ない。


「それでは一時間目の授業を始めますよ~」


 こうして騒がしかった日々は、変わりない日常へと戻っていった。

 




「……ふぅ」


 授業合間の質問攻めに耐え、何とか一人になれる時間を見つけた唯は、安堵するように一つ息を吐き出した。

 転校初日と言う事もあり、転校前の学校の友人達からの連絡もそれなりに来ていたので、一度返信しておきたかったのだ。


「あはは……みんな心配性だなぁ」


 仲良くやれているか、辛かったら帰ってきても良い、そんな内容ばかりで唯は思わず苦笑する。

 メッセージの返信をしている最中に、に気付いた。


「──え」


 ARデバイスに届いていたメッセージを見て、思わず二度見する唯。

 そのメッセージの差出人は、年単位で連絡が途絶えていた親族からの連絡だった。

 


「──?」











紺野雪『唯へ』



紺野雪『お姉ちゃん、仕事の関係で久しぶりに日本に帰って来ます。いつになるかは分からないけど、唯の家に泊まりに行く予定だからよろしくね☆』





────

【補足】

これにて【双壁】編は完結です。


渚の体感4年発言についてはなろうの連載がここまで来るのに4年も掛かったからですね……(遠い目)

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